2025.11.21

「デザインの先生」(21_21 DESIGN SIGHT)開幕レポート。6人の「先生」の思想を通じてデザインの原点をたどる

21_21 DESIGN SIGHTで企画展「デザインの先生」が始まった。20世紀を代表する6名のデザイナーの思想と活動を通して、デザインの本質と未来を探る。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より
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 21_21 DESIGN SIGHTで企画展「デザインの先生」が開幕した。会期は2026年3月8日まで。展覧会ディレクターを務めるのは、デザインジャーナリストの川上典李子と、キュレーター/ライターの田代かおるである。

 「デザインとは何か」という根源的な問いが揺らぐいま、6名の巨匠たちの思想と活動を通して、現代社会におけるデザインの役割を改めて考える機会を提供する展覧会だ。取り上げられるのは、ブルーノ・ムナーリ、マックス・ビル、アキッレ・カスティリオーニ、オトル・アイヒャー、エンツォ・マーリ、ディーター・ラムスの6名。いずれも20世紀のデザイン史に大きな足跡を残した人物だが、川上と田代はこの6名をたんなる巨匠ではなく、「デザインの先生」として位置づける。

 田代は記者会見で、彼らに共通する視点として3つの点を挙げた。まず、戦後社会の混乱のなかで「人間はいかに幸せに生きられるのか」を真摯に問い続けたこと。また、専門分化が進む時代にあっても「統合的な視野」を失わず、生活全体を見渡しながらデザインをとらえていたこと。そして最後に、人々の幸福や環境への視点を持ちながら「高度な美」を生み出したことだ。

展示風景より

 また本展では、彼らに学び、日本のデザイン教育を牽引した向井周太郎(1932〜2024年)の視点も重ねて紹介する。とくにビルやアイヒャーとの交流から生まれた記録は、今回初公開となる資料を含め、展示の重要な軸を成している。

 会場入口では、菱川勢一による映像インスタレーションが来場者を迎える。6名それぞれの言葉や表情、さらに未公開資料を含むアイヒャー関連映像が映し出され、画面越しに彼らの人間性がゆっくりと立ち上がる。

 まずは、6名のうちイタリアを代表する3名──ブルーノ・ムナーリ、アキッレ・カスティリオーニ、エンツォ・マーリ──に焦点を当てたい。ブルーノ・ムナーリ(1907〜1998)は、絵画、彫刻、写真、インダストリアルデザイン、絵本、教育と領域を自在に横断した、20世紀イタリアを代表する芸術家/デザイナーである。1930年代には「役に立たない機械」シリーズを発表し、キネティック・アートの先駆者として国際的に高い評価を受けた。

展示風景より

 田代はムナーリについて「軽やかに、そしてユーモアをもって世界を作品化する力こそ、現代に必要な感性だ」と語る。本展のムナーリセクションでは、代表作に加え、1957年創業のインテリアブランド「DANESE(ダネーゼ)」との協働に着目。知育玩具やプロダクトに見られる「遊びと学びの統合」というムナーリの哲学が紹介されている。

ブルーノ・ムナーリセクションの展示風景より

 アキッレ・カスティリオーニ(1918〜2002)は「タッチア」「アルコ」など照明デザインの名作で広く知られるが、田代は彼の本質を「器具ではなく、光そのものから発想したデザイナー」と評する。光の使い手を想像しながら、どのように届けるべきかを徹底的に探究した人物だ。

アキッレ・カスティリオーニセクションの展示風景より

 好奇心旺盛な彼は、日用品から工業部品まで多様なオブジェを収集し、独自の観察眼で「モノの言葉を読み取った」と田代は説明する。本展では、その収集品の一部および写真資料を展示し、カスティリオーニの思考プロセスに触れられる構成となっている。

アキッレ・カスティリオーニセクションの展示風景より

 エンツォ・マーリ(1932〜2020)は、社会への強い怒りと倫理観を生涯失わず、2000点以上のプロジェクトを生み出した人物である。「美しい造形が背景を考えずに消費されること」に強い疑問を投げかけ、「形態の背後にあるものを読み取れ」と繰り返し訴え続けた。

エンツォ・マーリセクションの展示風景より

 展示室には、彼の思想を象徴する言葉が数多くちりばめられている。ダネーゼ社との協働、晩年に日本企業と取り組んだ家具やプロダクトなども紹介され、マーリの哲学がたんなる造形を超えて、社会や生活そのものへ向けられていたことが強調される。

エンツォ・マーリセクションの展示風景より
エンツォ・マーリセクションの展示風景より

 残りの3名、ドイツとスイスを中心に活動したマックス・ビル、オトル・アイヒャー、ディーター・ラムスは、いずれも戦後ヨーロッパのデザイン思想を形成した中心人物であり、6名のなかでもとくに教育・制度・社会基盤の構築に深く関わったデザイナーたちだ。

 マックス・ビル(1908〜1994)は、20世紀を代表するスイスの建築家・芸術家であり、オトル・アイヒャーとともにウルム造形大学を創設したことで知られる。建築、彫刻、プロダクト、タイポグラフィ、教育と幅広い分野で活動したが、その根底には「数学的思考に基づく構造への洞察」と「生活文化をつくるデザイン」という理念がある。

マックス・ビルセクションの展示風景より

 ビルは、建築や製品のデザインにとどまらず、「環境形成」という広いビジョンを掲げた。生活文化や日常文化そのものをつくる行為としてデザインをとらえる姿勢は、現在のデザイン教育にも強く通じる。

 ビルが設計したウルム造形大学の写真資料や、「ウルム・スツール(ウルマー・ホッカー)」「ユンハンスの時計」など、彼の理念が結晶したプロダクトを紹介。向井周太郎が留学時に撮影した未公開写真は、本展の大きな見どころのひとつだ。

マックス・ビルセクションの展示風景より

 オトル・アイヒャー(1922〜1991)は、20世紀ドイツを代表するグラフィックデザイナーであり、ピクトグラムや企業CIの体系化に大きく貢献した人物だ。1972年ミュンヘン五輪のビジュアル・アイデンティティは、いまなお国際的評価を得ている。

オトル・アイヒャーセクションの展示風景より

 本展が紹介するアイヒャーの重要な側面のひとつは、「伝達としてのデザイン」という姿勢だ。コミュニケーションのあり方が急速に変化する現代において、「誰に」「何を」「どのように」伝えるのかという本質的な問いと向き合い続けたアイヒャーの仕事は、今日の情報環境においても示唆に富む。

 また彼が晩年、生活と仕事の拠点とした南ドイツの小都市イズニー・イム・アルゴイは、アイヒャーの思想を体現した場所として取り上げられる。自然環境に寄り添う暮らしのなかから生まれたピクトグラム群や、地域のアイデンティティを確立するためのデザインは、「生活とデザインの不可分性」を雄弁に物語る。本展では、未公開映像を含む貴重なビジュアル資料が菱川勢一による映像インスタレーションで紹介され、アイヒャーの柔軟な思考と人間性に触れられる構成となっている。

 ディーター・ラムス(1932〜)は、ブラウン社で数々の名作を生み出したインダストリアルデザイナーであり、2025年に世界デザイン賞を受賞したことでも注目される。本展では、ラムスの思想の核である「Less, but better(より少なく、しかしより良く)」と、「良いデザインの10ヶ条」に焦点を当てる。

ディーター・ラムスセクションの展示風景より
ディーター・ラムスセクションの展示風景より

 川上は会見で、本展のラムス展示について「プロダクトの背面まで見える構成」にしたと語った。製品の正面だけでなく、背面の構造や内部の設計まで美しく造り込む姿勢こそ、ラムスのデザイン哲学の核心だという。

ディーター・ラムスセクションの展示風景より

 ラジオ・レコードプレーヤー複合機「SK 4」や電卓「ET 66」などの代表作を通して、ラムスの「本質だけを残す」思想がどのようにかたちになっているのかを体感できる展示となっている。

ディーター・ラムスセクションの展示風景より

 展覧会の締めくくりには、6名の言葉が空間全体に散りばめられ、来場者自身に問いを返すような構成が続く。「自分の頭で考えること」「好奇心を失わないこと」などのメッセージは、変化の大きい現代社会においてもなお普遍的であり、多くの来場者の足を止めるだろう。

 社会が大きな変化のなかにあるいま、あらゆる分野でデザインが担う役割は深まりつつある。21_21 DESIGN SIGHT「デザインの先生」展は、歴史的巨匠の活動を振り返りながら、未来の社会に向けて「どのような問いを投げかけるべきか」を考えるための重要な機会となるはずだ。