MISATO ANDOが巡る、コシノヒロコのなかに広がる「ジャングル」の正体

東京都現代美術館でコシノヒロコの創作の全貌を紹介する大規模個展「(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO ―新説/真説 コシノヒロコ―」が開催されている。そんな本展を、BiSHとしての音楽活動を経て、ドローイング、絵画、版画、立体など幅広い表現方法で制作を行うアーティスト・MISATO ANDOが訪れた。

取材・文=肥高茉実 撮影=稲葉真

コシノヒロコのコレクションとMISATO ANDO
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「失敗」の先にある可能性

 戦後日本のファッション史を切り拓いてきたデザイナー、コシノヒロコ。東京都現代美術館で開催中の大規模展覧会「(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO ―新説/真説 コシノヒロコ―」で提示されているのは、既存のイメージだけでは捉えきれない、ひとりの表現者の姿である。衣装や絵画、テキスタイル、空間演出、そして若手作家や子供たちとの共創。服を起点に多様な領域を横断してきたコシノの創作が、会場全体に立ち上がる。

 本展をともに巡るのは、6人組のパンクバンド・BiSH としての音楽活動を経て、現在はアーティストとしてドローイング、絵画、版画、立体など幅広い制作を行うMISATO ANDOだ 。実家が洋裁店だったコシノと同様、ANDOもまた呉服屋を営む家庭で育ち、幼い頃から着物の端切れに触れてきた。母にぬいぐるみなどをつくってもらった記憶や、地元の自然、虫といった身近な存在から想像を広げてきたANDO。「コシノさんの作品に繰り返し現れる動物や、自然の流れを思わせる豊かな模様にも、どこか親しみを感じます」と語る。

本展の導入となるチャプター0で、作品を鑑賞するMISATO ANDO

 会場に入るとすぐ、金色で描かれた絵画と衣装が来場者を迎える。アクリル絵具やパステルに、和紙やテキスタイルを重ねた複雑な画面には、山景を思わせるモチーフも現れる。琳派の装飾性を現代の感覚で引き寄せるような表現でありながら、服地の柄や西洋的な色彩も軽やかに混ざり合う。コシノが多用する金や赤には、幼少期から親しんだ歌舞伎の記憶も反映されているという。日本的な要素を参照しながら、そこに古今東西のイメージを取り込んでいく表現からは、国内外で活動を続けてきたコシノならではの視野が見えてくる。

会場で作品を解説するコシノヒロコ

 コシノの絵画は、あらかじめ完成図を定めて描かれるものではない。「下描きはしません」と語るように、描き進めるうちに当初のイメージは変化していく。水分を含んだ絵具の下から別の色が現れ、予想外のにじみや痕跡が次の手がかりになる。うまくいかないと感じた画面も捨てず、時間を置いてまた描きはじめることがあるという。 

 「失敗したからといって、そのまま捨てることはしない。失敗から最高に面白いものができるときもあるから、全部捨てないです」。その姿勢に、ANDOは強く惹かれた。「自身は失敗だと感じた作品を勢いよく手放してしまうこともあるからこそ、時間をおいて作品に向き合い直し、新たな可能性を見つけるコシノさんの姿勢が印象に残りました」。以前に描いて処分した絵も、いま見返せば違うものとして受け取れたかもしれない。制作中には見えなかったものが、後から姿を現すこともある。「その可能性を大切にしたい」とANDOは話した。

思考回路や実験の軌跡をたどる

 絵画と同様に、膨大なコレクションピースで埋め尽くされる空間も本展の見どころだ。立体裁断によってかたちづくられた衣装には、布を身体に沿わせることで生まれる膨らみやひだによって硬さと柔らかさが表現される。素材は視覚的な柄やテクスチャーとしてだけでなく、ショーの場で音を響かせ、空間にリズムを生むものとしても扱われてきた。服そのものをパフォーマンスの装置へと変える、コシノらしい試みである。

チャプター1「原体験と想像力─コシノヒロコの世界」では、ドレス、日本画、ペインティング、歌舞伎の舞台幕、タペストリーなどコシノが手がけてきた多様な作品群が一堂に会する
チャプター4「テキスタイルへの情熱─創作の核心」では、コレクションに触れることができる

 コシノの作品に実際に触れられる展示室もある。触れてみると、繊細に見えた生地が意外にやわらかかったり、強い弾力を持っていたりすることがわかる。視覚だけでは捉えきれない情報が、手触りから立ち上がるのだ。ANDOもコシノの作品に触れ、「ただ眺めているだけではわからない意外な感触や、素材ごとのこだわりが伝わった」と振り返る。

 ANDO自身、近年は柿渋を用いてキャンバスを染めている。経年によって色が変化する素材を扱うなかで、布が時間を含むことに関心を寄せてきたという。そんなANDOはコシノの作品に触れ「キャンバスの布からもっと冒険してみたい」と、今後の制作への意気込みを口にした。布地も模様も、服を構成するすべての要素が思いがけない方向へ展開していく。素材に触れることは、表現の可能性に触れることでもある。

壁一面に展示された正方形のドローイング群

 ANDOがとりわけ印象に残ったと話すのは、3色という制約のもとで描かれた正方形のドローイング群。作品の配置は時系列ではなくランダムだというが、ANDOは「この絵の次にあの絵を描いたのかな」と、コシノの気分や思考回路、実験の道筋を想像しながら見ることに楽しさを見出した。ANDO自身もドローイングを描きながら次の表現を探っていくからこそ、個々の作品を完成形として眺めるのではなく、ひとつの絵から次の絵へとつながる制作の流れを追うように鑑賞したという。

アーティストのマティルド・ドゥニーズとのコラボレーション作品

 フランス・パリを拠点に活動するアーティスト、マティルド・ドゥニーズとのコラボレーションもまた、鑑賞者の想像力を喚起する作品だ。コシノが過去のコレクションで使用したテキスタイルと、コレクション作品をドゥニーズに送り、ドゥニーズからはそれを取り入れた立体作品が送り返される。そんな往復書簡のような手法から生まれた本シリーズを、ANDOは「空想上の生き物のための衣服にも見える」と話す。また、「どんな生き物が着るのかを妄想するのが楽しくて、一日中ここにいられる」と声を弾ませた。

コシノのなかに広がるジャングルを巡る

 展示を見終えたANDOが最初に口にしたのは、「こんなにもいっぱいの作品が見られるとは思っていなかった」という驚きだった。コシノが手がけてきた圧倒的な量のファッションと絵画に包まれながら感じたのは、アイデアをかたちにしていく速さと思考の移ろいである。キャンバスに走る線や重ねられた色彩、古今東西のインスピレーションが混じり合う実験的なスタイルには、思いついた瞬間に手を動かし、制作中の変化を受け入れながら未知の領域へ踏み込んでいく、コシノの衝動が刻まれている。

膨大な作品群のなかを巡りながら鑑賞するMISATO ANDO

 「まるで、コシノさんのなかにあるジャングルを巡らせてもらったみたいでした」とANDOは振り返る。色や柄、布、身体、自然、記憶が繁茂するようなコシノ独自の世界が広がる本展。整理された一本道を進むのではなく、作品同士の関係をたどり、ときに迷いながら、自分なりの接点を見つけていくことが醍醐味となるはずだ。

同館内にあるレストラン「100本のスプーン」では、本展とコラボレーションした特別メニューの「Hiroko's Dress-up Pudding」(税込1309円)が食べられる

 大人を子供の心に戻し、子供の好奇心に火をつける。コシノの作品には、固定化された見方をほどき、作品の前で自由に想像し、未知の妄想を促すようなひらかれた力がある。自分の道筋で会場を歩き、目を凝らし、作品に触れ、全身で作品の密度に身を委ねたとき、そのジャングルは、まだ見ぬ自分自身の想像力にもつながっていくだろう。