2025.7.25

「建築家・内藤廣 赤鬼と青鬼の場外乱闘 in 渋谷」開幕レポート。渋谷と益田を比較した展示にも注目

渋谷ストリーム ホールで、建築家・内藤廣による展覧会「建築家・内藤廣 赤鬼と青鬼の場外乱闘 in 渋谷」がスタートした。会期は8月27日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

「都市の対比:渋谷と益田」展示風景より
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 建築家・内藤廣といえば、東京メトロ銀座線渋谷駅のM型アーチをはじめとする、周辺の再開発に携わる人物として知られている。そんな内藤による展覧会「建築家・内藤廣 赤鬼と青鬼の場外乱闘 in 渋谷」が渋谷ストリーム ホールで始まった。会期は8月27日まで。

渋谷ストリーム

 同展は、2023年に島根県芸術文化センター「グラントワ」内・島根県立石見美術館(益田市)で開催された大規模回顧展「建築家・内藤廣/Built と Unbuilt 赤鬼と青鬼の果てしなき戦い」をもとに、渋谷ならではのかたちに再編されたものだ。3フロアからなる会場は、それぞれ「学生時代から代表作まで」「近年作・Unbuilt作品」「都市の対比:渋谷と益田」といった章立てで構成。内藤の思考を「赤鬼」と「青鬼」の視点で紐解くとともに、全45点のプロジェクトを通じて、その約半世紀にわたる建築思考に焦点を当てるものとなっている。

 開幕に先立ち、内藤は「2年前、益田市で自身が20年も前に手がけた場所で展覧会を行った。東京からもたくさんの方が来てくださり、そこにいらした渋谷商店街の方々から『ぜひ渋谷でもやってほしい』とお声がけいただいたのが本展のはじまりだ」と開催経緯について述べるとともに、自身の思考を紐解く本展について「建築家という人間の頭のなかがどうなっているかを知ることができるおもしろい機会」であるとその意義についても笑顔で語っていた。

内藤廣

 会場は4階からスタートする。このフロアでは内藤による学生時代の作品から代表作までが並んでおり、建築模型や設計図、そして「赤鬼」と「青鬼」による会話から、内藤の経歴や思考の流れ、そして人物像までが垣間見えるような内容となっている。

「学生時代から代表作まで」展示風景より
「学生時代から代表作まで」展示風景より、「美術館課題」(1972)

 ちなみに、2年前の大規模回顧展で内藤は、「赤鬼」と「青鬼」についてそれぞれ「赤鬼(情熱、逸脱、放蕩)」「青鬼(論理、堅実、緊縮)」であると語っていた。これはプロジェクトを手がける際に内藤の頭のなかで行われる葛藤でもあり、プロジェクトごとに繰り広げられるリアルな会話が、コミカルに繰り広げられるのも本展における魅力のひとつと言えるだろう。

 ほかにも、いくつかのプロジェクトに関するインタビュー映像も会場内で新たに上映されているため、こちらも注目してほしい。

「学生時代から代表作まで」展示風景より、「海の博物館」(1992)
「学生時代から代表作まで」展示風景より
「学生時代から代表作まで」展示風景より

 エスカレーターを昇った5階のフロアでは、内藤による近作のほか、様々な事情により実現しなかった建物や架空のプロジェクトを「Unbuilt」、そして現在進行形のプロジェクトを「Ongoing」として分類をつけながら紹介されている。

「近年作・Unbuilt作品」展示風景より、「アルゲリッチハウス」(Unbuilt、2012)。依頼主の体調不良により計画がストップしてしまったこのプロジェクトは、内藤にとって「なんとしても実現したい建物」であったと2023年の展覧会で語られた

 現在、内藤の展覧会は本展のほかにも「建築家・内藤廣 なんでも手帳と思考のスケッチ in 紀尾井清堂」展(〜9月30日)が開催されている。自身が設計を務め、2021年に竣工したこの「倫理研究所 紀尾井清堂」(千代田区)には、内藤が40年間にわたって能率手帳に書き記してきたものが展示されており、それらを通じて思考の軌跡をたどることができるものとなっている。本展では、紀尾井清堂の模型や設計資料も展示されているため、あわせて足を運ぶことをおすすめしたい。

「近年作・Unbuilt作品」展示風景より、「紀尾井清堂」(2021)
「近年作・Unbuilt作品」展示風景より、「多摩美術大学 新棟・講堂」(Ongoing、2023-)

 内藤は、渋谷周辺の再開発に約20年間携わっているが、その期間と同じくらい島根県益田市のプロジェクトにも携わっている。スクランブル交差点などがある人口密集地の渋谷と、過疎が進む益田。この両極端の性質を持つプロジェクトを、6階のホールスペースでは対比させることを試みている。

 ここでは、渋谷と益田の街並みを約200分の1スケールで作成した模型を展示。建物の高さや密度に驚かされるほか、内藤が手がけた建築や都市開発が周辺地域においてどう位置づけられているのかもよくわかるものとなっている。

「都市の対比:渋谷と益田」展示風景より、「益田都市模型」(S=1/200)
「都市の対比:渋谷と益田」展示風景より、「渋谷都市模型」(S=1/200)

 また、島根県芸術文化センター「グラントワ」や「東京メトロ銀座線渋谷駅模型」の約200分の1スケール模型も同様に展示。相反する環境で生み出されたそれぞれの建築物。日々これらの場所を利用する人々は、この都市空間の広域模型や建築模型を見て、どのように感じるのだろうか。

「都市の対比:渋谷と益田」展示風景より、「グラントワ模型」(S=1/200)
「都市の対比:渋谷と益田」展示風景より、「東京メトロ銀座線渋谷駅模型」(S=1/200)

 本展ではタイトルを「場外乱闘」とし、渋谷と益田を比較することをメインテーマに据えているが、その結論を内藤自身が示しているわけではないし、来場者に結論を出すことを促しているわけでもない。2023年の益田での大規模回顧展で実施したインタビューのなかで、内藤は自身の恩師である吉阪隆正より「人が生きること/死ぬこと」そして「そのために建築は何ができるのか」という問題提起を授けられたと語っている。50年にわたる建築人生のなかで、内藤はつねにその意味を自身の活動を通じて探り続けているようにも感じられた。該当インタビューはこちらからご覧いただきたい。

 なお、関連企画として、7月25日には島根県石見地方の伝統芸能「石見神楽」の公演が渋谷ストリームの稲荷橋広場にて16:00/18:00の2回にわたって行われる。渋谷の中心で発生するこの「場外乱闘」も見どころのひとつと言えるだろう。また、28日には内藤による特別講演も実施予定のためこちらも要チェックだ。