2025.9.11

「Detour Tokyo」(21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3)開幕レポート。1冊のノートブックが紡ぐ様々な物語

世界を巡回してきたモレスキンとモレスキン財団による展覧会「Detour」が、ついに東京にやってきた。21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3で開催中の本展をレポートする。

文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部) 写真提供=モレスキン

展示風景より
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 芸術家や思想家に愛されてきた伝説的ノートブックの相続人であり継承者、イタリアの高級ノートブック「モレスキン」と、ミラノを拠点に教育普及活動を展開する非営利団体「Moleskine Foundation(モレスキン財団)」による巡回展「Detour」が、9月10日から東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3で開催されている。

 本展はこれまでロンドン、上海、パリ、ニューヨーク、ミラノを巡回し、今年は大阪・関西万博でも開催。その特徴は、日常的なノートブックが創造的な介入を経て、唯一無二のアートピースへと変わる点にある。描く、切り取る、解体する、再構築するといった行為を通じて、ときに彫刻のような立体物へと姿を変える作品群は、創造性がいかに多様なかたちで表れるかを示す。これまで財団には1600冊を超える作品が寄贈され、そのなかから各都市の文脈に応じて厳選した作品が展示されている。

展示風景より

 参加者には世界的に著名なアーティストや建築家、映画監督、デザイナー、ミュージシャンに加え、学生や文化団体、若手クリエイターも含まれる。財団が掲げる理念「Creativity for Social Change(創造性による社会変革)」に共鳴し、多くのクリエイターが自身のノートを作品として提供してきた。

 モレスキン財団CEOのアダマ・サンネは、本展の意義をこう語る。「ここに並ぶのは一連の個人的な物語です。それぞれの人が、自分の感受性や経験を変容させ、同じノートブックというツールからまったく異なる表現を生み出している。1600を超える作品が存在しますが、同じものはひとつもありません。それこそが人間性そのものの表れだと考えています」。

展示風景より

 また、モレスキンCEOのクリストフ・アーシャンボウは、「黒いノートブックという同じ出発点から、数千もの物語が生まれるのがこの展覧会の美しさです。同じ作品を繰り返し見ても、その時々でまったく異なる印象を受ける。観客自身の視点や置かれた状況によって、作品は新しい体験をもたらす」と述べている。

展示風景より

 東京展の開催に合わせ、キュレーター・長谷川祐子とアートセンターSKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)の協力のもと、16名の新たな表現者が参加した。詩人の吉増剛造、彫刻家の名和晃平、俳優の板垣李光人、アーティストの清川あさみ、デザイナーの森永邦彦、建築コレクティブGROUP、アーティストのSAIKO OTAKE、ローレン・サイ、歌手のアイナ・ジ・エンドなど、分野を超えた幅広いクリエイターが名を連ねる。

ジョルジャ・ルーピ《生命の書》(2021)の展示風景

 会場には計41点の作品が並ぶ。例えばジョルジャ・ルーピの《生命の書》(2021)は、自らの1万4496日に及ぶ人生を、刺繍によって1日ごとに記録したもの。初めての言葉や初恋、人生の節目、健康上の危機、家族との別れなど、色分けされた糸が日々の出来事を示し、個人史を織物のように可視化する。

ニコラス・ロボ《無題》(2009)の展示風景

 また、南アフリカのアーティスト、ニコラス・ロボによる《無題》(2009)は、アフリカの伝統や古代神話を探求する刺繍の連作である。ハードカバーのノート全体にリボンを縫い込み、ページの間からはゴム製の彫刻が立ち上がる。手仕事と物語が交差するこの作品は、ノートブックという媒体の枠を超え、彫刻的かつ神話的な世界観を表している。

 サンネは、「参加者は著名なアーティストだけではありません。学生やシェフ、デザイナーなど、様々な人々が自らの物語を寄せているのです。これは一部の芸術家のための展示ではなく、『私たち自身』を映す場なのです」と強調する。

 日常に寄り添うものだけでなく、人々の経験や感情を媒介し、個別の物語を芸術として立ち上げるノートブック。そこから始まる様々な物語を、ぜひ会場で目撃してほしい。

展示風景より、松本陽介(三宅デザイン事務所)《視点3|NOTE-A-NOTE 展開》(2025、部分)
展示風景より、名和晃平《Catalyst#25》(2025)
展示風景より、清川あさみ《Specimens of Sensation ー 感覚の標本》(2025)
展示風景より、森永邦彦《黒い表紙、それは無限の可能性を秘めた空間》(2025)
展示風景より、中村哲也《Drawn to the sky》(2025)
展示風景より、ローレン・サイ《A Song For Astrid》(2025)