2026.2.28

「飯川雄大 大事なことは何かを見つけたとき」(水戸芸術館現代美術ギャラリー)開幕レポート。社会が求める「見世物」への回答

水戸芸術館現代美術ギャラリーで、認識のゆらぎや不確かさを主題とするアーティスト・飯川雄大の個展「飯川雄大 大事なことは何かを見つけたとき」が開幕した。会期は5月6日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(編集部)

飯川雄大《デコレータークラブ─ピンクの猫の小林さん》(2026)。展示室の空間を限界まで使っており、その全容がとらえきれない
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 茨木県水戸市の水戸芸術館現代美術ギャラリーで、認識のゆらぎや不確かさを主題とするアーティスト・飯川雄大の個展「飯川雄大 大事なことは何かを見つけたとき」が開幕した。会期は5月6日まで。担当は同館学芸員の畑井恵。

 飯川雄大は1981年兵庫県生まれ。2007年より「デコレータークラブ」シリーズを展開し、公共空間や展示の仕組みに着目しながら、観客の身体感覚や想像力、場の偶発性によって変容する作品を制作してきた。本展は飯川の美術館個展としては最大規模のものとなる。

《デコレータークラブ─0人もしくは1人以上の観客に向けて》(2026)の部分。サッカーを嗜む飯川が指導者から言われた「スペースをつくれ、スペースを使え」という言葉が紐によって記されている

 本展は飯川にとってのライフワークとなっている「デコレータークラブ」シリーズを中心に展示している。なお、飯川はつねに会場で観客が作品と対峙したときの驚きや「間」を重視する。本稿についても、可能な限り「会場で発見されるもの」を明かさずにレポートしていきたい。

観客のアクションにより展覧会が完成する

 まず、会場の入り口には濃紺に塗られた壁のような木製の構造物とリュックサックが置かれている。ひと目見ると壁面のようであるが、これはれっきとした会場の入り口だ。観客はこの入り口をどうにかして開き、その驚きとともに会場へと入ることになる。ここからすでに飯川の作品《デコレータークラブ─配置・調整・周遊》(2026)が始まっている。

「飯川雄大 大事なことは何かを見つけたとき」の壁面のような会場入り口。《デコレータークラブ─配置・調整・周遊》(2026)の一部

 展示室に入っても、木製の構造物がその空間の大半を支配しており、強い圧迫感がある。その片隅にスポーツバッグがまるで誰かの忘れ物のようにさり気なく置かれているが、これも飯川の作品だ。タイトルを記すと実地での体験性が削がれてしまうのでここでは書かないが、誰かの忘れ物かもしれないので監視員に届け出てみるのもいいだろう。

展示風景より、《デコレータークラブ─配置・調整・周遊》(2026)とスポーツバッグを使用した作品

 この先の展示室にも、《デコレータークラブ─配置・調整・周遊》に対してなんらかのアクションをすることで進むになるが、それは展示室の空間に混乱をもたらす経験でもあり、来場者はその困惑を楽しみながら受け入れることになるだろう。飯川は「過去に本館を訪れたことがあり、展示室の構造を記憶している人ほど混乱するかもしれない」と語る。既存の空間の認識が巨大な作品によってずらされる体験がもたらされる。

展示風景より、《デコレータークラブ─配置・調整・周遊》(2026)

 《デコレータークラブ─配置・調整・周遊》に対してアクションを繰り返していくと、複数の作品が並んだ展示室にたどり着く。ここには数点のドローイングとともに、スポーツバッグが乗ったキャリーカートがいくつか置かれている。このキャリーカートは作品《デコレータークラブ─0人もしくは1人以上の観客に向けて》(2026)で、観客は本作を、本展と会期が重なっている飯川の個展「デコレータークラブ: 重いバッグの中身」(4月4日〜5月23日、KOTARO NUKAGA、東京・天王洲)や、αM2025–2026企画「立ち止まり振り返る、そして前を向く」(4月11日〜6月13日、gallery αM、東京・市ヶ谷)の会場へ運搬することができる。

《デコレータークラブ─0人もしくは1人以上の観客に向けて》(2026)のキャリーカート。奥はドローイング群

 かさばる重くて大きな荷物を運んで展覧会をはしごするその労力そのものが本作の主題といえ、他者に足を運んでもらい「観客」となってもらわなければ成立しない展覧会で、アーティストはどのような対価を与えられるのか、という飯川の問いが表れている。なお、本展会場にも、他会場から運んできた本作を置く場所が用意されている。

 また、この展示室のドローイングには、本館の周囲で飯川が仕掛けた作品の概要を示唆するものもある。詳細は明かすことができないが、それを頼りに館外を探索してみるのもいいだろう。

《デコレータークラブ─0人もしくは1人以上の観客に向けて》(2026)について解説する飯川雄大

見世物を求める社会を考える

 隣接する展示室では、飯川のアイコンとでもいうべき、ピンクの巨大な「猫の小林さん」が、展示室からはみ出さんばかりに展示されている。本作《デコレータークラブ─ピンクの猫の小林さん》(2026)は、まさに写真を撮影しSNSでシェアしたくなるようなキャラクター性があるが、しかし大きな山型の展示物に半分が隠れていて全容が見渡せないうえ、その巨大さゆえにカメラの画角にすべてを収めることが難しい。これも飯川が意図したところで、対象を見るという行為が、スマートフォンのカメラで撮影しシェアすることと等価になっている現在において、作品がそれを阻害し切り離すことができるのか、という実験でもある。

《デコレータークラブ─ピンクの猫の小林さん》(2026)。床に近い位置までカメラの広角レンズを下げなければすべてを収められず、また大きな山型の造形物により全貌は隠れてしまう

 さらに、展示室内のいたるところに、回せるハンドルとウィンチ、滑車、ロープがある。来場者は本作《デコレータークラブ─0人もしくは1人以上の観客に向けて》(2026)のハンドルを自由に回すことができるが、何が動いているのかは展示室では確認できず、ただロープが巻き取られていることがその作動を確認させる。動作しているものはほかの展示室にあるかもしれないし、あるいは館外にあるかもしれない。遠くにあるその現場を目撃する「0人もしくは1人以上の観客」の存在について考えるとき、作品を「見る」ということが巧みにずらされていることに気がつく。

《デコレータークラブ─0人もしくは1人以上の観客に向けて》(2026)。中央の大型ハンドルのほか、壁面パネルにも観客が回すことができるハンドルが設置されている

 また《デコレータークラブ─プリングタイム》(2026)は、天井から吊り下げられたロープをどこまでも引き出せる作品だ。それなりの重さのあるロープは、どこまでも引っ張り続けることができ、足元には大量のロープが山のように溜まっていく。掃除機のコードのようにいずれは終わりが来るだろうという予想は延々と裏切られ続け、この事前の見立てが通用しないということに作品の根幹があることがわかる。

どこまでもロープを引き出すことができる《デコレータークラブ─プリングタイム》(2026)。奥は《デコレータークラブ─配置・調整・周遊》(2026)の一部

 飯川の作品シリーズ名「デコレータークラブ」とは、毛を使って海藻や貝殻などを外殻に付着させ、周囲の環境に擬態するカニのことだ。擬態された「作品」を発見したときの驚きや喜びそのものが本シリーズでは焦点になっているが、同時にそこでは観客の期待値は巧みにコントロールされている。成功したアクションをほかの場所で試す。擬態した作品と類似したものを展示室で探す。こうした仕掛けがいたるところに張り巡らされている。

 飯川はかつてアーケードゲームの開発に携わっており、このときにプレイヤーが新たなコインを投入する契機をいかにつくり出すかを追求した経験が、アーティストとしての活動にも生きていると語る。本展は、観客が自身の行為を通して楽しめるエンターテイメントとしての側面がある。しかし同時に、すべてを「見世物」にしようとする、あるいは「見世物」を見つけ出そうとする、現代の視覚と行為の狂乱を雄弁に語るものにもなっている。

水戸芸術館の外観、《デコレータークラブ─配置・調整・周遊》(2026)の一部と思われるぶら下がったバッグ