2025.11.1

「ATAMI ART GRANT 2025 supported by Pasona art now」開幕レポート。生活動線に現れる非日常な体験を

静岡県熱海市を舞台に開催される芸術祭「ATAMI ART GRANT 2025 supported by Pasona art now」が開幕した。会期は11月1日〜30日。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

サンビーチ熱海に設置された「ATAMI ART GRANT 2025」のサイン
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 静岡県熱海市を舞台に開催される芸術祭「ATAMI ART GRANT 2025 supported by Pasona art now」が開幕した。会期は11月1日〜30日。

 今年で5回目を迎える「ATAMI ART GRANT」は、株式会社Pasona art nowをメインスポンサーに迎えることで名前を新たにした。メイン会場には、築60年を迎える熱海のリゾートマンション「野中山マンション」が選ばれ、観光導線ではなく生活動線を意識した会場構成がなされている。そのほか、街なかの店舗や雑居ビルの空きスペース、海沿いのホテル「リゾーピア熱海」なども会場となっており、熱海の街を巡りながらアートに触れることができる。

 まずはメイン会場となる「野中山マンション」を紹介したい。熱海駅から徒歩20分ほど急な坂を登ったところにある会場は、現在も人が住んでいる1号棟、2号棟に加え、その横に建つ廃墟となった4階建ての「NONAKAYAMA 3」で構成されている。

野中山マンションの入り口

 ここでは、キュレトリアル・コレクティブHB.のメンバーである三宅敦大が企画した「ある映画のように」が展開されている。熱海の景色も一望できるこの場所で、まるでひとつの映画を見るような体験をしてほしいという想いから企画された。

 野中山マンションでは、9名の作家が作品を展開している。「NONAKAYAMA 3」の2階には、茨城県を拠点に活動するアーティスト・齋藤鷹と、京都を中心に活動する作家集団「モノ・シャカ」の作品が並ぶ。モノ・シャカは、展示のほかに、執筆、録音、鑑賞からなる参加型リレー小説の企画を実施し、インタラクティブな作品体験をつくり出している。

展示風景より、齋藤鷹の作品
展示風景より、モノ・シャカの作品。参加型リレー小説の「執筆」を行う様子

 1階には、「A Theater」という新しいシアターを熱海の街につくる試みが展開されている。プログラムディレクターに、映画監督・アーティストの石原海を迎え、地主麻衣子、遠藤薫、そして石原自身による語りを中心とした作品が上演される。さらに同じフロアでは、田中勘太郎による、会場の壁を打ち抜いた作品が紹介されている。物々しくも感じられるその空間では、既存の枠組みを「打ち破る」行為について、複数の視点から示唆が与えられる。

展示風景より、「A Theater」の様子
展示風景より、田中勘太郎が打ち破った壁

 同じく1階には、廃墟となった物置を舞台に、森山泰地のインスタレーション作品が広がっている。会期中、森山はここで寝泊まりをし、自らがここで過ごすことにより生まれる痕跡を残していく。

展示風景より、森山泰地の作品
展示風景より、森山泰地の作品。会場の真ん中に置かれたベッドで寝泊まりする

 続いて4階では、寺本明志による作品が紹介される。「手紙としての絵画」をテーマに制作を続ける寺本は、全8点の平面作品のほかに、絵葉書を用いた来場者参加型の作品も展開する。

展示風景より、寺本明志の作品

 なお「NONAKAYAMA 3」の外壁には、松田将英による「▶︎次のエピソード」という言葉をモチーフにした作品もあるので、見逃さないよう注目してほしい。

展示風景より、松田将英の作品

 続いて隣の2号館には、3名の作家の作品がある。屋上には、排除アートに着想を得た、笹岡花音の作品が設置されている。高さ3メートルの椅子が屋上に置かれている様は異様に感じられるが、そこからの景色はどのように広がっているのだろうか。

展示風景より、笹岡花音の作品

 2号館の会議室にはキム・ヒョンソクの絵画・映像作品が、305号室にはクリエイティブ・ディレクターかつ編集者(雑誌『tattva』編集長)でもある花井優太による作品が展開される。また1号館の208号室には、丹羽優太中澤ふくみによる作品も紹介されている。

展示風景より、キム・ヒョンソクの作品
展示風景より、花井優太の作品
展示風景より、丹羽優太の作品

 街なかに降りる道中にある雑居ビルでは、5名の写真家による展覧会「how to go」が開催されている。本展の企画を担当したのは、野中山マンションでも作品を展開した花井優太だ。ここに展示される写真作品は、すべてコロナ禍に撮影されたもの。ひとつの作品に対し1脚の椅子が用意されており、暗い室内で、目の前にある作品にじっくり対峙することができるような会場づくりがなされている。

「how to go」の展示風景より

 居酒屋marunowaのガレージを展示会場としたのは、アーティストのvug。自身の日常生活の1コマを、独特な言葉遊びの文字と組み合わせて描くvugによる、立体作品を見ることができる。

展示風景より、vugの作品

 海沿いにあるリゾーピア熱海には、花坊の作品が展開されている。もともと分譲マンションだった建物を宿泊施設に変えた本ホテルは、現在も運営中。花坊はここで滞在制作を行い、複数の作品をホテル内に展開させた。館内のロビー、客室やバー&カラオケルームなどにも作品が点在しており、館内を巡りながら作品を鑑賞することができる。

リゾーピア熱海の様子
客室での展示風景より、花坊の作品。なお、この部屋には泊まることはできない
バー&カラオケルームでの展示風景より、花坊の作品

 そして本芸術祭の企画責任者を務める近藤尚は、熱海サンビーチに「土産屋」を設置。熱海にあるセレクトショップ兼アートギャラリーの熱海分福とともにつくられた本作では、実際にATAMI ART GRANTに関するグッズを買うことができる。

展示風景より、近藤尚と熱海分福のコラボレーションによる「土産屋」

 日常としての生活動線のなかに非日常な体験が繰り返される本芸術祭。新しい会場も含め、熱海というエリア内を巡りながら、その新鮮な感覚を味わってみてはいかがだろうか。