2025.5.31

安野貴博が矢作学と見る「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展

東京・六本木の森美術館で開催中の「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展で、美術手帖プレミアム会員限定のトーク鑑賞会が開催された。起業家・AIエンジニア・SF作家である安野貴博と、本展を共同企画したアソシエイト・キュレーターである矢作学によるトークのハイライトをお届けする。

聞き手・構成・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

安野貴博と矢作学
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 東京・六本木の森美術館で、人類とテクノロジーの関係を考察しながら、未来の歩き方を想像する「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展が6月8日まで開催されている。

 参加作家はビープル、ケイト・クロフォードとヴラダン・ヨレル、ディムート、藤倉麻子、シュウ・ジャウェイ(許家維)、キム・アヨン、ルー・ヤン(陸揚)、佐藤瞭太郎、ジャコルビー・サッターホワイト、ヤコブ・クスク・ステンセン、アドリアン・ビシャル・ロハス、アニカ・イの12組。広く社会を変革するものとして注目を集めている生成AI、そして世界の全人口の40パーセントがプレイをしているというビデオゲーム、このふたつの潮流が現代美術にどのような影響をもたらしているのかを考える展覧会だ。

 今年2月、起業家・AIエンジニア・SF作家である安野貴博と、本展を共同企画したアソシエイト・キュレーターである矢作学による、美術手帖プレミアム会員限定のトーク鑑賞会が開催された。AIとゲームはいかなる変化を現代美術にもたらすのか。ふたりのトークをお届けする。

安野貴博

アセットが広げる世界

安野 本展で僕がまず注目したのは、佐藤瞭太郎さんの映像作品《アウトレット》(2025)です。

矢作 安部公房をはじめとする小説に影響を受けたもので、異なる文脈を持つアセットのキャラクターたちが、現実とは異なるルールでつくられたゲーム世界のなかを生きる、キャラクターアセットたちの姿を描く作品ですね。

展示風景より、佐藤瞭太郎《アウトレット》

安野 ウェブ上には「アセット(=資産)」と呼ばれる人やモノの3Dデータが、膨大に蓄積されています。このアセットを売り買いし、使用することによってゲームを制作したり、メタバース空間で使用することができます。だから、インディー・ゲーム(少人数で制作されたゲーム)をプレイすると「このモデル、別のゲームで見たな」といったことが起こるわけですね。

 この《アウトレット》がおもしろいと思ったのは、多種多様なアセットが作中に登場し、普通の世界では絶対に有り得ない、ゲームエンジンの物理演算による動きが非常に効果的に使われていて、それがすごく美しく感じられたんですよね。安部公房の小説に影響を受けたというのも頷ける、不条理な美しさが宿っています。

矢作 そうですね。動きのみで鑑賞者とコミュニケーションしているような印象も受けるので、言葉の壁を取り払って様々な国の人々に訴えるものがあるのではないかと思っています。

AI同士が会話する時代の訪れ

矢作 ドイツ出身のアーティスト、ディムートによる作品は、まさにAIそのものを直接的にテーマとしたものです。出展作品《総合的実体への3つのアプローチ》は、大規模言語モデルを取得したAI同士が挑発的なやりとりをする《エリスの林檎》、AIが人間の独り言を喋る《独り言》、そしてAIと来場者が対話をする《エル・トゥルコ/リビングシアター》の3つで構成されています。

展示風景より、ディムート《総合的実体への3つのアプローチ》

安野 《エリスの林檎》で示されているようなAI同士の会話は、今後、普遍的なものになる可能性が高いでしょうね。例えば片方のAIは自分がAIだと認識している、片方のAIはその前提に立っていない、といった設定をもとに会話させると、良い結果が生まれることがあります。

矢作 本作では、AIによる非常に人間的な動きも見られて興味深いと感じました。

安野 AIの個性をどのように設定するのか、どのようなプロンプトを入れるのか、ということが今後は重要になってくると考えられます。例えば、私の行動や思考を忠実に反映するようにAIを調整することができたら、私の言葉を代理AIが喋るようになるかもしれません。そんな未来を予見させる作品ですね。

ゲームの持つ可能性

矢作 本展ではゲームをテーマのひとつとしているので、実際に来場者がゲームをプレイするという体験も提供したいと思いました。「インディー・ゲームセンター」のコーナーでは、アーティストの谷口暁彦さんが「私と他者」をテーマにセレクトした、インディー・ゲームが用意されています。安野さんご自身もインディー・ゲームの制作経験があるとか。

展示風景より、「インディー・ゲームセンター」

安野 小学生のころ、自分でゲームをつくって、学校の友達に自作のゲームのデータが入ったフロッピーディスクを配る、なんていうことをしていました。コンピューターにおける遊びと学びは一体のものでしたし、こういう展示を通じて自分もつくってみたい、なんて思う子供たちがいると嬉しいですよね。

矢作 キム・アヨンの《デリバリー・ダンサーズ・スフィア》は、コロナ禍で注目を集めたデリバリーサービスの配達員が、都市における不可視の存在となっていることに着目した映像作品ですが、ここにも多分にゲームの要素が取り入れられています。ソウルの街をバイクで駆け抜けながらデリバリーをする作品世界が、そのままプレイ可能なゲームにもなっています。

展示風景より、キム・アヨン《デリバリー・ダンサーズ・スフィア》(2022)

安野 多くの人が共有する「走る」ゲームのイメージが、作品に還元されているのがおもしろいですよね。作品を見たあとに、鑑賞者がプレイすることで擬似的にデリバリーを体験できるというのも画期的なアイデアだと思いました。

宗教とテクノロジー

矢作 ルー・ヤンは自身のアバター「DOKU」を登場させ、仏教的世界観とその精神を扱う映像作品を制作しています。音楽とともに「DOKU」が踊る映像の周りには、賽の河原を思わせる石が積まれ、天井からは梵字の掛け軸が垂れ下がる、といったように、宗教性を感じさせるモチーフがたくさんありますね。最新のテクノロジーを使いながら宗教(信仰)やスピリチュアリティを表現する作家が増えてきています。

展示風景より、ルー・ヤン《独生独死―自我》(2024)

安野 特殊な経験や背景をもっている人たちが、これまでになかった独自のビジョンを世の中に対して生み出すことができる時代になったということですよね。

 先程の佐藤さんの作品にあるアセットもそうですが、大量のデータベースから自分でいちから制作しなくても、自分ではない存在になることができる基盤が出来上がってきた。これは人類史上大きなことだと思いますし、世界を創造できる可能性が誰にでもあるということは、宗教と無関係ではないでしょう。

ルー・ヤン《独生独死―自我》を見る安野貴博と矢作学

AIと資源

矢作 シュウ・ジャウェイの映像作品《シリコン・セレナーデ》は、半導体のウェハー用シリコンが砂浜から採取できることに着目した作品です。海辺、チェロの演奏シーン、AIチップの研究所などの映像を、AIで生成された音楽とともに構成します。半導体の世界的産地である台湾出身の作家ならではの作品ともいえるでしょう。AIはデジタルテクノロジーではありますが、同時に資源というアナログで物理的なマテリアルによって支えられていることが感じられます。

展示風景より、シャウ・ジャウェイ《シリコン・セレナーデ》(2024)

安野 資源というのはAIを考えるうえでとても重要な観点です。AIによって枯渇するのではないかと言われているのが電力で、 AIは計算する際に多くの電力を消費します。 ビッグテックと呼ばれる巨大企業では大抵、AIを動かすためのサーバが大量に入ったデータセンターを所有しているのもそのためです。

 また、半導体はつねに不足傾向にあります。チップをつくっている企業の工場は5年先までラインが埋まっているという話もありますし、自社でチップをつくるために多額の投資をしている企業もある。このように、AIは大量のエネルギーを消費する技術だということは、今後の課題といえるでしょう。

 また、資源としての砂浜はそれなりに余剰があるのですが、半導体はつねに不足する傾向にあります。チップをつくっている企業の工場は5年先までラインが埋まっているという話もありますし、自社でチップをつくるために多額の投資をしている企業もある。このように、AIは大量のエネルギーを消費する技術だということは、今後の課題といえるでしょう。

ゲームエンジンとAIがつくる未来

矢作 展覧会の最後を飾るのが、AI研究の第一人者であるケイト・クロフォードと、ICTの研究者でアーティストのヴダラン・ヨレルの協業による《帝国の計算:テクノロジーと権力の系譜 1500年以降》です。テクノロジーと権力の関係性を幅24メートルの壁面にまとめた、壮大な作品です。

展示風景より、ケイト・クロフォード&ヴダラン・ヨレル《帝国の計算:テクノロジーと権力の系譜 1500年以降》(2023)

安野 これはとてつもない労力でつくられたものですよね。いつまでも見ていられるし、様々な思考を展開させることができるヒントが集まっていますね。例えば、グーテンベルグの活版印刷がいかに重要なターニングポイントだったのか、といったところまで遡ることができますもんね。

 AIを前提とした社会の到来は避けられないわけですから、いま、技術と人間がどのように対峙してきたのかを振り返ることには大きな価値がある。その意味で、重要な作品といえるでしょうね。

 ゲームエンジンやAIを活用したアートを、これほど多く見ることができる機会は初めてでした。AIやゲームエンジンは何でもできるわけですが、それゆえにどのようなものをつくるのか、ということを考えなければいけない。しかし、どのアーティストもそれぞれの興味にもとづいて、様々な切り口に沿って作品をつくっていることに大きな可能性を感じることができました。本日はありがとうございました。

ケイト・クロフォード、ヴダラン・ヨレル《帝国の計算:テクノロジーと権力の系譜 1500年以降》を見る安野貴博と矢作学

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