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2025.6.25

「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」(アーティゾン美術館)開幕レポート

アーティゾン美術館で「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」がスタートした。会期は9月21日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、イワニ・スケース《えぐられた大地》(2017) 石橋財団アーティゾン美術館 ©︎ Courtesy the Artist and THIS IS NO FANTASY
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 東京・京橋にあるアーティゾン美術館で、「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」がスタートした。会期は9月21日まで。担当学芸員は上田杏菜(アーティゾン美術館 学芸員)。

 アボリジナル・アートとは、オーストラリア先住民によって生み出された地域独自の文脈を持つ作品を指す。近年の国際的なアートシーンではこれらを再考する動きも見られており、いま改めて注目を集めている領域だ。昨年開催された第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展では、アボリジナル作家の個展を展示したオーストラリア館が国別参加部門の金獅子賞を受賞したことからも、その世界的な評価と関心の高さがうかがえるだろう。

 本展は、複数のアボリジナル女性作家に注目。世代と地域を越えた7名と1組による合計52点の作品を通じて、アボリジナル・アートのなかにいまなお息づく伝統文化と、オーストラリア現代美術の現在地を読み解いていくものとなっている。

 出展作家は、マリィ・クラーク(1961〜)、マーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・ガボリ(1924頃〜2015)、ジュリー・ゴフ(1965〜)、エミリー・カーマ・イングワリィ(1910頃〜96)、ノンギルンガ・マラウィリ(1938頃〜2023)、イワニ・スケース(1973〜)、ジャンピ・デザート・ウィーヴァーズ、ジュディ・ワトソン(1959〜)。

左から、ジュディ・ワトソン、イワニ・スケース、ジュリー・ゴフ、マリィ・クラーク、上田杏菜(アーティゾン美術館 学芸員)

 昨今国際的な注目を集めている“現代アボリジナル・アート”が興隆したのは1970〜80年代のことであったが、当時女性は作家として認められず、制作現場の主なメンバーは男性で構成されていたという。そのいっぽうで、このアートに見られる制作手法や素材、テーマ性の豊かな広がり方は、女性作家らの貢献無くしては語ることができない。

 例えば、ノンギルンガ・マラウィリは、オーストラリア北部にあるノーザンテリトリー準州アーネムランド地方の北東部出身。この地域に住む先住民をヨルングと呼び、13の氏族(クラン)が存在するうちの、マラウィリはマダルパ氏族に生まれた。木材が豊富に取れるこの地は樹皮画(バーク・ペインティング)が盛んな地域でもあり、各氏族が継承してきた伝統的な図像が描かれてきた。

 しかし、この図像は元来男性しか継承することが許されず、担い手不足から女性へも権利が与えられるようになったのは近年のことだという。マラウィリもそのうちのひとりであり、画家であった夫から継承を受け、図像を描くようになった。作家は男性側に伝わるこの図像を尊重しつつも、自身の感性を表出させることで、次第に自由な表現が画面上に表していった。

 このように、同展では作家による様々な時代の作品を展示することで、その経歴や思考の流れについても読み解くことができるよう工夫がなされている。

展示風景より、ノンギルンガ・マラウィリによる作品群
展示風景より、ノンギルンガ・マラウィリ《ジャプ・デザイン》(2018-19) ケリー・ストークス・コレクション ©︎ the artist c/o Buku-Larrgay Mulka Centre

 続く展示室では、のちに紹介するエミリー・カーマ・イングワリィとともに先住民作家として初めてヴェネチア・ビエンナーレのオーストラリア館代表に選ばれた、ジュディ・ワトソンによる作品が並ぶ。母方にアボリジナルの祖先を持つワトソンは貴重な水資源に恵まれた故郷を持ち、その環境が作家の作風にも影響を与えているという。

展示風景より、ジュディ・ワトソンによる作品群

 制作手法は絵画からマルチメディアまで多岐に渡るが、なかでもイギリス統治時代の公式文書を活用した《アボリジナルの血の優位性》(2005)は、アーカイヴ情報に紐づいた、とくにメッセージ性の強い作品だと言えるだろう。

展示風景より、ジュディ・ワトソン《アボリジナルの血の優位性》(2005) クイーンズランド州立図書館 © Judy Watson

 ジャンピ・デザート・ウィーヴァーズとは、中央砂漠から西砂漠地域のコミュニティに属する女性アーティストたちによるコレクティブだ。同地に自生する草を素材として、伝統技法を用いながら立体物を制作。日常のエピソードやコミュニティでの出来事をテーマにアニメーション作品を生み出している。

 今回会場では4つのアニメーション作品を上映しており、総時間はおよそ10分程度。主な素材を活かしつつも、その表現の幅や登場するキャラクターたちのユニークな動きも非常に魅力があふれている。

展示風景より、ジャンピ・デザート・ウィーヴァーズによるアニメーション作品
展示風景より、ジャンピ・デザート・ウィーヴァーズ《私の犬、タイニー》(2018) ジャンピ・デザート・ウィーヴァーズ、NPYウィメンズ・カウンシル ©︎ Tjanpi Desert Weavers, NPY Women's Council

 先述したエミリー・カーマ・イングワリィは、国際的に高い評価を確立したもっとも成功したアボリジナル作家のひとりとして知られる人物だ。オーストラリア中央砂漠の都市から北東部にあるアルハルクラという地を故郷に持ち、1970年代よりバティックと呼ばれる制作手法を用いて活動をスタートさせた。

展示風景より

 アーティゾン美術館では2点の作品を所蔵しており、そのうちのひとつ《春の風景》(1993)は床置きで展示されている。実際写真にもあるように、カーマ・イングワリィは制作の際にイーゼルを用いず、地面にキャンバスを広げながら描いていたという。彼女が見つめていた制作の光景を、同じ目線で見ることができるのも本展ならではだ。

展示風景より

 会場のなかでも目を引くのは、ブラックライトに照らされた一室だ。ここに展示されるのは、南オーストラリア州の内陸にあるウーメラ出身の作家、イワニ・スケースによるガラス作品の数々。中央に配置された宙吹きのウランガラスによるインスタレーション《えぐられた大地》(2017)は、ウランの採掘が盛んに行われた結果、故郷の土地が損なわれ、環境やそこに住む人々の健康に大きな被害をもたらしたことを示している。

展示風景より、イワニ・スケース《えぐられた大地》(2017) 石橋財団アーティゾン美術館 ©︎ Courtesy the Artist and THIS IS NO FANTASY
展示風景より、イワニ・スケース《えぐられた大地》(2017) 石橋財団アーティゾン美術館 ©︎ Courtesy the Artist and THIS IS NO FANTASY

 また、同地はイギリスによって核実験が行われた場所でもあり、現在も立入禁止区域として指定されているという。ガラスという繊細な素材と造形を扱いながらも、その特性と歴史的文脈を結びつけながら、自身の故郷で起こった出来事を作品を通じて我々に伝えてくれている。

展示風景より、イワニ・スケース《ガラス爆弾(ブルーダニューブ)シリーズⅠ》(2015) オーストラリア国立美術館、キャンベラ ©︎ Courtesy the Artist and THIS IS NO FANTASY

 ジュリー・ゴフが拠点とするタスマニア州はとくに植民地主義のなかでも非道な扱いを受けた場所だ。この思想による同化政策を受けて、アボリジナルの家系を持つ多くの人々は虐殺や疫病で命を落としたという。

 この座面のない椅子に83本の槍が刺さった作品は《1840年以前に非アボリジナルと生活していたタスマニア出身のアボリジナルの子どもたち》(2008)というタイトルだ。当時、これらの政策のなかでアボリジナルの親から引き離された子供たちが存在し、その数はタスマニア・アボリジナルの子供たちの約3分の1を占めるという。ゴフはその子供たちの名前をできるかぎり調べ上げ、槍の先一本一本にその名を焼き付けている。ここに刻まれた子供のなかには、ゴフの祖先も含まれるのだという。

展示風景より、左からジュリー・ゴフ《1840年以前に非アボリジナルと生活していたタスマニア出身のアボリジナルの子どもたち》(2008) オーストラリア国立美術館、キャンベラ、《ダーク・バレー、ヴァン・ディーメンズ・ランド》(2008) ニューサウスウェールズ州立美術館 ©︎ Julie Gough
展示風景より、ジュリー・ゴフ《1840年以前に非アボリジナルと生活していたタスマニア出身のアボリジナルの子どもたち》(2008) オーストラリア国立美術館、キャンベラ ©︎ Julie Gough

 ヴィクトリア州北西部の街で育ち、メルボルンの一部を含む先住民コミュニティと協働して活動を行うマリィ・クラークは、ジュエリー製作からそのキャリアをスタートさせた。その後、伝統的な素材を用いながら現代の文脈でアプローチを行うその表現は、オーストラリア南東部に伝わる伝統文化をもととした《ポッサムスキン・クローク》(2020-21)のような作品から、顕微鏡写真を用いた《私を見つけましたね:目に見えないものが見える時》(2023)までと多岐にわたっている。

 現在では、イギリスの同化政策によって失われたポッサムスキン・クローク文化の復興を目指す活動に参加し、制作活動と並行して研究にも注力しているという。

展示風景より、マリィ・クラーク《ポッサムスキン・クローク》(2020-21) ヴィクトリア州立美術館 ©︎ Maree Clarke
展示風景より、マリィ・クラーク《私を見つけましたね:目に見えないものが見える時》(2023) 作家蔵(ヴィヴィアン・アンダーソン・ギャラリー) ©︎ Maree Clarke
展示風景より、マリィ・クラーク《私を見つけましたね:目に見えないものが見える時》(2023、部分) 作家蔵(ヴィヴィアン・アンダーソン・ギャラリー) ©︎ Maree Clarke

 最後の展示室には、自由かつ豊かな筆致と色彩で描かれたマーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・ガボリによる大型作品が並べられている。カイアディルトと呼ばれる先住民コミュニティ出身で、故郷を強制移住させられた経験を持つ作家は、高齢者施設のワークショップに参加し、80歳より絵画制作をスタート。その後、91歳で生涯を終えるまでにおよそ2000点もの作品を残した。

 ここで描かれているのは、記憶のなかに存在する、帰りたくても帰ることができない彼女の故郷の姿だ。徐々に大きくなるキャンバスは、郷愁の思いの強さゆえだろうか。

展示風景より
展示風景より

 オーストラリアは日本の国土面積のおよそ20倍ほどあり、拠点によっても文化や言語体系、信仰が異なるのが特徴だ。それを踏まえて、出展作家の拠点も東西南北と広く取り上げることで、アボリジナル・アートの多様さ、そして各所で起こった歴史的な出来事を、女性作家の目線から掘り下げることを試みている。雄大な自然のなかで育まれてきた文化や信仰。どこか日本的な感覚とも結びつくようなこの糸口から、オーストラリアにおけるボリジナル・アートの“いま”に注目してほしい。

展示風景より、「作家関連地図」