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2025.7.16

「トーベとムーミン展~とっておきのものを探しに~」(森アーツセンターギャラリー)開幕レポート。トーベ・ヤンソンの創作世界と「ムーミン」の魅力に迫る

今年、生誕80周年を迎える「ムーミン」シリーズ。その生みの親であるトーベ・ヤンソンの創作と人生をムーミンの物語とともにたどる展覧会「トーベとムーミン展~とっておきのものを探しに~」が森アーツセンターギャラリーで開幕した。会期は9月17日まで。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より
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 東京・六本木の森アーツセンターギャラリーで、「トーベとムーミン展~とっておきのものを探しに~」が開幕した。会期は9月17日まで。

 本展は、フィンランド・ヘルシンキ市立美術館(HAM)の全面的な協力のもと、「ムーミン」小説の出版80周年を記念して企画されたもの。原画やスケッチ、油彩画、愛用品など約300点を通して、「ムーミン」の生みの親であり、多彩な芸術家でもあったトーベ・ヤンソン(1914〜2001)の創作の軌跡と、その豊かな世界観をたどる構成となっている。

展示風景より

 1945年に発表された小説『小さなトロールと大きな洪水』から始まり、1970年の『ムーミン谷の十一月』まで、トーベ・ヤンソンが自ら物語と挿絵を手がけた「ムーミン」小説は全9冊。その後も絵本やコミックスといったかたちで物語は広がり、国境や世代を超えて愛され続けてきた。

 本展は2章構成となっており、前半では「ムーミン」だけでなく、アーティストとしてのトーベ・ヤンソンの多面的な活動に光が当てられる。

展示風景より

 トーベは、母親である挿絵画家シグネの影響を受け、幼い頃から画家を志していた。15歳のときにはすでに政治風刺雑誌『ガルム』で挿絵を発表し、以後20年以上にわたり同誌の表紙や挿絵を数多く手がけた。そこからは、彼女の鋭い社会批評の眼差しと、反戦への強い意志が感じられる。

 また、戦後復興期には、市庁舎や病院、保育園など公共施設の壁画も数多く制作。50代以降には、挿絵のない大人向けの文学作品にも取り組み、10冊以上を刊行している。画家、挿絵画家、小説家として、トーベはジャンルを越えて創作を続けた。

展示風景より

 第1章では、彼女の学生時代から1960年代前半までの油彩画も展示されている。印象派の影響を感じさせる初期作品から、抽象的な表現へと向かう変遷をたどることで、知られざる“画家トーベ・ヤンソン”の姿が浮かび上がる。

トーベ・ヤンソンによる油彩画作品
展示風景より

 なかでも注目したいのが、「遊び」のスケッチ。これは、1950年代にトーベが手がけたアウロラ病院小児病棟の壁画コンペに提出されたもので、階段を駆け上がるムーミンや仲間たちの楽しげな姿が描かれている。幼い患者たちの心を和らげることを意図したこのスケッチからは、芸術の持つ癒しの力と、トーベの人間的な優しさが伝わってくる。

展示風景より、「遊び」のスケッチ

 また、会場では「ムーミン」世界を体感できる映像演出にも注目したい。フィンランド・コトカ市の保育園のために描かれた壁画《フェアリーテイル・パノラマ》は、幅約7メートルの2面構成を原寸大の映像で再現。幻想的な風景のなかに一角獣や様々な動物たちが登場し、そのなかにはムーミンたちの姿も見え隠れする。来場者は、まるで物語のなかに入り込んだような没入体験を楽しむことができる。

映像で再現した壁画《フェアリーテイル・パノラマ》

 今年で記念すべき出版80周年を迎える「ムーミン」シリーズ。本展ではその節目にあたり、「The door is always open(扉はいつも開かれている)」というテーマが掲げられている。多様な登場人物たちが互いを思いやり、帰る場所としての「ムーミン谷」の扉はつねに開かれている──そんな優しさと包容力に満ちたメッセージが、いま改めて強く求められる時代に、深く響く。会場内には、このテーマを象徴する「開かれたドア」のインスタレーションも設置され、来場者をトーベとムーミンたちの世界へといざなう。

「開かれたドア」のインスタレーション

 展覧会後半では、「ムーミン」シリーズを彩るキャラクターたちとその世界観が一堂に集結。小説、コミックス、絵本『ムーミン谷へのふしぎな旅』、キャラクターのスケッチなど、250点を超える作品が展示されており、観客は様々な表情を見せるムーミンたちと出会うことができる。

展示風景より
展示風景より
展示風景より

 「ムーミン谷は楽園のような場所ですが、実際にはつねに変化のなかにありました。トーベの作品には、洪水や嵐など、自然災害や不確かな出来事が描かれています。今日の私たちにとって、彼女の作品から学ぶべきことは多くあります。不確実な世界のなかで、想像力と創造力、そして思いやりの力がどれほど大切であるかを教えてくれるのです」。

 ヘルシンキ市立美術館の館長、アルヤ・ミッレルは本展の開幕にあたりそう述べている。まさにいま、世界が直面する不安や分断の時代において、「ムーミン」の物語が届けてくれる癒しと希望、そして“帰る場所”としての「ムーミン谷」の存在意義が、あらためて問われている。

展示風景より
展示風景より
内覧会に登場したムーミンのキャラクター