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2026.4.12

「ウジェーヌ・ブーダン展─瞬間の美学、光の探求」(SOMPO美術館)開幕レポート。印象派の先駆者が捉えた豊かな光の表情に注目

東京・新宿のSOMPO美術館で、同館の開館50周年を記念した展覧会「ウジェーヌ・ブーダン展─瞬間の美学、光の探求」がスタートした。会期は6月21日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=三澤麦(編集部)

ウジェーヌ・ブーダン《ベルク、出航》(1890)。力強い波と立ち込める雲の描写からは、その場の空気感までもが伝わってくるようだ
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 東京・新宿のSOMPO美術館で、同館の開館50周年を記念した展覧会「ウジェーヌ・ブーダン展─瞬間の美学、光の探求」が開幕した。会期は6月21日まで。担当は同館主任学芸員の岡坂桜子。

 「印象派の先駆者」と称される画家、ウジェーヌ・ブーダン(1824〜98)は、フランス・ノルマンディー地方の港町オンフルールに船乗りの子として生まれた。芸術家一族の出身ではなかったが、移住先のル・アーヴルで画材店を営むうちに、ジャン=フランソワ・ミレーやコンスタン・トロワイロンといったバルビゾン派の画家たちと交流を持ち、画家を志すようになる。その作風は、空や雲、海景、牛の群れなどを瑞々しい色彩と軽快な筆致で描き出すことでも知られており、1850年代半ばに出会った青年期のクロード・モネを戸外制作へと連れ出し、のちの印象派誕生のきっかけをつくった人物としても評価されている。

第1章「海景 海景画家の誕生」の展示風景。手前は《嵐(ヤーコプ・ファン・ロイスダールに基づく)》(1853)
《トルーヴィルの港、月の効果》(1870-73)。月の光がもたらす静謐な空気感を、巧みな筆致と絶妙な色彩によって見事に描き出している

 本展は、日本におけるブーダンの展覧会としてはおよそ30年ぶりの開催となる。担当学芸員の岡坂は本展について次のように語った。「印象派誕生から150年を迎えた昨今、改めて19世紀における印象派の役割が見直されつつある。本展はその流れを汲んで企画されたものであり、全114点のブーダン作品を8つの切り口から紹介することで、『海景画家』に留まらない、ブーダンの多面的な魅力を体感できる機会となるだろう」。

刻々と変わる空と海の表情を追う

 本展では、油彩・素描・パステル・版画を中心とした初期から晩年までの画業を8つの構成で紹介している。第1章「海景 海景画家の誕生」では、ノルマンディーの港町に生まれ育ったブーダンが生涯にわたって描き続けた海の作品を初期からたどる。

《オンフルール、港、朝の効果》(1896-97頃)の展示風景
左から、《ドーヴィル》(1888)、《ベルク、出航》(1890)

 とくにブーダンが好んで描いたのは、小さな街の港だ。ノルマンディー地方ならではの変わりやすい天候が生み出す光や雲の動きを、船の帆や海面の揺らぎ、そしてそこに生きる人々の営みとともに描き出している。

サロンに出品されたこの《干潮》(1884)は、ブーダンにとって初の国家買上げ作品となった
空の変化の絶妙なニュアンスを捉えた《空の秀作》(1880頃)

 ブーダンの作品にとって重要なテーマとなるのは、前述した「海」そして「空」だ。第2章「空 瞬間の美学、光の探求」では、様々な天候や時間帯の空を油彩やパステルで捉えた作品が並ぶ。変化の激しい自然の光や雲の動きの「一瞬」を鋭く捉えた描写から、その卓越した観察眼がうかがえる。

《トルーヴィル街道、ル・ビュタン近郊》(1860-63)。自然をありのまま写実的に描くバルビゾン派の影響が見て取れる
第3章「風景 バルビゾン派からの学び」の展示の様子

 第3章「風景 バルビゾン派からの学び」では、当時ノルマンディーで活躍をしていた風景画の先達から影響を受けたブーダンによる、自然観察に基づいた風景画に着目。様々な国や街を歩き、風景画と向き合い続けたブーダンは、晩年には「それにしても、風景画はなんと難しいのだろう」という言葉を残している。光を受けたモチーフの影の落ち方に注目しつつ、風景画の奥深さに改めて思いを馳せることができるだろう。

自然のなかに息づく建築、動物、そして人間の営み

 自然風景のイメージが強いブーダンだが、その関心は建築や動物、人々の営みにも及んでいた。第4章から第6章では、その多様な視点を紹介している。

オランダの都市を描いた《ドルトレヒト》(1884)
《ヴェネツィア、サン・ジョルジョ・マッジョーレ》(1895頃)。ブーダンはその晩年、憧れの地でもあった水の都・ヴェネツィアを何度も訪問し、その風景を精力的に描いた

 第4章「建築 旅する画家が見た風景」では、画家を目指し、パリでの模写修行を通じてブーダンが吸収した17世紀オランダ風景画の影響を感じさせる、石造りや木造建築を描いた作品が並んでいる。

《海辺の牛》(1880-85)。トロワイヨンの作品を、あえて習作のような粗い筆致で描き直した本作は、そのあまりに自由な表現が当時の愛好家たちを困惑させたという

 第5章「動物 身近なものへの眼差し」では、ブーダンの故郷ノルマンディーの風土が反映された作品を紹介している。湿潤な気候で牛の飼育が盛んだったこの地を描いた風景画には、多くの牛が描き込まれているのが特徴だ。本章では、かつて教えを受けた動物画の名手コンスタン・トロワイヨンの作品を、画商デュラン=リュエルの依頼によってブーダンが独自の解釈で描き直した作品なども展示されている。

《トルーヴィルの魚市場》(1865-72)。抽象的な画面がタイトルと呼応することで、イメージを想起させる

 また、港町ならではの光景を捉えた《トルーヴィルの魚市場》(1865-72)からは、船乗りの息子として漁師たちに囲まれて育った彼ならではの視線が感じられる。

 第6章「人物 戸外の群像表現」では、大自然のなかで生きる人間の姿が描かれる。家族や海辺で働く人々を、風景の一部として、あるいは生活の主役として捉える手法に、ブーダンの「自然のなかの人間」に対する関心が見て取れるようだ。

《洗濯する女性たち》(1881-89)。自然と人間が混じり合い、風景の一部として描かれている点に、その場の空気感をそのままを捉えようとしたブーダンの真髄が感じられる
ブーダンによる素描の数々。左から《川辺の家》(1855-58頃)、《樹々の習作》(1855-58頃)

 さらに、章の合間に設けられた「素描」や「版画」のセクションも本展ならではと言える。対象の本質を掴むための鍛錬として、ブーダンがいかに素描を重視していたかが垣間見えるとともに、その創作のプロセスを深く理解することができるだろう。

 ブーダンがモネに出会ったのは1856年頃、パリから故郷ノルマンディーにブーダンが戻った時期だ。当時、風刺画家として活動していた16歳年下のモネを戸外制作に誘い、「現場で直接描くこと」の大切さを説いたという。もしブーダンとモネの交流がなかったら、のちのモネによる傑作の数々は生まれていなかったかもしれない。

 印象派の歴史が語られるときには必ずその名が挙がるにもかかわらず、ひとりの画家としてはなかなかスポットライトが当たらなかったブーダン。しかし本展は、彼の光の捉え方や自由な筆致が、当時いかに革新的であり、次世代へつながる大きな転換点であったかを、改めて強く体感させてくれるものとなっている。