2026.7.17

名古屋・栄の新ランドマーク「HAERA」に現れた奇妙な空間。西野達が仕かけたユーモアと親近感に満ちた非日常の体験とは

2026年6月11日、名古屋の栄エリアに、新たな商業施設「HAERA(ハエラ)」がグランドオープンした。「PUBLIC MUSEUM」をコンセプトに、訪れる人々が新鮮な視点や価値観と出会える場の創出を目指す同施設。そのエントランスを、世界各地の公共空間で数々の大胆なプロジェクトを展開してきた、アーティスト・西野達が手がけている。2ヶ所の入り口に現れたのは、アンティーク家具が重力に反するように回転しながら積み上げられた巨大なシャンデリア2灯と、遊び心溢れる内装だ。多くの人が行き交う場所に西野が仕かけた、この空間の狙いとは? オープン前の現地を訪れ、作家に話を聞いた。

取材・文=杉原環樹 撮影=宮田雄平

HAERAの入口に立つアーティスト・西野達
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見慣れたもののズレが生み出す、想像力の拡張こそがアート

 アートファンにはなじみのある愛知芸術文化センターから、久屋大通を挟んで斜向かい。錦通と大津通、広小路通という大通りに囲まれた、名古屋を代表する商業エリアに、HAERAはある。6月初旬のある夕方、地下鉄栄駅から地上に出て、辺りを見渡すと、交差点に面したビルのコーナーに、さっそくその巨大な作品が見えてきた。

HAERAの入口に見える西野の作品

 自動ドアの上部、「HAERA」というネオンサインの上に大きく広がったガラスの奥に見えるそのものは、一瞥しただけでは普通の大きな照明のようでもある。けれど、あらためてしっかりと目を向けてみると、その奇妙さに気づく。

 天井から吊るされているのは、趣味の良さそうな年代物の家具がいくつも積まれることで構成された、おかしなシャンデリアだ。しかも、家具のいくつかはまるで画面上の画像を回転させたかのように90度横転、上下反転した状態で接続。机の脚にはやはり逆さになったテーブルランプが複数設置され、暖かい光を放っていた。空中に構築された調度品のオブジェには堂々たる雰囲気が漂っているが、しばらく見ていると天地のひっくり返るような浮遊感も覚える。数組の通行人がこの存在の不思議さに気づき、スマホのカメラを向けていた。

壁紙には愛知のご当地イメージが描かれている

 また、ガラスの奥の吹き抜けの空間には、一見高級そうな壁紙が張られているのだが、よく見るとその図柄は、金のシャチホコやきしめんなど愛知のご当地イメージたち。煌びやかな商業施設の入り口に、親しみある、どこかシュールな室内空間が挿入された感覚を覚える。

 「日常の見慣れたものを違う視点で見せるのがアートだと思っているので。例えば、人がただ地面に立っていたら普通だけど、頭で立っていたら全然見え方が変わる。そのもの自体は同じなのに、場所をズラしたり、状況を変えたり、逆さにしたりするだけで『なんだ?』と想像が広がる。その想像力の拡張こそ、俺の考えるアートなんだ」。

 そう話すのが、この不思議なエントランスの作者、アーティストの西野達だ。

作品について説明する西野達

 1960年、地元の愛知県生まれ。街灯や家具、自動車などを本来あり得ない文法によって組み合わせた立体作品や写真作品、あるいは、シンガポールのマーライオンやニューヨーク・マンハッタンのコロンブス像のような都市を代表するモニュメントを取り込んで部屋を建て、ときにホテルとして営業するなど、公共空間と私的空間の曖昧化を試みるような作品で国際的に知られる。2023年には、渋谷駅前のハチ公の周りに24時間限定でベッドルームを仮設したアートプロジェクトも話題となった。

 都市の日常に意外性を差し込むその手法は、今回も健在だ。名だたるメゾンが出店することでも注目される新施設の入り口に、あえて遊びのある個人の部屋を思わせる空間を立ち上げた西野。その企ての背景には、HAERAという施設の持つ独自の文脈もあるようだ。

感性を刺激する空間へと誘う、親近感とユーモアに満ちたエントランス

 このたびオープンしたHAERAは、三越や松坂屋、PARCOなどの並びに立つ「ザ・ランドマーク名古屋栄」の、地下2階から地上4階に65店舗を擁する商業施設だ。次の時代の街の賑わいをつくりたいとの願いを込めた「栄える+era」の意味を持つ施設名の通り、それぞれ個性的な店構えを展開するラグジュアリーブランドやセレクトショップ、幅広い用途に応えるレストラン群など、ファッションから食まで、多くの注目店舗が出店する。

HAERA外観 ©ToLoLo studio

 施設全体のコンセプトに「PUBLIC MUSEUM」を掲げ、商業的な効率や消費の促進だけを目的とするのではなく、建物を訪れる様々な価値観を持つ人たちにインスピレーションを与え、豊かな体験的価値を提供する環境づくりを目指している点にも、特色がある。

HAERA3階にあるスペース
三瓶玲奈の作品展示風景
定期的に展示替えが行われる「HAERA Art Gallery」。取材時は米山由夏の作品が展示

 内装設計は建築設計事務所「NOIZ」が担当。各階ごとに異なる表情の床や天井、デジタル的な動きと装飾を施された柱、棒状の照明が飾るエレベーターホール、3階のトイレ近くに現れる樹木が壁を貫く不思議な空間など、実際、フロアをウロウロするだけでも目が楽しい。エントランスで来館者を迎える西野達の本作をはじめ、館内各所には「The Chain Museum」がキュレーションするアート作品が置かれている。常設作品として、ひとつの風景を様々な条件下で描いた三瓶玲奈の絵画4点が置かれているほか、定期的に展示替えをするギャラリーも設置。取材時には米山由夏が描く、赤い抽象空間が存在感を放っていた。

 こうした空間に道行く人々を招き入れる上で、西野はどのようなことを考えたのだろうか?

 「じつは2年前に依頼をもらったとき、まだ建物は設計段階で、最終的な空間の姿はまったくわかっていなかった。そんななかで建物の立地を調べたら、ちょうどここは、名古屋市民に半世紀くらい愛されてきた『栄広場』があった場所なんだよね。俺も出身者だから何となく思い出があるんだけど、その跡地に建つんだったら、誰でも気軽に入館できる入口にしたいなと。それで、『リビングルーム』というコンセプトで考えはじめたんだ。シャンデリアと、壁紙と、じかに壁紙に描かれた家具でリビングルームをイメージさせることは初期段階でほぼ決まっていた」。

 シャンデリアを構成する家具は、新品に加え、アンティークのものを探して集めた。天井から吊るすに当たり、重量制限があったため、家具の中身をごっそり抜いたり、アンティークを参考に、職人により軽くつくってもらったりした個体も含まれているという。

大津通側から見える西野のシャンデリア作品
久屋大通側から見える西野のシャンデリア作品

 西野が手がけたエントランスは大津通側と久屋大通側の2ヶ所の角にあり、それぞれ別の形態のシャンデリアが掛かっている。大きなテーブルの上に、キャビネットやソファ、スツールなどが積み上げられた前者に対して、後者では縦長の本棚の下から伸びる、絨毯を巻かれた3つ足の先にそれぞれ棚が取り付けられており、与える印象は大きく異なる。

 また、壁紙には、先述の通りご当地モチーフや、室内を模すための騙し絵のような絵がプリントされていて、ユーモラスで楽しいのだが、じつは各空間には2つずつ、西野なりの意図を込めた隠れモチーフも存在。来館者の視線を上げさせるためにシャンデリアの下部にあえて大きく書いたと話す自身のサインを含め、空間には人々を惹きつける仕かけがいくつも詰まっている。

なぜ公共空間か? 日本社会の窮屈さと、前例を積み重ねることの意義

 もともと西野が公共空間を舞台に作品を発表しはじめたのは、ミュンスター美術アカデミーを卒業して同地で活動をはじめた頃のこと。そのきっかけは、美術館で、観客が古いキリスト教美術と現代美術を同じような目線で見ているのに疑問を抱いたことだったという。

 「アーティストも美術の歴史もどんどん変化していくので、昔ならアートと思われていなかったような作品が美術史の最先端になることも普通にある。でも、美術館に展示されているすべての作品ははじめからアート然として飾られている。アートかアートじゃないか決めるのは観客自身なのにね。であるなら、最初からアートのお墨付きがもらえない屋外で、美術館やギャラリーに滅多に行かないようなごく普通の人々を相手に俺の作品を見せることの方が面白い。それと同時にアートは、あるいはアートを感じる感性はすべての人々に必要だと考える俺にとって、屋外で作品発表する方が手っ取り早いと思ったんだ」。

 以来、ケルンにあるモニュメントの周囲に自腹で部屋を建造したデビュー作《obdach 宿あり》(1997)を皮切りに、先述のハチ公のプロジェクトなど、様々な都市の屋外で発表をしてきた。

 ただ、国内外での数々の経験を踏まえ、西野は「世界のなかで、こういった公共を舞台にしたプロジェクトを一番やりにくいのが日本」だと言って憚らない。

 「例えば堅物だと言われるドイツ人の場合、公務員でさえも、公共空間での挑戦的なアイデアを面白がるんだよね。だって、屋外に見たことのないものをつくるんだから、誰でもワクワクするはずじゃない? いっぽうで日本では、すぐに『危険だ』『迷惑だ』という話になる。許可を出す人たちが、自分自身の人生を楽しもうとしていないんじゃないかな」。

 ドイツにおいて西野のような挑戦が受け入れられる背景には、半世紀続くミュンスター彫刻プロジェクトや、70年以上続くドクメンタといった歴史ある芸術祭の積み重ねなどにより、「市民とアートの距離感が近いこともあるはず」と指摘する。日常のなかに、当たり前に非日常があることが受け入れられる社会。その前例を更新していくという点にも、HAERAのようなプロジェクトの意義はある。

対峙する2つの「プロの仕事」。現代の価値観を押し広げるための入り口

 今回のプロジェクトにあたり、西野はステートメントのなかで「ものつくり王国」としての愛知や名古屋の文脈に触れ、それを身近な家具によって表現したいとも語っている。しかし、取材のなかでその話題を振ると、西野は現在の日本に対する危機感を口にした。

 「最近日本では、プロフェッショナルの仕事が蔑ろにされていると感じるんだよね。技術や力のある専門家による仕事ではなく、素人の話題性だけで注目される作品もあるでしょう」。

 そうしたなか、奇しくもこのHAERAでの設営作業は、西野に本物のプロの仕事を再確認させる機会にもなったようだ。

西野達

 「今回設営中にビルのなかを見ていたんだけど、ここに入っているようなトップメゾンの仕事というのは、本当に素晴らしい。商品はもちろん、内装や店内の映像まですごくつくり込んでいる。アートのプロフェッショナルさとは違う意味だけれど、いわゆる職人技、プロの仕事だと思ったよ」。

 1階に並ぶカルティエやシャネル、エルメス、ルイ・ヴィトンといった世界的なトップメゾンたち。彼らが顧客を満足させるために徹底する高度なクラフツマンシップに、西野は素直に賛辞を送る。他方、そうしたデザインや工芸のプロフェッショナリズムと、アーティストとしての自身の仕事には、明確に異なる目的意識や存在の意味があるとも続ける。

 「俺の仕事もメゾンの仕事も、プロであることは変わらない。でも、両者の在り方というのは真逆だと思う。例えば、俺はこの壁紙の絵をあえて下手くそに描いたり、違和感をつくろうとしている。それは、クラフトやデザインは、いま現在を生きる人の心を安心させたり魅了したりする仕事だけど、アートは100年後、200年後、300年後に残るものをつくる仕事だと思っているから。現代という時代にあえて違う価値観をぶつけることで、『こんな表現の仕方もあるんだ』と人類の想像力を拡げていく。アートはデザインとは違って既成概念の破壊行為なんだ」。

HAERA外観 ©ToLoLo studio

 新しく誕生したラグジュアリーモールのエントランスに西野がぶつけた、親しみと不調和が織り交ぜられた、奇妙な空間。「訪れる人たちには、『なんでこのビルの入り口にこんな作品があるんだろう?』と違和感を持つことによって、刺激を受けながら建物に入ってきてほしいよね」と西野は話す。

 手元の画面に視線を落としがちな現代において、頭上の奇天烈な家具たちと妙な内装は、否応なく私たちの視線を上へと引き上げる。その一瞬の「なんだ?」という引っかかりと、立ち止まる余白の時間が、私たちの想像力を静かに押し広げてくれる。日常がズラされるその場所は、HAERAの目指す創造性に満ちた空間への相応しい導入となっている。