2024.9.13

「LOVE ファッション 私を着がえるとき」展(京都国立近代美術館)開幕レポート。装いに見られる人間の愛と欲望

京都国立近代美術館で「LOVE ファッション 私を着がえるとき」展が開幕。18世紀から現代までの衣装と現代美術の作品を通じ、装いがもたらすアイデンティティの変容や他者とのつながりを紐解いていく。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より
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 京都国立近代美術館と京都服飾文化研究財団(KCI)が1980年からほぼ5年に1度開催してきた、ファッションをテーマとした展覧会シリーズ。その9回目のコラボレーションとなる「LOVE ファッション 私を着がえるとき」展がスタートした。

 本展は、KCIの豊富なコレクションから各時代の流行やその時代を象徴する衣装約100点や、帽子、靴などのアクセサリー約20点を「LOVE」(=「着ることの愛」)というテーマで紹介するもの。衣装のほかには、AKI INOMATAヴォルフガング・ティルマンス小谷元彦、笠原恵実子、澤田知子、シルヴィ・フルーリー、原田裕規、松川朋奈、横山奈美といった9名の現代アーティストによる約40点の現代美術作品も並ぶ。

 企画者のひとりである牧口千夏(京都国立近代美術館主任研究員)は、「本展では、見る・見られるという冷たい視点ではなく、私たち自身が服とどのような気持ちで接しているか、服をつくるデザイナーの情熱や願望といった内なる情熱にフォーカスしている」とし、タイトルの「LOVE」について次のように述べている。

 「『LOVE』という言葉には、愛情や欲望、情熱、さらには葛藤や矛盾など、ポジティブとネガティブの両方の感情が含まれている。『LOVE ファッション』というタイトルには、私たちのファッションを愛する気持ちと、皆さんにもファッションを愛してほしいという思いを込めている」。

展示風景より、横山奈美《LOVE》(2018)

 会場は5章構成。入口では、横山奈美の「ネオン」シリーズから《LOVE》(2018)と題された作品が展示されている。横山が手書きで書いた文字をもと、ネオン業者にネオンをつくってもらう。完成したネオンを参照しながら、横山が再び絵画として描くという複雑なプロセスを経てつくられる作品だ。

 本展の開幕にあたり、横山は同作について次のように話している。「文字には書いた人の個性が宿っていると思う。言葉も体を持つような存在であり、そのかたちや背景がその言葉を支えているように感じる。私の手で描いた文字は、私の身体から生まれたもので、その文字がネオンとなり、再び私が描くことで自画像になるのではないかと考えている」。

第1章「自然にかえりたい」の展示風景より、花柄を刺繍や織り、プリントなど多様な技法で表現した衣装作品
第1章「自然にかえりたい」の展示風景より、18世紀の男性用ウエストコート

 第1章「自然にかえりたい」では、植物モチーフや毛皮、鳥の羽など、自然界の素材を使用した衣装作品が紹介。様々な時代の花柄を、刺繍や織り、プリントといった多様な技法で表現した作品や、18世紀の男性用ウエストコート、そして、本物の鳥の羽や毛皮とエコファーや人工の人毛をそれぞれ使った、自然素材への欲求と動物愛護のバランスが時代とともに変化している様子がうかがえる多彩な衣装を見ることができる。

第1章「自然にかえりたい」の展示風景より、本物の鳥の羽や毛皮とエコファーや人工の人毛をそれぞれ使った衣装
第1章「自然にかえりたい」の展示風景より

 同章では、小谷元彦が女性の毛髪を集めて三つ編みにしたドレス《ダブル・エッジド・オブ・ソウト》(1997)も展示。作品に使われている本物の人間の髪の毛は、身体から切り離されると、不快なものや廃棄物として扱われるいっぽうで、髪を編み込む行為は、思いを込めることにつながるとも考えられている。

 第2章「きれいになりたい」では、コルセットや膨らんだ袖のドレスなど、各時代の理想的なシルエットを追求した衣装が展示され、それぞれの時代の美しいとされるフォルムを自身の身体に重ね合わせるという欲求を反映している。これらの衣装とあわせて、スイスのアーティスト、シルヴィー・フルーリーのインスタレーション《No Man’s Time》と《フィッティング・ルーム》(いずれも2023)も紹介されており、ファッションや消費社会、そして「私をきれいにしたい」という欲望との関係を探求している。

第2章「きれいになりたい」の展示風景より、各時代の理想的なシルエットを追求した衣装の展示
第2章「きれいになりたい」の展示風景より

 第2章「きれいになりたい」と第3章「ありのままでいたい」のあいだに展示されているのは、澤田知子が400種類の変装した証明写真を並べた作品《ID400》(1998)だ。澤田は同作で、服だけでなく、メイクや髪型、表情までも変えて、様々なアイデンティティや社会的属性を探求。この作品は、「私じゃない私になりたい」という気持ちと、「ありのままの自分でいたい」という両方の感情を体現し、ふたつの章に深く関わる内容となっている。

展示風景より、澤田知子《ID400》(1998)

 続く第3章「ありのままでいたい」は、「きれいになりたい」とは異なる欲望として、自分自身を肯定し、認めてもらいたいという願いを反映したセクション。例えば、1990年代に下着を表に出すスタイルを打ち出したグッチやプラダの衣服、ありのままでいながらも個性を表現するデザインをつくり出したヘルムート・ラングの作品などを楽しむことができる。

第3章「ありのままでいたい」の展示風景より
第3章「ありのままでいたい」の展示風景より

 同章では、ヴォルフガング・ティルマンスの写真インスタレーション《Kyoto Installation 1988-1999》(2000)も紹介。1999年に同館がKCIとコラボレーションした展覧会「身体の夢」にも出展され、後に同館のコレクションになったこの作品では、80年代から90年代にかけての若者文化やゲイカルチャー、クラブカルチャーなど、当時のアイデンティティや身体に対する不安が表現されており、「ありのままでいたい」というテーマに深く共鳴している。

第3章「ありのままでいたい」の展示風景より、ヴォルフガング・ティルマンス《Kyoto Installation 1988-1999》(2000)

 また、この章では「私を巡る問い」として、松川朋奈の絵画作品も展示されている。これらの作品は、松川が様々な女性へのインタビューに基づいて描いたもの。そのなかで写真を撮ったり話を聞いたりしながら、彼女たちが現代社会で直面している問題や違和感を拾い上げ、それをモチーフとして作品に取り入れている。

第3章「ありのままでいたい」の展示風景より、松川朋奈の絵画作品

 第4章「自由になりたい」は、コム デ ギャルソン(川久保玲)の衣装とヴァージニア・ウルフの小説『オルランド』によって構成。ウルフの『オルランド』は、川久保が2020年春夏コレクションで発表した衣装のモチーフでもあり、初めに男性服、次に女性服のコレクションが発表された。そして、その3作目としては、ウィーン国立歌劇場で2019年に初演されたオペラ『オーランド』のために川久保がデザインした舞台衣装だ。このオペラの内容を抜粋した映像は会場でも紹介されている。

第4章「自由になりたい」の展示風景より、コム デ ギャルソン 2020年春夏コレクション

 第5章のテーマは「我を忘れたい」で、非日常的な服が中心に紹介されている。例えば、蝶に変身するウォルトの1910年代のドレスや、胸元に唇をあしらったロエベのシュールなドレス、そして、コロナ禍の世界的なロックダウン中にバレンシアガがバーチャル世界で発表し、後に実物をつくり上げた鉄の鎧のような衣装などは、様々な変身のかたちで「我を忘れて別の人になる」というテーマを表現している。

第5章「我を忘れたい」の展示風景より
第5章「我を忘れたい」の展示風景より、ロエベ/ジョナサン・アンダーソンドレス(2022秋冬)
第5章「我を忘れたい」の展示風景より、バレンシアガ/デムナ・ヴァザリア鎧、靴(2021秋)

 同じ展示室では、AKI INOMATAがヤドカリのためにつくった透明な殻の作品も並ぶ。殻の上には、オランダ、ベルリン、ニューヨーク、東京、パリなど、様々な都市のモチーフが載せられており、ヤドカリにとって殻は衣服や住居のような存在とも言える。殻を変えることで、アイデンティティが変わったりまるで違う存在に見え、人間の国籍が変わったり立場が変わったりすることをも象徴している。

第5章「我を忘れたい」の展示風景より、AKI INOMATAの作品

 また、第5章は4階の展示室にも続く。ここでは、デザイナー・久保嘉男が不動明王、熊、日本の獅子舞をモチーフにした衣装や、TOMO KOIZUMI(小泉智貴)がデザインし、東京オリンピックの開会式で歌手のMISIAが着用したドレスなどが展示されている。

第5章「我を忘れたい」の展示風景より、久保嘉男の衣装作品
第5章「我を忘れたい」の展示風景より、小泉智貴がデザインしたドレス

 同章の最後を飾るのは、原田裕規の映像作品シリーズ「シャドーイング」(2024)だ。同作は、TERRADA ART AWARD 2023でも展示した同シリーズより、本展のために制作した新作2点と旧作1点を織り交ぜたもの。CGで生成した、日系アメリカ人をモデルとした「デジタルヒューマン」が「ハワイ・ピジン英語」を操って物語を語り、原田はその声をシャドーイング(復唱)することで「声の重なり」をつくりながら、自身の表情をデジタルヒューマンにトラッキング(同期)させることで「感情の重なり」を表現している。牧口は、「この作品は、自画像から始まり、最終的に『私』に戻るという展覧会の締めくくりとしてふさわしい作品だ」と話す。

第5章「我を忘れたい」の展示風景より、原田裕規「シャドーイング」シリーズ(2024)

 人間の根源的な欲望や本能とも言える衣装。各時代の様々な衣装作品と現代美術を通じて、ファッションと自己表現、自分自身と他者との関係などについて考えてみてはいかがだろうか。