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2025.7.15

「大正イマジュリィの世界」展(SOMPO美術館)開幕レポート。“紙の宝物”が語る青春

印刷技術の革新が進んだ大正時代の独特なデザインやイラストレーションの魅力を多角的に紐解く展覧会「大正イマジュリィの世界 デザインとイラストレーションの青春 1900s―1930s」が、東京・新宿のSOMPO美術館でスタートした。会場の様子をレポートする。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より
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 明治末期から昭和初期にかけての日本は、印刷技術の飛躍的な進歩とともに、グラフィックデザインやイラストレーションの分野において豊かな視覚文化を育んだ時代である。その魅力を多角的に紐解く意欲的な展覧会「大正イマジュリィの世界 デザインとイラストレーションの青春 1900s―1930s」が、東京・新宿のSOMPO美術館で開幕した。会期は8月31日まで。

 本展は、2010年に渋谷区立松濤美術館で開催された展覧会を起点とし、全国を巡回してきたシリーズの最新形である。監修を務めたのは、書物と刷物をこよなく愛し、文学・美術・音楽を横断する近代の表現世界を探究し続けた故・山田俊幸。担当学芸員は、SOMPO美術館 上席学芸員の中島啓子が務める。

展示風景より
展示風景より

 展覧会では、山田が長年にわたり蒐集してきたコレクションのなかから、大正時代を中心とする約330点を精選。藤島武二、杉浦非水、竹久夢二、高畠華宵、蕗谷虹児、古賀春江らの装幀、挿絵、雑誌、ポスターなどが一堂に展示されている。

 会場構成は3部からなり、第1部「新しい芸術と抒情」、第2部「さまざまな意匠」、第3部「流行と大衆の時代」と題されている。また作品は「大正イマジュリィの作家たち」「さまざまな意匠」という2つの視点から整理されており、個別の作家による創造性と、匿名性の高いデザイン潮流の双方から、この時代の“イマジュリィ(=視覚表現)”を読み解く構成となっている。

第1部「新しい芸術と抒情」の展示風景より

 展覧会の冒頭には、1900年のパリ万博で黒田清輝らが持ち帰ったミュシャのポスター図版が展示され、日本の画家たちに衝撃を与えた「視覚の転換点」が象徴的に示されている。洋画家・藤島武二は、穏やかな写生からロマン主義的題材を経て、パリやローマへの留学を経て装飾的な独自の画風を確立。1901年からは文芸雑誌『明星』の表紙や挿絵を手がけ、ミュシャ風の様式で描かれたヴィーナス(=明星)は、与謝野晶子らの情熱的な詩と相まって、恋愛や憧れを歌う新時代の幕開けを象徴するものとなった。

第1部「新しい芸術と抒情」の展示風景より

 また、図案家の杉浦非水は、パリ万博を契機にアール・ヌーヴォーに魅了され、三越呉服店の広告印刷物で名を馳せた。のちにウィーン分離派の様式も取り入れつつ、菊池幽芳の大衆小説『お夏文代』では、木版と銀箔押しを用いた豪華な装幀を手がけ、出版物を高度な美術品へと昇華させた。

第1部「新しい芸術と抒情」の展示風景より
第1部「新しい芸術と抒情」の展示風景より

 第2部「さまざまな意匠」では、テーマごとに大正期の多様なビジュアル表現を紹介している。「エラン・ヴィタルのイマジュリィ」では、哲学者アンリ・ベルクソンの思想に基づく「生命の飛躍」や「創造的躍動」といった概念が、美術表現に与えた影響をたどる。生い茂る植物、踊る女性、輝く太陽といったモチーフが多用され、自然と人間の生命力を可視化するようなイマジュリィが数多く生み出された。

第2部「さまざまな意匠」の展示風景より

 「怪奇美のイマジュリィ」では、伝奇物語や探偵小説を彩った妖しく耽美な視覚表現を紹介。動植物と人間が融合したグロテスクな文様や退廃的な装幀、江戸川乱歩の探偵小説の挿絵などが並び、現代におけるマンガやゲーム文化にも通じる“視覚の物語性”の源流が浮かび上がる。

第2部「さまざまな意匠」の展示風景より
第2部「さまざまな意匠」の展示風景より
第2部「さまざまな意匠」の展示風景より

 第3部「流行と大衆の時代」では、関東大震災以降の東京を中心とした都市文化と消費社会のなかで花開いた新たなビジュアル表現を紹介。「尖端都市のイマジュリィ」では、復興を背景に形成されたモダニズム的感性や、情報誌・全集ブームなど、大衆教養と商業文化の交差点が描き出される。

第3部「流行と大衆の時代」の展示風景より

 「大衆文化のイマジュリィ」では、音楽・映画・レビューといった都市の娯楽を彩った視覚資料が並ぶ。ジャズやオペラ、レビューのパンフレット、楽譜や映画ポスターを通じて、大正末から昭和初期にかけての洗練された都市型大衆文化の姿が立ち上がってくる。

第3部「流行と大衆の時代」の展示風景より

 本展を語るうえで欠かせないのが、「印刷技術」の存在感である。明治後半から昭和初期にかけて、浮世絵の伝統を引く木版多色刷やリトグラフといった技法が依然として出版物に用いられていた。中島上席学芸員は「現在では美術館で鑑賞されるようなリトグラフも、当時は雑誌や書籍に使われていた」と語る。

 大量印刷技術が普及する以前、印刷物は人々にとってほぼ唯一の視覚メディアであり、挿絵や装幀は繰り返し眺められる「儚い宝物」として記憶に刻まれていた。本展は、急速にデジタル化が進む現代において、「紙の文化」の豊かさを再発見する貴重な機会でもある。

第3部「流行と大衆の時代」の展示風景より
第3部「流行と大衆の時代」の展示風景より

 展示資料の多くは現在でも古書店などで入手可能であり、中島は「ビジュアルから入り、文章の世界にもぜひ触れてほしい」と語る。視覚と物語、紙とインクの出会いが育んだ「青春のイマジュリィ」は、過去をたどるだけでなく、未来の表現を考える契機にもなり得るだろう。

第3部「流行と大衆の時代」の展示風景より