2025.5.1

「ゴジラ生誕70周年記念 ゴジラ・THE・アート展」(森アーツセンターギャラリー)レポート。「ゴジラとは、何か」に現代美術からアプローチ

映画『ゴジラ』の公開70周年を記念し、国内外のアーティストがゴジラをテーマに作品を発表する展覧会「ゴジラ生誕70周年記念 ゴジラ・THE・アート展」が、東京・六本木の森アーツセンターギャラリーで開催されている。会期は6月29日まで。

文・撮影=坂本裕子

展示風景より、ジオラマモニュメント
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 「ゴジラとは、何か。」

 映画『ゴジラ』の公開70周年を記念し、国内外のアーティストがゴジラをテーマに作品を発表する展覧会「ゴジラ生誕70周年記念 ゴジラ・THE・アート展」が、東京・六本木の森アーツセンターギャラリーで開催されている。会期は6月29日まで。

 1954年、東宝の特撮映画として生まれた『ゴジラ』。第五福竜丸の水爆実験被爆事故や戦後日本の経済復興の反動としての環境汚染への警鐘を背景に制作されたこのパニック・ムービーは、日本の自然信仰の神話的要素をも含み、数々のシリーズが続いた。その後、アメリカでも映画化され、また2016年には樋口真嗣監督の『シン・ゴジラ』が、2023年に山崎貴監督による『ゴジラ-1.0』がされたことも記憶に新しい。

展示会場入口、奥は初代ゴジラの造形検討のための雛型

 突然、深海で目覚め、都市を破壊してふたたび海に帰っていくゴジラは、人間にとっては最悪の存在である。いっぽうで、その破壊の風景は人々にカタルシスをもたらし、ときに蛾型の怪獣・モスラらと協働して複数の首を持つ怪獣・キングギドラを退治するなど、どこか親しみのあるものとしても愛され続けている。それぞれの時代を映し、人間社会になんらかの「契機」を提示するゴジラとはいったい何なのか。

展示風景より、ジオラマモニュメント

 本展では、自身の生きる時代を鋭敏に感じ取り造形にするアーティストたちが、映画の枠を超えて、絵画、彫刻、写真、パフォーマンスとしてゴジラを表した作品が並び、個々の記憶や経験とともに、様々な「ゴジラ」をかたちづくる要素を提示してくれる。ゴジラとアートが融合したジオラマや、本展のために制作された特別映像も見どころのひとつだ。

展示会場入口

第1章「近代の蒐集として」

 核の恐怖、環境問題、都市化とそこに生きる人々の心理、人間社会の破壊と再生。ゴジラは物理面、心理面ともに様々なものを内包し、それゆえ混沌とした存在といえる。それは美術作品も同様で、異なる時代、地域、社会で生み出されたものが美術館に集まったとき、表現の奥に宿る記憶や感情、象徴は混ざり合い、ある混沌を形成する。ことに社会との関係を問うことを求められる現代美術においては、その傾向はますます強まっている。本章では、戦後の日本が抱えたであろう問題や感情を「近代の蒐集」と位置づけ、いまを生きるアーティストが再構築する。

 横尾忠則は、1985年に発表したゴジラにまつわるセラミックのパネル16枚組の作品を再制作した。オリジナルの組み合わせのほか、パネルの配置を変更した2点を加えた極彩色の迫力の3点は、「破壊」をキーワードに、過去から現在、そして未来までをも暗示する。

展示風景より、横尾忠則《PARADISE》

 福田美蘭は核の恐怖を具現化したゴジラに注目し、「科学技術の進歩に現代はどう向き合うのか」を、架空の近日公開のポスターに表す。街に配布することを想定して大量に刷られた昭和のテイスト満載のポスターには、AI兵器による現代戦争が示されている。時代を敷衍しながら、現代の問題をユーモアと皮肉に込める絶妙さは健在。ぜひ会場で確認したい。

 ゴジラとの出会いが作家として活動するきっかけのひとつとなったと語るO JUNは、子供のころから使用するクレヨンの線を重ねたビル群と「ごじら」の文字で、線に込められる人々の記憶とゴジラの発する熱線を交錯させる。

展示風景より、O JUN 《ごじら》《ビル群》

 そして、青柳菜摘は架空のニュース映像で、ユーモラスにゴジラと人間の関係性を問いつつ、報道の危うさと盲信への警告を発した。

展示風景より、青柳菜摘《NNC-きょうの出来事β》 TM & © TOHO CO., LTD.

 第2章「イメージと咆哮」

 昭和・平成・令和と、各時代において、私たちに衝撃を与えるとともに、何らかの意識を喚起し続けてきたゴジラ。それは姿を変えながらも、ひとつのアイコンとして複製されてきたとも言える。ここでは、版画と写真という複製芸術からゴジラが生み出す視覚体験に迫る。

 風間サチコは、木版画とそれをもとにしたアニメーションの題材として、第五福竜丸の被爆や福島第一原発事故を取り上げ、寓話的世界のなかにゴジラの存在と核や戦争に対する問題を提起する。

 今年、92歳を迎えた川田喜久治は、フランシスコ・デ・ゴヤが戦争と人間の残酷さを告発した版画集『ロス・カプリチョス』にことよせたシリーズを展示。1960年代から2025年に撮影した写真を、未発表作品を含めて再構築した本作は、何気ない日常や都市を切り取った場面のなかに、不穏なゴジラの気配を漂わせる。

展示風景より、川田喜久治《ロス・カプリチョス インビジブル》 TM & © TOHO CO., LTD. © Kikuji Kawada, Courtesy PGI

 可視と不可視の対照的な作品ながら、ふたりの作家はオリジナリティと複製されるイメージとの関係を問いつつ、ゴジラへのイマジネーションを強く想起させる。

第3章「美しい廃墟」

 ゴジラが破壊する都市の情景は、悲劇性のみならず、期待感と爽快感をもたらす。瓦礫のなかのゴジラの姿は美しくもあり、こうした「廃墟の美」はゴジラ人気のひとつの要素だ。戦後の焼け跡から高度成長により驚異的な復興を果たした日本は、バブル経済を経て、発展と停滞のなかでスクラップ&ビルドを繰り返してきた。近代建築が持っていた神話性は、自然破壊やそれに伴う災害へのまなざしに応じて力を失いつつある。その末路は廃墟化であり、私たちはそうした遺物とともに未来へと進む。ゆえにこそ、ゴジラのたたずむ廃墟の風景は強く印象づけられるのかもしれない。第3章では、「廃墟」に注目し、もしかしたら見ていたかもしれない、実在しなかった日本の風景をアーティストが表現する。

 東京ビルドが、東宝映像美術とコラボレーションして制作した都市風景は、過去の風景であるとも、近未来の風景であるとも感じられ、破壊と再生という都市の持つ宿命と、それでも生きていく人間の力を改めて意識させる。経年劣化の表現やそれぞれの素材の使い分けなど、その見事なこだわりと精緻な制作に注目だ。

展示風景より、東京ビルドの作品

 「この国のかたち」と語るほど、ゴジラを普遍的なテーマを持つモチーフととらえる小谷元彦。あえて人に近い姿をしたゴジラを、米兵と日本兵が融合した兵士と対峙させた。美しくも恐怖心を起こす造形に、怪獣と人間の戦いと、人間同士の戦い=戦争を重ねる。

展示風景より、小谷元彦《the One ―呉爾羅(仮設のモニュメント6)》 TM & © TOHO CO., LTD. © Motohiko ODANI

第4章「我々は、何を見ているのか」

 映画を超えて広く認知されながら、それが何かを誰しもがひと言で言明できない存在であるゴジラ。芸術もまた、個々の経験と記憶により、多様な解釈の可能性を持つ。作品を「見る」ことは、たんなる視覚的経験に限らない、視覚を超えた、直感も含んでいるといえるだろう。

 1954年の『ゴジラ』に登場するゴジラの視点を手がかりに、戦後から現代にいたる都市像について問いかける佐藤朋子の映像インスタレーションは、「考える・想像する」ことから作品にアプローチする契機をくれるだろう。それは、会場内に点在する青柳菜摘のデジタル作品とも呼応する。

展示風景より、佐藤朋子《オバケ東京のためのインデックス序章》 TM & © TOHO CO., LTD.
展示風景より、壁の電飾文字は青柳菜摘の作品

「GODZILLA THE ART by PARCO」

 「GODZILLA THE ART」のプロジェクトは、2023年から約2年間、渋谷PARCOで4回にわたり開催された連続企画が先行する。最後にこの4回の展覧会で発表された作品の一部が紹介される。

 コイン・パーキング・デリバリー、佃弘樹、大平龍一、中村哲也に俳優の浅野忠信まで、海外アーティストも含む豪華な参加アーティストたちの競演を楽しめる。ゴジラを社会問題としてとらえたもの、個人の記憶から解釈したもの、そのパワーに注目したもの、造形美に魅せられたものなど、多様なゴジラの側面をバラエティあふれる作品で感じられるはずだ。

展示風景より、「GODZILLA THE ART by PARCO」
展示風景より、「GODZILLA THE ART by PARCO」
展示風景より、左から中村哲也《TZ King Ghidorah 2024》、《TZ Godzilla 2024》 TM & © TOHO CO., LTD. © Tetsuya Nakamura Courtesy of NANZUKA

 本展のゼネラルプロデューサー・養老孟司は、「社会の空気」としてゴジラを受け止めていたという。ゴジラを災害の、そして災害がもたらした歴史や文化、歴史的に日本にある空気の象徴とする養老は、ゴジラにかかわった表現者たちそれぞれの「概念」としての「“the” ゴジラ」に注目する。

展示風景より、シアター

 ゴジラが現代にもたらす破壊とその意味。アーティストたちもその作品を見る者も、それぞれが抱くゴジラへの愛はもちろん、戦争、災害、個人主義の横行と不穏な世界状況にあって、再生の希望とともに改めてゴジラの持つ無言のメッセージを考えたい展覧会だ。

展示風景より、シアター