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2026.3.10

閉館前最後の展覧会。「資生堂アートハウス所蔵作品展 小村雪岱 -江戸を夢見る-」(資生堂アートハウス)レポート

静岡県掛川市の資生堂アートハウスで「資生堂アートハウス所蔵作品展 小村雪岱 -江戸を夢見る-」が開催される。閉館前最後となる本展は6月27日まで。開幕に先んじて会場をレポートする。

文・撮影=大橋ひな子(編集部)

「資生堂アートハウス所蔵作品展 小村雪岱 -江戸を夢見る-」の展示風景より
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 静岡県掛川市の資生堂アートハウスで「資生堂アートハウス所蔵作品展 小村雪岱 -江戸を夢見る-」が開幕する。会期は3月12日〜6月27日。担当は同館学芸員の福島昌子。なお、会期終了とともに同館は閉館する。

 同館は1978年に開設。2002年のリニューアルを機に、美術館としての機能を高め、近現代の優れた美術品を収集・保存するとともに、展覧会を通じて美術品を無料で一般公開する文化施設として活動してきた。コレクションの中核となるのは、同社が文化芸術支援活動の一環として、資生堂ギャラリーを会場に開催してきた「椿会美術展」や「現代工藝展」などに出品された絵画、彫刻、工芸品で、過去120回余りの展覧会を開催している。建築は高宮真介と谷口吉生の設計によるもので、79年度の「日本建築学会賞(作品)」を受賞するなど、建物自体が独自のアート性を有している。今回の閉館決定は「2030中期経営戦略」によるもので、企業使命である「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD」の実現のため、今後のアート支援活動は東京・銀座の資生堂ギャラリーに集約させるという。

資生堂アートハウスの外観

 そんな閉館を控えた同館の、最後の展覧会となる本展は、大正から昭和初期にかけて活躍した美術家・小村雪岱(こむら せったい、1887〜1940)の作品展となる。雪岱は、1887年埼玉県川越市生まれ。本名は安並泰助。東京美術学校(現・東京藝術大学)日本画選科にて下村観山らに師事し、卒業後は伝統絵画の研究や模写に従事する。泉鏡花の小説『日本橋』(1914)の装幀で高い評価を得て、日本画や挿絵、舞台美術など多彩なジャンルで才能を発揮した。1918〜23年にかけては資生堂意匠部にも在籍し、現在も同社で使われている「資生堂書体」の基礎をつくったひとりとしても知られる。

 同館は30年以上にわたり雪岱の作品を少しずつコレクションし続け、現在72点を収蔵している。本展では、同館コレクションを含め、雪岱の挿絵原画、舞台装置下図、版画、装幀本、資生堂在籍時代の作品などをあわせた約140点を展示し、江戸の風俗や抒情を独自のモノクロームの世界で描き出した雪岱の画業の全貌を紹介するものとなる。

 冒頭で紹介されるのは、雪岱の版画作品だ。多くは没後制作された複製版画であり、四季を描いた絹本彩色の日本画を原画に制作された作品などが紹介されている。いっぽうで会場では、生前に制作された貴重な版画《もみぢ》(大阪毎日新聞社の対外伝グラフ誌『JAPAN TODAY&TOMORROW』のために制作された)も展示されており、雪岱の版画表現の一端が垣間見える。

「資生堂アートハウス所蔵作品展 小村雪岱 -江戸を夢見る-」の展示風景より
展示風景より、小村雪岱のポートレート写真。東京麹町区平河町の自宅画室にて撮影
展示風景より、小村雪岱《もみぢ》(1935) 木版画

 続いて舞台装置の下図も紹介されている。雪岱は、1924年に小説家・劇作家の菊池寛による『忠直行状記』で初めて舞台装置を手掛け、以降歌舞伎座を中心に数多くの舞台に携わった。会場では、小説家・劇作家の長谷川伸による『一本刀土俵入』(1931)のための舞台装置下図が展示されている。江戸時代の歌舞伎の名残が色濃かった当時の舞台に、まるで日本画のような清新な世界を創出したと高く評価された。舞台装置の下図は中間制作物であり、上演後に作家の手元に戻ることは少なく、本作は珍しく現存している貴重なものといえる。

展示風景より、小村雪岱『一本刀土入』舞台装置下図 取手の宿 1931年7月初演 東京劇場 紙本彩色

 また会場では、鉛筆による素描も並んでいる。奈良旅行で現地の仏像をスケッチしたものと、泉鏡花の小説『高野聖』を題材にした、渓流を背にする裸婦を描いた作品の下絵だ。

展示風景より、左:小村雪岱《東大寺三月堂 月光菩薩像》 制作年不詳 紙に墨、右:小村雪岱《法華寺 十一面観音菩薩像》 制作年不詳 紙に墨、鉛筆

 雪岱は挿絵作家としてもよく知られているが、その評価と人気を決定的にしたのは「東京朝日新聞」(1933)に連載された小説家・邦枝完二の小説『おせん』の挿絵であった。瞬く間に人気作家となり、新聞だけでなく雑誌や一般書籍など、幅広い出版物に作品を寄せていく。本展では、歴史学者・中村孝也による児童向け書籍『日本歴史物語 下』のための挿絵原画全12点を中心に、雑誌小説のために描かれた作品や『おせん』の挿絵原画、1935〜40年まで続いた矢田挿雲による長編小説『忠臣蔵』の挿絵原画など、新聞連載小説のために描かれた挿絵原画を一挙に見ることができる。モノクロで描かれているのにも関わらず、読者にその情景を鮮明に想像させる巧みな技術が感じられる。作品に近寄りその細部に至るまでの表現を目の当たりにしてほしい。

展示風景より、左:小村雪岱『日本歴史物語 下』挿絵原画「関ヶ原の戦い」(1929) 紙に墨、右:小村雪岱『日本歴史物語 下』挿絵原画「織田信長」(1929) 紙に墨

 同館閉館前最後の展覧会に雪岱が選ばれた理由は、1918〜23年にかけて資生堂意匠部に在籍するなど、資生堂と深い縁のある作家であることに起因する。資生堂初代社長の福原信三は、かねてより自社のデザインに和風の感覚を取り込むことを希望しており、泉鏡花作の『日本橋』の装幀で成功した雪岱に声をかけたのが、同社と雪岱の関係のはじまりだ。小冊子の表紙や挿絵のほか、本展でも紹介されている香水のボトルデザインも手がけた。さらに、退社後ではあるが、現在まで続く資生堂書体や資生堂和文ロゴタイプの基本形を確立したことも特筆すべきだろう。同社のブランドアイデンティティを築き上げたひとりとも言える。

展示風景より、《香水 梅》(1918) 香水瓶デザイン=小村雪岱

 最後に、雪岱のデビュー作にして代表作とも言える、泉鏡花の『日本橋』をはじめとした装幀の数々が紹介されている。会場には、雪岱最後の装幀とされる城昌幸による『若さま侍捕物手帖』(1940)を含め、雪岱が26年間で手がけた約70冊が展示される(内20冊は通期展示、約50冊は前期・後期で展示入替)。作品内容やサイズに併せて巧みに表現を変える、その多彩な表現を見比べることができる。

展示風景より

 また同館では、2015〜23年にかけて開催された企画展「工藝を我らに」から、作品を選りすぐって再構築した「工藝を我らにセレクション 2026 -美しく暮らす、四季のしつらえ-」展(3月12日~6月27日)も同時開催される。「工藝を我らに」は、現在「美術品」として日常の場から遠ざかってしまった工藝品を、改めて生活のなかに取り戻すための試みだ。美しく暮らすための提案を長年行ってきた同社ならではの企画となっている。本展では、収蔵する工藝品や様々な道具類などを取り合わせながら、正月から大晦日までの行事や室礼を再現するとともに、生活のなかでの工藝品の用い方や楽しみ方を提案している。

「工藝を我らにセレクション 2026 -美しく暮らす、四季のしつらえ-」展の展示風景
「工藝を我らにセレクション 2026 -美しく暮らす、四季のしつらえ-」展の展示風景

 開館から40年、工芸を中心に据えながら、様々な文化発信を行ってきた同館。本展はそのコレクションを同地で見ることができる最後の機会であり、また、この資産が今後どのように守られ活用されていくのかを考えるうえでの試金石となる展覧会だ。