2025.8.31

長谷川祐子が初めて挑んだ個人コレクションのキュレーション。UESHIMA MUSEUM「創造的な出会いのためのテーマ別展示」の狙いを聞く

実業家・植島幹九郎による現代美術コレクション「UESHIMA COLLECTION」を紹介する私設美術館「UESHIMA MUSEUM」で開催中のコレクション展「創造的な出会いのためのテーマ別展示」。同展をキュレーションした長谷川祐子がその狙いを語る。

聞き手・文=中島良平 ポートレイト撮影=稲葉真

UESHIMA MUSEUMにて、長谷川祐子。後ろの作品はジャン=ミシェル・オトニエルの《pink Lotus》( 2015)
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 実業家・植島幹九郎による現代美術コレクション「UESHIMA COLLECTION」を紹介する私設美術館として、東京・渋谷に昨年開館したUESHIMA MUSEUM。地下1階から地上5階の展示空間のうち、2階の常設展示を除く大部分を刷新するかたちで、現在、コレクション展「創造的な出会いのためのテーマ別展示」が開催されている。キュレーションを担当した長谷川祐子はこう語る。

 「体系立ててつくられたのではなく、植島さんという現代に生きるコレクターが、作品との直観的な出会いから構成してきたコレクションの生のドキュメンタリーに付き合えることに、まず興味をもちました。公的な美術館であれば、地元の作家の作品を含めることが条件となっていたり、シュルレアリスムなど特定の美術史のエポックにフォーカスしたりするなど、収集方針がありますよね。そうではないコレクションの見せ方を考えるのは、私にとってひとつのチャレンジでした」。

UESHIMA MUSEUM
展示風景より、中央がタジマミカの《You Be My Body For Me (Unit 3)》(2020)

 長谷川はふたつの原則をもとに、コレクション展を構成した。ひとつは、各展示室の主役を際立たせること。もうひとつは、関係性において新しい作家の作品を見せること。

「宇宙と重力」がテーマの地下1階の展示を例に見てみよう。展示室に入るとまず、シアスター・ゲイツによる巨大なタール・ペインティング《Creamy Rich Sky, Asphalt Horizon Roll》(2014)が目に入ってくる。

「この部屋はまず、シアスターのタール・ペインティングを見せることを軸に考えました。そこにゲルハルト・リヒターや、ボスコ・ソディ、ロバート・ロンゴなどが組み合わされば、『宇宙と重力』というテーマが浮かび上がってきます。そしてどの部屋にも、必ず若手作家の作品を入れたかったので、ここでは多田圭佑さんを選びました。厚塗りした絵具で画面をつくる作家ですが、シアスターやボスコの素材遣いと併せて見ることで、多田さんの個性が引き立ってきます。そうした文脈づくりを各フロアで試みたのです」。

展示風景より、中央がシアスター・ゲイツ《Creamy Rich Sky, Asphalt Horizon Roll》(2014)
展示風景より、奥がゲルハルト・リヒター《Abstraktes Bild(P1)》(1990/2014)
展示風景より、ジェームズ・タレル《Boris》

 3階は、地下1階の「激しい抽象」と対比させるように「常温の抽象」を集めた。

 「アグネス・マーティンとカプワニ・キワンガの作品を中央に並べ、その周りに何が置けるかを考えました。『常温の抽象』という言葉は私の造語ですが、要するに、鑑賞者がいつまでも展示空間にいられるような抽象画をイメージしています。お水は、熱すぎても冷たすぎても体に負担がかかりますが、常温は体に優しい。ゆっくりと安らぎ、内省できるような空間を抽象表現によって生み出せたのではないかと思っています。抽象と内省はまさにいまのキーワードだと思います」。

展示風景より、左からカプワニ・キワンガ《Estuary》(2023)、アグネス・マーティン《Untitled》(1995)、アンセルム・ライル《Untitled》(2005)

 4階には、アフリカ作家を含む多様な国籍のアーティストたちによる、個々の生や歴史のナラティブが色彩豊かに展開する。テーマは「ナラティブと色彩のアウラ」。

 「フィギュラティブで、ストーリーの強いものだけを並べてもうまくいかないだろうと思ったので、あいだにアブストラクトを入れながら全体を調整しました。例えば、ベルナール・フリズの、典型的なフリズらしいのとは少し異なる《Untitled》(1984)があって、油野愛子さんの黒が画面中心に効果的に使われた《CAMELLIA(Narrative)》(2022)があり、そこにナイジェリアやガーナといったアフリカの国々の作家の作品が並置される。それぞれに色彩を駆使した異なる表現を並べることによって、絵の要素が意味やテーマから離れ、空間に還元されて作用し合うような展示が生まれると考えました。公的な美術館のコレクション展ではできないようなことにチャレンジすることができました」。

展示風景より、左からロベルト・パレ《Madonna of Chancellor Rolin》(2022)、油野愛子《CAMELLIA(Narrative)》(2022)、モーゼス・サイボーア《Fountain od Brotherfood(1)》(2021)、ベルナール・フリズ《Kova》(2022)、ワハブ・サヒード《Untitled》(2022)

 5階のテーマは「物質と感情のエンタングルメント」。愛と欲望、リビドーと記憶、そして、それらをめぐる複雑な情動が、物質とイメージの絡まり(エンタングルメント)として表現される。ジャン=ミシェル・オトニエルとニコラ・ビュフの作品が対面する空間に、水戸部七絵によるヨーコとレノンの愛の肖像や、アレクシス・ロックマンによるテクスチュアが特徴的な《The Riverbed》(1994)などが並ぶ。

 「エンタングルメントというのは、量子力学において量子のもつれを意味する言葉です。オトニエルの《pink lotus》(2015)の形態はそれを感じさせますし、水戸部さんの作品にしても、どこまでが物質でどこからが情報なのかの境目がないような絵画だと言えます。そうした作品が並ぶなかに、さらに表現主義的な作品を持ってきたら空間が全壊するだろうと予想し、ニコラ・ビュフの装飾的な作品《ポーリア(カルトゥーシュ)》(2014-16)を展示しました。うまく『LOVE』が表現されたのではないでしょうか」。

展示風景より
展示風景より、水戸部七絵《Just one kiss, kiss will do?》(2022)
展示風景より、左から水戸部七絵《remember love》(2022)、ニコラ・ビュフ《ポーリア(カルトゥーシュ)》(2014-16)

 個人のコレクションをキュレーションする機会が初めてだったという長谷川。3年余りで膨大な数の作品を収集し、美術館を設立して公開する植島幹九郎のバイタリティと知識欲への驚嘆に加え、期待を最後に口にした。

 「この美術館は渋谷教育学園の敷地に設置されていて、植島さんは学校との関係をとても大切にされています。イデオロギーや『正しさ』が絵に描いた餅のようになってしまっている現代において、アートはエシカル(倫理的)なものを学び、リアリティを他者と共有するために重要ということをよく理解されています。事物に対面して学ぶセンソリーラーニングによって新しい知を得る場としてのインスティテューションの可能性についても、共感してくださいました。コレクションを使ってキュレーターの卵を対象としたワークショップを企画するなど、教育に関する構想もおありなので、これから生まれる展開を楽しみにしたいですね」。