2025.10.30

渋谷パルコで「P.O.N.D. 2025」が開催中。アーティストらが生み出す重層的で豊かなグルーヴに注目

渋谷PARCOを舞台に、多彩なアーティストが集結するアート&カルチャーイベント「P.O.N.D.」の第6回がスタートした。テーマは「Swing Beyond / 揺らぎごと、超えていく。」。11月10日まで開催中のこのイベントをレポートする。

文・撮影=中島良平

渋谷PARCO1階外の通路にもヴィジュアルを展開
前へ
次へ

 アート、音楽、ファッションなど、様々な表現が行き交う渋谷PARCO。4階のPARCO MUSEUM TOKYOをメイン会場とし、1階エントランスや4階共用スペースなどにも展示が広がる意欲的なアート&カルチャーイベント「P.O.N.D. 2025」では、アートディレクターをおおつきしゅうと、空間ディレクターを髙橋義明が務め、18組のアーティストが参加している。「Swing Beyond / 揺らぎごと、超えていく。」というテーマには、変化の激しい時代において、状況に流されず、自分なりの「スイング」をもって軽やかに進んでいく感覚を共有し、多様なリズムやまなざしが重なり合う空間を生み出す意図が込められている。

渋谷PARCOの1階正面エントランスに設置されたのは、宇留野圭《22の部屋》。アクリル製の部屋がファン付きパイプオルガンでつながれ、構造体から音を発するインスタレーション作品
PARCO MUSEUM TOKYOエントランス
展示風景より

 メイン会場に入ると、右手壁面には井澤茉莉絵による大きなペインティング作品《巨人の身じろぎ》が展示されている。作家は、「キャンバスを、水族館の水槽のような制限のある『環境』とみなし、その中でモチーフとなる生き物たちが育っていくようなイメージで描いています」とキャプションに寄せている。アクリル絵具のライトな質感により、巨人でありながら軽快な空気をまとう様子が伝わってくる。

展示風景より、井澤茉梨絵《巨人の身じろぎ》

 隣に見えるのは、みずかみしゅうとの彫刻作品《スズメのタマゴのための巣》。「じいちゃんちで草刈りをしてたら/タマゴを拾った」ことに由来するこの作品。おそらく、タマゴは巣から落ちたのだろう。みずかみは新しい巣と兄弟をつくることにしたのだという。東京藝術大学美術研究科彫刻専攻に在籍中のみずかみは、彫刻を中心に映像やインスタレーションなど手法を問わずに作品制作を行っており、パリで見かけた3匹のチワワに着想した作品など、ストーリーを込めた表現を行っている。

展示風景より、みずかみしゅうと《スズメのタマゴのための巣》

 ベトナムから参加したドゥアン・ジア・ヒエウが手がけたのは、日々の営みを撮影した写真を布にプリントした作品。ステンレスパイプのハンガーラックや照明を組み合わせ、自身の身近な日常を表現した状況に被写体の日常を展示する、メタな表現をインスタレーションに実現した。

展示風景より、ドゥアン・ジア・ヒエウ《ドレス・ライク・ヴィエット》

 何梓羽(He Ziyu)の《リアリストの占い》は、再利用工業製品などを組み合わせた体験型作品。AI占いを出発点に、『易経』の六十四卦を参照し、赤と青のボールの組み合わせで64通りの「答え」を鑑賞者が得ることができる。

展示風景より、何梓羽《リアリストの占い》
ハンドルを回転させ、いわばおみくじを引くようにして占いを体験できる

 かつて谷であり、現在も地下には川が流れる渋谷という町の背景に着目した髙橋穣。暗渠から汲みあげた水をガラスの装置に入れ、一滴ずつ落ちる水にレーザー光を当てることで、光を通して浮かび上がる水の景色を壁面に投影する《ドロップ #3》を手がけた。都市に潜む時間、あるいは都市の構造そのものが持つ記憶をゆっくりと移ろう光の映像が追体験させる作品だ。

展示風景より、髙橋穣《ドロップ #3》

 髙橋穣の《ドロップ #3》と同じように、木のパネルで組んだ装置で作品を発表しているのがmasao。「伝達するイメージ」から「消失するイメージ」への反転をテーマに、FRPで作家が自身の顔をモチーフに手がけた立体物を装置の内部で見て、ストロボ光によってその外側に像を浮かび上がらせる。作品タイトル《(  ) face》の(  )には、脳が認識を捏造する際に用いる「補完の記号」の意味が込められている。

展示風景より、masao《(  ) face》

 作曲家で楽器発明家、音楽機械の制作者でもあるジョージア出身のコカ・ニコラゼは、1台のカメラで1週間にわたって撮影した映像と、あわせて録音された音を映像編集のリズムに合わせて再構築したマルチメディア作品《ピープル, 9:48, 2024》を発表。ただ人々が「The quick brown fox jumps over the lazy dog.」を歌い、それがミニマルなビートとなってモニターの表情の動きと結びつく。意味性を排除した作品だからだろうか。その音と映像が鑑賞者を釘付けにする。

展示風景より、コカ・ニコラゼ《ピープル, 9:48, 2024》

 スタジオ勤務を経て写真家として活動を続ける黒沢鑑人は、「自分自身の写真を意図的に汚したり傷つけたりする衝動」を起点に生み出された「Self」シリーズを展示している。平面作品である自らの写真を解体し、それを立体的に再構築することで見えてくるものとは。感情の揺らぎや重なり、内面の複雑さがその立体的なセルフポートレートに立ち現れてくる。

展示風景より、黒沢鑑人《Self》

 Toniiによる《8/3-8/16 8/25 鏡の反対側》もまた、一種のセルフポートレートのような作品だ。「記憶をどう残すか」をテーマに、ハンガーを模ったレジン製の立体作品に、京都から神戸に移動した13日間で「取っておいたゴミ」を埋め込む。そして、8月25日には姿見を設置するために切り取った壁を空間に設け、自身の記憶を投影した。

展示風景より、Tonii《8/3-8/16 8/25 鏡の反対側》

 中国出身の張聴(ジャン・ティン)が発表したのは、油彩画とUVプリントを組み合わせた《モンキー・ジムナスティックス》と、アクリル絵画とTFT円形ディスプレイで構成する《キープ・ユア・マインド》。「サルの被り物をした人物が、競技場の鉄棒に両手でぶら下がる姿」の写真を目にした記憶から、AIを用いて類似のイメージを生成した作家は、その画像に「規律によって抑圧された人間」を読み取り、自身の作品へと展開した。

展示風景より、張聴の作品群

 韓国の陶芸家であるヤン・ホンジョは、絵画と陶芸作品のミクストメディアの作品《バナナとウサギ》を発表。靴をしばしばモチーフとするヤンは、「失われた靴たちがなりたいと願う、儚い憧れの対象」としてバナナを、「そんな靴たちを助ける存在」としてウサギの精霊を作品に表した。大学時代のつらい時期に心を慰めてくれたバナナのお菓子と、幼少期に大切にしていたペットのウサギから着想を得たというこの作品からは、記憶とファンタジーの融合を読み取ることができる。

展示風景より、ヤン・ホンジョ《バナナとウサギ》

 会場一番奥の空間で、間取り図を模したペインティングと、建物の屋内を映し出すCG映像とを組み合わせたインスタレーション作品《掘削かてい》を発表した菅野歩美は、「オルタナティブ・フォークロア」をテーマに制作を続ける現代美術作家だ。土地にまつわる物語や伝説、幽霊譚など「フォークロア」と呼ばれるものに対して、なぜ人々によってそれらが紡がれてきたのか、その背後の歴史や個人の感情を想像することで生まれる「オルタナティブ・フォークロア」を映像インスタレーションに表現している。作品のモチーフは、菅野の祖父が廃業した事務所。整理の過程で着想を得たという本作は、「むかしむかし」から始まる語りとともに事務所内を巡る映像を通して、モノの配置や間取りといった記憶の曖昧さや揺らぎを表現している。

展示風景より、菅野歩美《掘削かてい》

 PARCO MUSEUM TOKYOを出て4階アトリウムに向かうと、今枝祐人による《インワード・フェイシング・アウトワード》が展示されている。短歌や詩などの言語表現をもとにインスタレーション作品を制作する今枝は、都市の日常に溶け込む電光掲示板を用いて、自身の言葉や映像を街へと持ち出す行為をかたちにした。内なる言葉(Inword)を外部(Outward)に向けて解放し、社会との新たな接点を生み出す試みでもあると作者は説明する。

展示風景より、今枝祐人《インワード・フェイシング・アウトワード》

 手法を自在に組み合わせ、そこに自らの記憶や土地の情報、都市の背景などを表現した作品の数々が展示された「P.O.N.D. 2025」。作品それぞれのリズムを感じ、鑑賞者の内側でそれらが結びつくことで、重層的で豊かなグルーヴが生み出されるに違いない。気鋭の表現者たちのポテンシャルを会場全体から感じ取ってみてはいかがだろうか。