2026.7.24

「毛利悠子 Recompose」(横浜美術館)開幕レポート。ヴェネチアから横浜へ、変化し続ける「共生」のかたち

2024年の第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展で日本館代表を務めた毛利悠子。その展示を新たな環境で再構築する「毛利悠子 Recompose」が横浜美術館で開幕した。水の循環や果物の変化を通して、もの同士の目に見えない関係を浮かび上がらせる会場をレポートする。

文・撮影=橋爪勇介(編集部)

前へ
次へ

 2024年の第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展において、日本館代表作家として個展「Compose」を開催した毛利悠子。その帰国展となる「毛利悠子 Recompose―第60回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館帰国展」が、横浜美術館のギャラリー9で開幕した。会期は11月23日まで。観覧は無料となっている。

 毛利は1980年神奈川県生まれ。磁力や重力、空気の揺らぎといった自然現象を取り込みながら、日用品や機械装置、自然物などを組み合わせたインスタレーションを制作してきた。本展では、ヴェネチア・ビエンナーレの日本館を満たした代表的な2つのシリーズ、「モレモレ(Moré Moré[Leaky])」と「Decomposition」が、横浜美術館の環境に応じて再構築。ヴェネチアの展示作品全17点中15点が並ぶ。

報道内覧会に登壇した毛利悠子
横浜美術館 ギャラリー9

ヴェネチアの「Compose」を横浜で組み直す

 ヴェネチアでの展覧会タイトル「Compose」には、「作曲する」「構成する」という意味に加え、語源となる「com=共に」「pose=置く」という考えが込められていた。コロナ禍や紛争、気候危機などによって分断が深まる世界において、異なる存在が「共に置かれる」とはどういうことなのか。毛利は、複数のものが互いに干渉しながら成り立つインスタレーションを通して、その問いを提示した。

 今回のタイトルとなった「Recompose」は、ただヴェネチアでの展示を再現することを意味するものではない。建築や光、気候、鑑賞者といった条件の変化を受け入れ、作品を新たな関係のなかに置き直すこと。それ自体が、毛利の制作の重要な一部となっている。

 会場となるギャラリー9は、横浜美術館の改修を機に新設されたガラス張りの展示室。外には美術館前の「美術の広場」が広がり、天候や時間帯、人々の往来によって変化する光景が展示空間へと入り込む。外部から切り離されたホワイトキューブではなく、周囲の環境に開かれた空間が、毛利の作品を受け止めている。

展示空間の外にも作品が展開されている

水漏れへの応答から生まれた「モレモレ」

 会場を構成するひとつ目のシリーズが、「モレモレ」だ。同シリーズの着想源となったのは、東京の地下鉄構内でたびたび見られる水漏れ。駅員たちはバケツや傘、ビニールシート、ホースといった手近な道具を組み合わせ、完全に水漏れを止めるのではなく、その場の状況に応じた応急処置をつくり出してきた。

展示風景より、中央が「モレモレ」

 毛利は、こうした即興的な対処のなかに、都市を維持するための小さな創造性を見いだす。作品においても、日用品や家具、容器、チューブなどが仮設的に組み合わされ、水を受け止め、送り、再び循環させる仕組みが形成されている。

 重要なのは、その構造が水漏れを「解決」するためにつくられているわけではない点だ。水は容器から容器へと移動し、ときに滴り、予測できないリズムを刻む。整然と設計された機械と、その制御からこぼれ落ちる水の動きが共存し、展示空間に絶えず変化をもたらしていく。

果物の変化を音と光へ変換する

 もうひとつのシリーズ「Decomposition」は、様々な果物とスピーカー、電球などで構成されたもの。果物は時間の経過とともに水分を失い、変色し、やがて朽ちていく。電極はその内部で生じる水分量や電気抵抗の変化を検知し、電気信号を音や光へと変換する。展示初日と数週間後、そして会期の終盤とでは、果物の状態も、空間に響く音も同じではない。

 不規則に点滅する光やノイズは、人為的に作曲した旋律ではなく、果物という生の物質が温度や湿度、時間と反応しながら生み出す、その時々の音だ。鮮やかな色を保っていた果物が変色し、形を失っていく過程には、どこか生々しさがある。しかし、それはたんなる腐敗や消滅として提示されているのではない。物質が別の状態へと移行し、新たなエネルギーや音を生み出す「変容」としてとらえ直されている。

「Decomposition」シリーズ

 ヴェネチアでの展示では、会期中に使用された400個以上の果物がコンポスト容器に集められた。展覧会終了後も分解は続き、2025年3月末に完成した腐葉土は、韓国館との間にあるスロープの下や、ドイツ館前の庭へと撒かれたという。展覧会は閉幕によって終わったのではなく、作品が別の物質に姿を変えたあとも続いていると言える。

「Decomposition」シリーズで使用されている果物は様々だ

外部へと開かれたていることの重要性

 「モレモレ」と「Decomposition」に共通するのは、「水」という要素だ。いっぽうは都市空間を流れる水を循環させ、もういっぽうは果物の内部に含まれる水の変化を音と光へと置き換える。

 しかし、作品を成立させているのは水だけではない。日用品や機械、果物、電気、光、空気、建築、そして鑑賞者。それぞれが互いに作用しながら、ひとつの環境を形成している。とりわけ本展では、ギャラリー9のガラス越しに見える公園の風景が、作品と並行して変化し続ける。雲が太陽を遮れば室内の光も変わり、広場を歩く人々の姿も展示空間の一部のように現れる。内部と外部、作品と日常の境界は、完全には閉じられていない。

 ヴェネチア・ビエンナーレの追体験でありながら、横浜ならではの展示を目指したという毛利。今回の展示について、作品が横浜の「異なる環境のリズムに呼応し、また新たな姿へと変わっていく」と記している。ヴェネチアで一度完成した作品を、そのまま横浜へ移植するのではない。場所が変われば、使われるものも、光も、空気も、人々との関係も変化する。その変化を排除せず、作品を構成する条件として受け入れ、新たな共同体を生み出すことに、「Recompose」という言葉の意味がある。