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2024.9.26

ソウルで見る、世界最大級の個人コレクション「ピノー・コレクション」

ソウル市内のアートスペース「SONGEUN(ソンウン)」で、ピノー・コレクションの所蔵作品を紹介する展覧会「Portrait of a Collection: Selected Works from the Pinault Collection」が開催されている。フランスのラグジュアリーブランド「サンローラン」がスポンサーだ。会期は11月23日まで。

文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、ドミニク・ゴンザレス =フォルステル《OPERA(QM.15)》(2016)
Photo by STUDIO JAYBEE
©SONGEUN Art and Cultural Foundation and the Artist. All rights reserved.
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世界トップクラスのコレクター、フランソワ・ピノーとは

 世界でもっとも重要なアートコレクターのひとりフランソワ・ピノー。そのアートコレクションの一部が、ソウルのアートスペース「SONGEUN(ソンウン)」で公開されている。

「SONGEUN(ソンウン)」外観
Photo by STUDIO JAYBEE
©SONGEUN Art and Cultural Foundation and the Artist. All rights reserved.

 ピノーは、サンローランなどを擁するラグジュアリー・コングロマリット「ケリング・グループ」の会長兼CEOでありながら、アート界でその名を知らない者はいないほど著名なコレクターだ。そのアートコレクション「ピノー・コレクション」は、同氏が半世紀あまりをかけて収集してきた屈指の現代美術作品で構成されており、世界のアーティスト約350人の作品1万点以上からなる。 

 そのコレクションを広く公開する場として用意された、イタリア・ヴェネチアのパラッツォ・グラッシとプンタ・デラ・ドガーナは広く知られる存在だろう。またピノーは2021年にはパリに現代美術館「ブルス・ド・コメルス」もオープンさせており、同館はすでにパリの新たな名所だ。旧証券取引所を安藤忠雄がリノベーションしたブルス・ド・コメルスは、絵画、彫刻、写真、インスタレーション、ヴィデオ、音声作品、パフォーマンスなどのあらゆる芸術表現をカバーしており、歴史的評価が定まった作品のみならず、新進アーティストの作品も広く受け入れていることに大きな特徴がある。

 このブルス・ド・コメルスのキュレーターであり、フランソワ=アンリ・ピノーのアーティスティック・アドバイザーを務めるキャロリーヌ・ブルジョワがキュレーションする展覧会が、ソウル江南区にあるヘルツォーグ&ド・ムーロンが建築を設計したアートスペース「SONGEUN(ソンウン)」で開催中の「Portrait of a Collection: Selected Works from the Pinault Collection」だ。

エントランス
Photo by STUDIO JAYBEE
©SONGEUN Art and Cultural Foundation and the Artist. All rights reserved.

パリから60点以上が集結

 ブルジョワは2004年から08年まで、パリのイル・ド・フランス広場のアーティスティック・ディレクターを務め、グループ展と個展のキュレーションを担当。また、ドミニク・ゴンザレス゠フォルステル、ピエール・ユイグとともに、公共空間における大規模な芸術的コラボレーションも企画した経歴を持つ人物だ。

 本展は、2021年にブルス・ド・コメルスでピノー・コレクションが開催した最初の展覧会「Overture」にインスピレーションを得ているという。

 展示作家には、ピーター・ドイグ、ミリアム・カーン、フェリックス・ゴンザレス=トレス、マルレーネ・デュマス、デイヴィッド・ハモンズ、ルドルフ・スティンゲル、リュック・タイマンス、リネッテ・イアドム゠ボアキエなどが名を連ねており、ヴィデオ、インスタレーション、彫刻、ドローイング、絵画など、多様なメディアを通じて同コレクションが包括的に紹介されている。

展示風景より、アンリ・サラ《1395 Days Without Red》(2011)
Photo by STUDIO JAYBEE
©SONGEUN Art and Cultural Foundation and the Artist. All rights reserved.
展示風景より、フェリックス・ゴンザレス゠トレス《Untitled (For Stockholm)》(1992)
Photo by STUDIO JAYBEE
©SONGEUN Art and Cultural Foundation and the Artist. All rights reserved.
展示風景より
Photo by STUDIO JAYBEE
©SONGEUN Art and Cultural Foundation and the Artist. All rights reserved.

 展示は地下から3階までの4フロアをすべて使用。エントランスに佇むヤン・ヴォーの《Untitled》(2020)は、15世紀半ばのクルミ材でつくられた聖母子像、青銅器時代の斧頭を20世紀の展示ケースに収めたもの。様々な時代の痕跡とともに、アーティスト自身による改変も含まれており、文化的に象徴的な作品に対して、作家が所有者としての権力と権利を行使する流用というジェスチャーが示されている。

展示風景より、左がヤン・ヴォー《Untitled》(2020)
Photo by STUDIO JAYBEE
©SONGEUN Art and Cultural Foundation and the Artist. All rights reserved.

 アフリカ系アメリカ人アーティストとして重要な存在であるデイヴィッド・ハモンズ。展示の中心にある《Rubber Dread》(1989)は、空気を抜いた自転車のタイヤチューブでつくられた編み込みのヘッドドレスのような様相を呈している。アフリカ系アメリカ人の歴史とアイデンティティ、アメリカらしさという概念、そしていまなお続く奴隷制と植民地主義の残滓に疑問を投げかけるものだ。

デヴィッド・ハモンズの作品が並ぶウェルカムルーム。中央が《Rubber Dread》(1989)
Photo by STUDIO JAYBEE
©SONGEUN Art and Cultural Foundation and the Artist. All rights reserved.

 2階と3階は平面作品が中心だ。ミリアム・カーン、ピーター・ドイグ、マルレーネ・デュマス、リュック・タイマンス、アニカ・イ、ルーカス・アルダなどによる多様な作品が並ぶ。

 なかでもアニカ・イの近作群は興味深い。《§£†§ƥ†》(2022)や《ÖK§†§ñ§ßMR×ñ》(2023)などの作品タイトルは、それぞれの英名タイトルを機械学習アルゴリズムにかけることで、解読不能な新しい言葉となったもの。画面は、絵画的な筆致や、血液細胞、魚卵、ひっかき傷や破裂した皮膚、ポリープや甲殻類、深海底の起伏など、認識可能な形と抽象的な形の両方を描きつつ、複雑な手法によってホログラフィックなテクスチャーが生み出されている。

展示風景より、奥に見えるのがアニカ・イの作品
Photo by STUDIO JAYBEE
©SONGEUN Art and Cultural Foundation and the Artist. All rights reserved.
展示風景より、中央がピーター・ドイグ《Bather (Night Wave)》(2019)
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©SONGEUN Art and Cultural Foundation and the Artist. All rights reserved.

 ルドルフ・スティンゲルの絵画も見るものを惹きつけてやまない。スティンゲルはアトリエの壁に掛かっている抽象画を写真に撮り、さらにそれを画面の中に描いている。フォトリアリズムはスティンゲルの絵画作品に不可欠な要素であり、鑑賞者はそれに対峙するとき、新たなイメージとの出会いを体験することだろう。

展示風景より、ルドルフ・スティンゲルの作品群
Photo by STUDIO JAYBEE
©SONGEUN Art and Cultural Foundation and the Artist. All rights reserved.

 地下のドミニク・ゴンザレス゠フォルステルによる映像インスタレーション《Opera(QM.15)》(2016)も大きなインパクトを与えるものだ。真っ暗な空間には、作家自身がマリア・カラスに扮したホログラフのような映像が浮かぶ。赤いドレスはマリア・カラスの晩年を象徴するものであり、歌声には実際のカラスの録音が使用されている。ゴンザレス゠フォルステルは、この幻影のような作品について、「演劇や映画よりも、スピリチュアルなセッション、つまり、ある種の準備されたトランス状態、強烈な芸術的瞬間の幻影や再出現を可能にする、ある種の霊との交信の試みと共通点がある」と説明している。

展示風景より、ドミニク・ゴンザレス゠フォルステル《OPERA(QM.)》(2016)
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©SONGEUN Art and Cultural Foundation and the Artist. All rights reserved.

 ピノー・コレクションが長年パートナーシップを築いてきたアーティストたちが一堂に集う本展。現代美術が盛り上がるソウルだからこそ実現した貴重な機会をぜひ現地で目撃してほしい。

 なお本展は、サンローランがスポンサーを務めている。サンローランはそのブランド設立当初よりアートやカルチャーを支援しており、近年はその姿勢をより強めている。昨年、日本で行われた「蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる」(国立新美術館)とそれに伴う福島で実施された白天花火《満天の桜が咲く日》などはその顕著な例だ。

 そしてSONGEUNの展覧会と同時開催されている、サンローランのソウル旗艦店におけるスペシャルインスタレーションも見逃せない。

ヨム・ジヘによるスペシャルインスタレーション

 サンローランのソウル旗艦店におけるスペシャルインスタレーションは、クリエイティブ・ディレクター アンソニー・ヴァカレロがキュレーションしたもの。旗艦店に2つの大きなスクリーンが設置され、ファッションとアートが出合う空間が生み出された。ここで展示されているのが、韓国のアーティスト、ヨム・ジヘによる映像作品だ。

展示風景より、ヨム・ジヘ《Le Soleil Noir》(2019)

 ヨムは1982年生まれ。2006年にソウル国立大学美術学部を卒業後、ロンドンに移り、08年にセントラル・セント・マーチンズ・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインで美術修士号を、11年にゴールドスミス・カレッジで美術修士号を取得した。学際的なリサーチに基づく活動で知られるヨムは、その作品で、現在の出来事を引き起こす目に見えない力を調査し、経験の感覚を強調する。過去、現在、経験、記憶の間のつながりや曖昧な境界を探求することで、動く映像を通してオルタナティブな世界観と新しいコミュニケーション様式を提案している。 

 展示作品は、ヨムの代表的な映像作品である《Le Soleil Noir》(2019)と《The Manifesto of Handstanderus》(2021)の2つ。

 ヨムは今回の展示について、「これまでギャラリーや美術館など、主に展示空間で展示してきたので、展示空間以外の場所で作品を魅せるというのは最初は難しかった」振り返りつつ、こう語る。「おそらく、映像作家と一緒に仕事をしたサンローラン側も同様だったと思います。映像が映し出される条件、例えば作品の音とストアの音のぶつかり合い、作品と作品の距離、作品が映し出される光とストアの照明など、考慮しなければならないことがたくさんありました。それでも、作品が良く見えるようにサンローラン側が協力してくれたので、お互いに良いかたちに仕上がったと思います」。

 ヨムの作品で興味深いのは、「人ならぬもの」が主軸となっている点にある。これについてヨムは「タコ、アザラシ、小さな幽霊 キャスパー(マンガのキャラクター)、植物などを簡単で軽い方法で擬人化することで、いま私たちが目の当たりにしている重く複雑な問題に浅はかなアプローチをしようとしているわけではありません」としたうえで、その狙いをこう語ってくれた。「人間である私が発する以上、それはあくまで人間の視線と声になるのでしょう。しかし、作品で明らかにされているように、ほかの動物や植物、幽霊など、目に見えないものとしてこの世界を見れば、少し違う方法で世界を見ることができるのではないかという思考実験をしているのです。 親しみやすい方法で」。

展示風景より、ヨム・ジヘ《Le Soleil Noir》(2019)
展示風景より、ヨム・ジヘ《The Manifesto of Handstanderus》(2021)

 ヨム・ジヘは現在、《最後の夜》というタイトルの映像作品を制作中だという。「《最後の夜》は、まだ残留している(これからもっと大きく近づいてくる)災難の時間に目を覚ましていなければならないという圧迫感のなかで描く映像作品です。この作品における私のテーマは、映像の時間性をどのように異なる方法で実験できるか、加速の時代にどのように一時的に止まることができるかということです」。同作は、12月にソウル市立北ソウル美術館で展示予定だ。

 なお、この旗艦店では、ピノー・コレクション、サンローラン バビロン、SLエディションズから厳選された書籍と、サンローラン リヴ・ドロワのライフスタイル商品が開催期間限定で販売されているので、あわせてチェックしてほしい。