「才能を解き放て」。伝説的ノートブック、モレスキンと同財団が目指す創造と表現の未来とは?
伝説的ノートブック・モレスキンと、その非営利部門であるモレスキン財団が主催する巡回展「Detour」。1600冊を超えるノートブックアートのなかから選りすぐりの作品を紹介し、これまでロンドンやパリなどで開催されてきた本展が、ついに東京に上陸した。開催にあたり来日したモレスキン財団共同創設者・CEOのアダマ・サンネ氏と、モレスキンCEOのクリストフ・アーシャンボウ氏に、両者が掲げる理念や展覧会の背景について話を聞いた。

芸術家や思想家に愛されてきた伝説的ノートブックの相続人であり継承者のモレスキンと、ミラノを拠点に世界の貧困地域で教育普及活動を行う非営利団体・モレスキン財団が主催する「Detour」は、財団が所蔵する1600冊を超えるノートブックアートのなかから厳選された作品を展示する世界巡回展。これまでロンドン、上海、パリ、ニューヨーク、ミラノで開催されてきたが、日本では2025年大阪・関西万博、イタリア館での展示を経て、現在は東京展「Detour クリエイティビティは世界を変えられるか」が21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3で9月23日まで開催中だ。開催に合わせて来日したアダマ・サンネ氏(モレスキン財団共同創設者・CEO)とクリストフ・アーシャンボウ氏(モレスキンCEO)に、モレスキンやモレスキン財団の掲げる理念や活動内容、そして「Detour」の内容なコンセプト等いついて話を聞いた。
「クリエイティビティによる社会変革」というミッション
──本展ではアーティストや建築家、映画監督、デザイナー、ミュージシャン等、様々な分野の方々が、モレスキンのノートを使って制作した作品が紹介されています。文房具としてのノートブックは、ともするとアナログであるために古くて使いづらいツールとしてみなされそうですが、19世紀末に誕生した伝説的黒いノートブックは、1990年代にモレスキンとして復活して以降、社会がデジタル技術中心になっていくのと反比例するように世界的に支持されていったと伺いました。この興味深い現象を、どのように分析されていますか?
クリストフ・アーシャンボウ(以下、アーシャンボウ) デジタル化が進むにつれてノートブックは廃れていくという考え方が優勢であったとは思います。しかし、私たちの仕事先や顧客にアンケートをとってみると、その答えは反対で、これからも使い続けたいという回答が多かったのです。ノートブックを製造する会社として、この結果はむしろ大きな好機を示すものだったと思います。

デジタルやITの技術は確かに便利ですが、情報量が多く刺激が強すぎるために、自分の思考に集中することが難しくなるという側面もあります。しかし、ノートを使うことで、自分を取り戻すことができる。手を使って書くことでスローダウンし、思考を深めるとともに、自分自身への理解、内省をうながす媒体でもあるんです。
ただ、私たちはデジタル技術と敵対はせずに、共存する道を選びました。紙に書いたアイデアやメモをリアルタイムでデジタル化することができる製品、“モレスキンスマート”の開発はその一例ですが、アナログとデジタルの両方を使っていただくことで、皆さんの人生をより豊かにできのではないかと考えているんです」
──モレスキン財団が設立された経緯についてお教えください。
アーシャンボウ モレスキン財団は2006年に設立されたNPO団体です。創業者のひとりであるマリア・セブレゴンディが以前から運営していたNPOの活動と、モレスキンが持つ社会的使命の意識を結びつけて、何かできるのではないかと考えたことが発足のきっかけとなりました。モレスキンは「Unleash Your Genius(才能を解き放て)」という理念を掲げており、あらゆる個人は自身のなかにクリエイティビティを持っているというメッセージを発信し続けてきました。ファン・ゴッホやピカソ、ヘミングウェイといった芸術家たちが愛用した伝統的で小さな黒いノートブックを復活させた90年代は、クリエイティブな人々が増えていった時代でもあり、多くの人々が旅行に携帯したり、アートの創作活動に活用していったのです。その意味で私は、モレスキンは高品質なノートのブランドという枠には収まらない、いわばカルチャーのひとつでもあると考えているんです。
モレスキン財団でも文化的なクリエティビティを重視しており、社会的問題の解決に役立つという信念のもとで活動してきました。

──文化貢献からさらに推し進めて、「クリエイティビティによる社会変革(Creativity for Social Change)」をモレスキン財団のミッションとして掲げるに至った経緯についてお教えください。
アダマ・サンネ(以下、サンネ) 財団を設立した当時、モレスキンから受け継いだクリエティビティを重視するというレガシーとともに、社会問題への取り組みも重要であると考えるようになったきっかけのひとつが、国連からの呼びかけでした。国連は社会課題の解決のために創造性や文化の力を活用したいと考えていたために、モレスキン財団に具体的なノウハウや実践について相談があったのです。我々の財団はこの要請に応え、国連のガイドラインやグローバルアジェンダと歩調を合わせつつも、独自にプログラムを実施することにしたのです。とはいえ、私たちも初めから具体的な方法について明確な答えを持っていたわけではありません。クリエイティビティに対する熱意があったからこそ、経験や知見を積んでくることができたとも言えるわけですが、こうした経緯を経て「クリエイティビティによる社会変革」を理念として掲げるようになったのです」。
──モレスキン財団は、とくに教育に重きをおいたプロジェクトを積極的に実施されていますが、その内容についてお教えください。
サンネ モレスキン財団は教育や文化的経験の機会が限られたコミュニティや若者たちに向けて、様々な教育のプロジェクトを展開してきました。例えば、2012年に南アフリカで開始した「At Work」は、若者たちを対象にしたワークショップのプログラムです。参加者はアイデンティティや多様性、文化、コミュニティといった課題について議論し、モレスキンのノートブックに書き込んだり、手を加えたりすることで、最終的に自分だけのノート、つまり創作物をつくり出すのです。この唯一無二となったノートは地域の合同展示会に展示されましたが、なかには世界を巡回してきた「Detour」展の会場で紹介されたものもあります。ノートブックはシンプルなものではありますが、重要な教材のひとつであり、まさにクリエイティビティを解き放つうえで重要な役割を果たすことができるのです。

また、その延長線上で実施されているのが、「Creative Pioneers fund」という助成金制度です。「創造性を社会変革の原動力とする」組織や人々を資金面で支援し、コラボレーションによる教育プロジェクトやワークショップを展開するというもので、世界各国で取り組んでいます。