2024.9.10

第35回世界文化賞にソフィ・カル、坂茂ら決まる

世界の優れた芸術家に贈られる「高松宮殿下記念世界文化賞」。その第35回受賞者が発表された。

ソフィ・カル パリのアトリエにて 2024年5月
Photo: Shun Kambe © The Japan Art Association
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 1988年に設立され、世界の優れた芸術家に贈られる「高松宮殿下記念世界文化賞」。その第35回受賞者が発表された。

 同賞は、1887年に設立された公益財団法人日本美術協会の設立100年を記念し、前総裁・高松宮殿下の「世界の文化芸術の普及向上に広く寄与したい」という遺志を継いで創設されたもの。毎年、世界の芸術家を対象に絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像の5部門において受賞者が選ばれ、それぞれに感謝状、メダル、賞金1500万円が贈られる。

 これまで高松宮殿下記念世界文化賞では35ヶ国180名の受賞者が選ばれており、オラファー・エリアソンアイ・ウェイウェイ、妹島和世+西沢立衛/SANAAウィレム・デ・クーニングデイヴィッド・ホックニー李禹煥草間彌生杉本博司三宅一生アントニー・ゴームリージェームズ・タレルなどが名を連ねている。

 今年の受賞者は、ソフィ・カル(絵画部門)、ドリス・サルセド(彫刻部門)、坂茂(建築部門)、マリア・ジョアン・ピレシェ(音楽部門)、アン・リー(演劇・映像部門)の5名。加えて、今年で第26回となる若手芸術家奨励制度の対象団体も同時に発表され、コムニタス・サリハラ芸術センターが選ばれた。

 絵画部門を受賞したソフィ・カルは1953年フランス・パリ生まれ。フランスを代表するコンセプチュアル・アーティストのひとりだ。他者へのインタビューを通して詩的な要素を含む話を探求し、写真と文字を組み合わせた作品を発表してきた。人生や日常の空間をアートに昇華させる斬新な作風は、世界中で注目され、2012年にはフランス芸術文化勲章コマンドールを受章した。

ソフィ・カル
©Yves Géant

 代表作のひとつ《ヴェネツィア組曲》(1980)は、パリの街中で出会った人をヴェネツィアまで尾行し、その行動を撮影したもの。1986年には目が見えない人々に「美しいと思うもの」を尋ねる《盲目の人々》を発表。また日本滞在の経験をもとに、失恋による痛みを写真や言葉で表現した《限局性激痛》(1999-2000)は、2019年に原美術館で展示されたことで記憶に新しい。25年には三菱一号館美術館で「再開館記念『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」を開催予定だ。

ソフィ・カル どうしてあの子だけ? 2018
© Sophie Calle / Courtesy of Gallery Koyanagi
Photo: Keizo Kioku
ソフィ・カル《眺めのいい部屋》(2003年、ギャラリー小柳での展示風景
© Sophie Calle / Courtesy of Gallery Koyanagi

 彫刻部門のドリス・サルセドは1958年コロンビア・ボゴダ生まれ。いまも同地を拠点に活動。力、喪失、記憶、痛みをテーマに、そのメタファーとして椅子など木製家具や衣類、花びらといった身近な素材を再利用・再構築しながら表現している。

《フラグメントス(断片)》(2018)、武器を溶かした金属のタイル床を歩くサルセド、2024年5月ボゴタ
©The Japan Art Association / The Sankei Shimbun

 すべての作品は暴力の被害者をモチーフにしており、自身の作品について「第一に、力が簡単に忘れ去られないように暴力の証人となること。第二に、作品を通して被害者の苦しみへの共感を示すこと。第三に、世界で起きていることを批判的に分析・思考する言葉でありたい」と語っている。ロンドンのテート・モダンから委嘱を受け、タービンホールの床に亀裂を創出し、植民地から連れてこられた奴隷や人種差別といった問題を表現しシギンスタレーション《シボレス》(2007)でその名を世界に知らしめた。2014年にはヒロシマ賞を受賞している。現在は、ウクライナ、ガザ、シリアのような場所で目撃される「被害者を苦しめ、強制的に移住させることを目的とした、故意による家の破壊」を扱う、人間の髪の毛を使った作品を制作中だという。

プレガリア・ムーダ(沈黙の祈り)2008-10
ポルトガル・リスボンのCAMでの展示(2011-12)
Photo: Patrizia Tocci
Courtesy of Doris Salcedo Studio
ア・フロール・デ・ピエル 2012 バラの花びらと糸
バーゼル・バイエラー財団美術館の展示風景(2023)
Photo: Mark Niedermann
Courtesy of Doris Salcedo Studio

 建築部門の坂茂は1957年東京生まれ。「紙管」を使った革新的なデザインで建築の世界で新たな地平を切り拓いた、日本を代表する建築家のひとりだ。紙管建築は1995年のルワンダの難民シェルターや阪神・淡路大震災の仮設住宅などで使用。95年にはNGO「ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)」も立ち上げ、世界各地で被災地支援活動を継続的に行うなど、「行動する建築家」として高い評価を得ている。2014年には「建築界のノーベル賞」と呼ばれるプリツカー賞を受賞。ミュージアム建築としては、ポンピドゥー・センター メス大分県立美術館下瀬美術館豊田市博物館などを手がけている。

坂茂「ポンピドゥー・センター メス」の前で(2024年5月)
Photo: Shun Kambe © The Japan Art Association

 建築部門選考委員の三宅理一は、坂について「これまでの建築部門受賞者のなかでも非常にユニークな考え方を持つ」とコメント。イノベーティブなアイデアと社会奉仕という2つの側面を持つ稀有な存在として、高く評価している。

 坂茂は受賞者発表記者会見において、自身が尊敬する小澤征爾、三宅一生、フライ・オットーの3人が世界文化賞受賞者であることに言及し、「そんな賞が自分がいただけたことが信じられない。ライフワークである災害支援を通じて、特権階級のための仕事ではなく、世界のための活動を続けていきたい」と語った。

坂茂(右から2人目) 受賞者発表記者会見にて
ラ・セーヌ・ミュジカル(2017)
Photo: Shun Kambe © The Japan Art Association
下瀬美術館(2023)
Photo: Hiroyuki Hirai Courtesy of Shigeru Ban Architects

 音楽部門の受賞者であるマリア・ジョアン・ピレシュは、現代を代表するピアニストのひとり。1970年にベートーヴェン生誕200周年記念コンクールで優勝。86年にはロンドンのクイーン・エリザベス・ホール、89年にニューヨークのカーネギー・ホールでリサイタル・デビューを果たし、国際的なキャリアをスタートさせた。1999年には、農村出身の子供たちのための合唱団、実験的なコンサート、プロ・アマを問わないアーティストのためのワークショップを展開するベルガイシュ芸術センターをポルトガル東部に設立している。

ポルトガル・ポルトでの演奏会(2024年5月)
© Miguel Ângelo Pereira - Fundação Casa da Música

 また演劇・映像部門の受賞者であるアン・リーは、アメリカ中心に活動する台湾生まれの映画監督。洋の東西を問わず、時代の奔流と向き合う人間を描く芸術性と、多くの観客を引きつける娯楽性を両立させた作品を生み出し、世界的な名声を得ている。男性同士の「愛」を描いた『ブロークバック・マウンテン』(2005)でアカデミー賞監督賞を初受賞。この作品と、日本軍占領下の上海を舞台にしたスパイ映画『ラスト、コーション』(2007)でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を2度にわたり受賞した。

ニューヨークの事務所にて(2024年5月)
©The Japan Art Association / The Sankei Shimbun
ブロークバック・マウンテン(2005)
Photo: Kimberly French/Focus Features
Courtesy of River Road Entertainment
Courtesy of Universal Studios Licensing, LLC

 若手芸術家奨励制度の対象団体に選ばれたコムニタス・サリハラ芸術センターは、軍事政権下の1995年に誕生した組織を母体としたもので、2008年にジャカルタにインドネシア初の民間複合文化施設として設立。思想と芸術の自由を守る芸術活動を推進しており、多様性を尊重した芸術的資源、知的資源を育成する活動を展開している。ディレクターのニルワン・デワントは受賞に際し、「インドネシアの芸術における新たな才能を奨励するためのすべての取り組みが、国際社会において自由、民主主義、そして平和を育むという私たちの大きな使命の一環。これらの柱は政治的・経済的な実利主義、あらゆる原理主義、気候災害によっていまなお脅かされている」としつつ、この受賞が大きな意味を持つと喜びを語った。

サリハラ・ジャズ・バズ 2023年『荒地』
演奏者:サンディカラ・アンサンブル、ジェラール・シトゥモラン
Courtesy of Komunitas Salihara Arts Center

 なお11月19日には、東京・元赤坂の明治記念館で授賞式典が開催される。