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2026.8.1

美術館、財団、工芸、建築から読む、ヴェネチアのアートスポット15選

ヴェネチアでアートを見ることは、展覧会を巡ることだけではない。運河に沿って建つ宮殿、交易が育んだ工芸文化、貴族たちのコレクション、そして現代美術を受けとめる財団や美術館──この水上都市には多層的な芸術と歴史が息づいている。本稿では、現代美術から古典絵画、工芸、建築までを横断する、ヴェネチアをより深く味わうための15の文化拠点を案内する。※8月2日24時まで、すべての方に全文お読みいただけます。

文=島田浩太朗

ヴェネチアの風景。下方のドーム型の建物はプンタ・デラ・ドガーナ(ピノー・コレクション) © Palazzo Grassi. Photo by Fulvio Orsenigo
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水の都をひらく15の扉

 ヴェネチアでアートを見ることは、展覧会を巡る行為にとどまらない。水の上に築かれた都市の構造、交易によって蓄積された素材と工芸、貴族たちのコレクション、近代以降の財団文化、そして都市の記憶を保存する美術館やアーカイブ。そのすべてが、街のなかで重なり合っている。

プラダ財団・ヴェネチアの建物内にある天井画 Photo by Delfino Sisto Legnani and Marco Cappelletti

 ヴェネチアのアートといえば、まず思い浮かぶのはヴェネチア・ビエンナーレだろう。ジャルディーニとアルセナーレを舞台に、世界各地の作家、キュレーター、批評家、美術関係者が集うこの国際展は、いまなお現代美術の重要な結節点であり続けている。とはいえ、この都市の魅力はビエンナーレ会場の外にも広がっている。むしろヴェネチアでは、美術館や財団の多くが、新築のホワイトキューブとは異なる成り立ちをもつ。宮殿、税関、修道院、教会、邸宅などが、現代の展示空間や文化施設へと転用されている。その転用の重なりこそ、ヴェネチアでアートを見る面白さである。

 ここで取り上げるのは、現代美術の現在形と、ヴェネチアに蓄積された美術史、工芸、建築、都市史、アーカイブを同時に見るための15の場所である。選定にあたっては、施設そのものの歴史性、建築的価値、コレクションの特色、そしてヴェネチアという都市との関係を重視した。また、これらは現代美術の財団とコレクション、ヴェネチア絵画と都市史、工芸・装飾・身体化された文化、水辺・環境と建築・都市の記憶という4つの視点から選んだ。古典絵画から現代美術、ガラス、テキスタイル、香り、海洋リサーチまで、複数の入り口からこの都市を読み解くためのガイドである。

カルロ・スカルパが改修を手がけたクエリーニ・スタンパリア財団の内部 Photo © Adriano Mura. Courtesy of Fondazione Querini Stampalia, Venezia

 掲載は、現代美術から古典、工芸、建築、都市史へと視点を広げていく流れになっている。開館時間、休館日、予約方法は展覧会や季節により変動するため、訪問前に各施設の公式サイトを確認してほしい。

1.ピノー・コレクション(Pinault Collection: Punta della Dogana / Palazzo Grassi)

現代美術がヴェネチアの水際に新たな広がりを与える

 ヴェネチアで現代美術を見るなら、まず押さえておきたいのがピノー・コレクションである。フランスの実業家フランソワ・ピノーが築いた現代美術コレクションを紹介する拠点として、ヴェネチアにはパラッツォ・グラッシとプンタ・デラ・ドガーナの2館がある。いずれも安藤忠雄による改修となり、歴史的建築を現代美術のスケールへと変換する場所だ。

パラッツォ・グラッシの外観 © Palazzo Grassi. Photo by Matteo de Fina

 パラッツォ・グラッシは、大運河に面した18世紀の宮殿を用いた展示施設。ヴェネチアの伝統的なパラッツォ建築の内部に、大規模な現代美術の個展やコレクション展が展開される。白い展示壁と歴史的装飾のあいだに生まれる緊張感は、作品を見る体験に独特の密度を与えている。

プンタ・デラ・ドガーナの外観 © Palazzo Grassi. Photo by Marco Cappelletti

 いっぽう、プンタ・デラ・ドガーナは、サンタ・マリア・デッラ・サルーテの隣、カナル・グランデとジュデッカ運河が交わる岬に位置する旧税関。煉瓦、木、コンクリート、光が交差する空間は、建築そのものが展示体験の一部となる。岬という立地も含め、ヴェネチアの水辺と現代美術がもっとも劇的に出会う場所のひとつだ。

住所:Palazzo Grassi, Campo San Samuele 3231 / Punta della Dogana, Dorsoduro 2
開館時間:展示期間中 10:00〜18:00
休館日:火
チケット:有料、オンライン予約可
公式サイト:https://www.pinaultcollection.com/palazzograssi/

2.プラダ財団・ヴェネチア(Fondazione Prada Venezia)

展示形式そのものを問い直す実験場

 プラダ財団のヴェネチアでの拠点は、サンタ・クローチェ地区にある旧貴族邸宅、カ・コルネル・デッラ・レジーナに置かれている。大運河に面したこのパラッツォは、1724〜28年にかけてドメニコ・ロッシによって建設された18世紀の建築である。建物名は、キプロス女王となったカテリーナ・コルナーロを輩出したコルナーロ家の記憶に由来する。

プラダ財団・ヴェネチアの外観 Photo by Marco Cappelletti

 ミラノの本拠地と同様、プラダ財団は現代美術、映像、哲学、建築、保存、展示史を横断する企画で知られる。ヴェネチアでは、歴史的な宮殿空間そのものを生かしながら、現代美術の展覧会やリサーチ性の高いプロジェクトを展開してきた。作品を並べるだけでなく、展示形式そのものを問い直す実験室として機能している点が特徴である。

プラダ財団・ヴェネチアの内部 Photo by Delfino Sisto Legnani and Marco Cappelletti

 これまでの企画では、視覚だけでなく聴覚や身体感覚にも働きかける新しい鑑賞のあり方が試みられた。パラッツォの階段、窓、装飾、光の入り方は、作品に対してたんなる背景ではなく、思考の条件として作用する。

住所:Ca’ Corner della Regina, Santa Croce 2215
開館時間:展覧会により異なる
休館日:展覧会により異なる
チケット:展覧会により異なる、公式サイトで要確認
公式サイト:https://www.fondazioneprada.org/?lang=en

3.パラッツォ・ディエド(Palazzo Diedo / Berggruen Arts & Culture)

東西を再接続し、現代の問いを受け止める

 パラッツォ・ディエドは、近年ヴェネチアに誕生した現代美術の拠点のひとつである。カンナレージョ地区に位置する18世紀のパラッツォを修復し、コレクターで慈善活動家のニコラス・ベルグエンが設立した非営利の文化財団、ベルグエン・アーツ&カルチャーの展示施設として2024年に一般公開された。同財団は、現代のアーティストの活動を支援するとともに、過去と現在、西洋と東洋、建築と現代美術のあいだに新たな対話を生み出すことを目指している。

パラッツォ・ディエドのエントランスで飾られているスターリング・ルビー《Lantern》(2024) Photo ©Alessandra Chemollo. Courtesy of Palazzo Diedo - Berggruen Arts & Culture

 開館記念展「ヤヌス(JANUS)」では、ウルス・フィッシャー、ピエロ・ゴリア、カールステン・ヘラー、イブラヒム・マハマ、森万里子、スターリング・ルビー、ジム・ショウ、杉本博司、タカノ綾、李禹煥、劉韡(リウ・ウェイ)らが参加。一時的な展示にとどまらず、建築と恒久設置作品を結びつけることで、パラッツォ・ディエドの性格を方向づけた。ヴェネチアの建築や工芸の記憶に応答する作品群は、パラッツォそのものを時間のレイヤーとして見せている。

「Strange Rules」展の展示風景より、マット・ドライハーストとホリー・ハーンドンがSUBとのコラボレーション作品《Attention Guild》(2026) Photo © Joan Porcel

 2026年に開催されている「ストレンジ・ルールズ(Strange Rules)」展は、AI、テクノロジー、生命科学、社会システムを横断するプロジェクトとして構想され、パラッツォ・ディエドを人文学と科学が交差する現代的な生産の場として位置づけるものだ。こうしたプログラムからも、この施設が過去の建築を保存するだけでなく、現代の問いを受け止める実験場であることがわかる。

 この施設の魅力は、古いパラッツォをたんに修復して展示会場にするのではなく、現代作家の介入を通じて、建築の歴史に新たな時間を刻み込むことで、現在進行形の創造の場へと変えている点にある。日本や東アジアの作家が開館時から重要な位置を占めている点も見逃せない。カ・ペーザロが19世紀末以降の日本美術の受容を考える場所だとすれば、パラッツォ・ディエドは21世紀のヴェネチアにおける東西の再接続を示す場所である。

住所:Cannaregio 2386
開館時間:展覧会により異なる
休館日:展覧会により異なる
チケット:オンライン予約推奨
公式サイト:https://www.berggruenarts.org/en/

4.ペギー・グッゲンハイム・コレクション(Peggy Guggenheim Collection)

個人コレクションと生活空間の記憶

 ペギー・グッゲンハイム・コレクションは、ヴェネチアで20世紀美術を知るためのもっとも重要な場所のひとつである。大運河沿いのパラッツォ・ヴェニエール・デイ・レオーニにあり、かつてペギー・グッゲンハイム自身が暮らした邸宅が美術館となっている。モダニズムが邸宅の親密さのなかに息づく空間。

ペギー・グッゲンハイム・コレクションの外観 © Peggy Guggenheim Collection, Venice. Photo by Matteo De Fina

 コレクションの中心にあるのは、キュビスム、シュルレアリスム、抽象、戦後アメリカ美術の流れである。ピカソ、ブラック、カンディンスキー、ミロ、マグリット、エルンスト、ポロック、ロスコらの作品を通じて、ヨーロッパとアメリカのモダニズムがどのように交差したのかをたどることができる。とりわけ、ペギーが早くから評価したジャクソン・ポロックの作品群は、ヨーロッパにおける抽象表現主義の受容を考えるうえでも重要である。

ペギー・グッゲンハイム・コレクションで展示されるアレキサンダー・カルダーの作品 © Peggy Guggenheim Collection, Venice. Photo AndreaSarti/CAST1466

 ペギーが1948年のヴェネチア・ビエンナーレで自身のコレクションを展示したことは、戦後の美術史においても大きな出来事だった。20世紀美術の主要な潮流を俯瞰するための、格好の入り口となる施設である。

住所:Dorsoduro 701
開館時間:10:00〜18:00
休館日:火
チケット:有料、オンライン予約可
公式サイト:https://www.guggenheim-venice.it/en/

5.アカデミア美術館(Gallerie dell’Accademia)

ヴェネチア美術の真髄「空間としての絵画」を体感

 ヴェネチアの美術を語るうえで、アカデミア美術館は避けて通れない。14世紀から18世紀にかけてのヴェネチア派の絵画を中心に、ジョヴァンニ・ベッリーニ、ジョルジョーネ、ティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼ、カルパッチョらの名品を所蔵する美術館である。

アカデミア美術館の外観 

 ここで見るべきなのは「名画」だけではない。ヴェネチア派の絵画に特徴的な色彩、光、空間、物語が、教会、キリスト教信徒会、都市の儀礼とどのように結びついていたのかである。ジョルジョーネ《テンペスタ》(1506-08頃)、ティツィアーノ《ピエタ》(1576)、カルパッチョによる聖ウルスラ伝連作、ヴェロネーゼ《レヴィ家の饗宴》(1573)などは、ヴェネチアという都市の視覚文化を理解するための鍵となる。

アカデミア美術館での展示風景 © G.A.VE Photographic Archive, photo by Matteo De Fina. Courtesy of the Ministry of Culture - Gallerie dell'Accademia di Venezia

 壁画、祭壇画、信徒会の連作、巨大な饗宴図──アカデミア美術館で出会うのは、作品が建築や儀礼と結びついていた時代の展示空間である。この都市がもともといかに「空間としての絵画」を発展させてきたかを確認できる。

住所:Campo della Carità, Dorsoduro 1050
開館時間:曜日により異なる
休館日:月曜午後など変動あり
チケット:有料、オンライン予約可
公式サイト:https://www.gallerieaccademia.it/en

6.カ・ペーザロ(Ca’ Pesaro)

ヴェネチアで日本美術の受容を読み直す

 カ・ペーザロは、大運河沿いのバロック宮殿を用いたヴェネチア市立近代美術館である。クリムト、シャガール、カンディンスキー、クレー、メダルド・ロッソ、ロダンら、19世紀から20世紀の絵画、彫刻、グラフィック作品を収蔵する。ヴェネチアにおける近代美術の受容を知るうえで重要な施設である。

カ・ペーザロのレストランからヴェネチアの運河を眺めることができる Photo by Luca Chiandoni

 同じ建物の最上階には、国立のヴェネチア東洋美術館が置かれている。コレクションの核となるのは、エンリコ・ディ・ボルボーネ=パルマ、通称バルディ伯が1887年から89年にかけての東アジア旅行で収集した日本・アジア美術である。江戸時代の美術を中心に、武具、漆器、陶磁器、染織、版画など約3万点に及ぶ収集品は、帰国後、伯が居所としていたパラッツォ・ヴェンドラミン・カレルジで公開された。その主要部分はのちにイタリア国家の所有となり、カ・ペーザロへ移され、1928年に東洋美術館として開館した。

コレクション展の様子。中央はポンペオ・マリーノ・モルメンティ《The death of Othello (2nd version)》(1866) Photo by Nico Covre

 かつて東方貿易によって栄えたヴェネチアが、近代に日本やアジアの美術をどのように収集し、分類し、展示してきたのか。その歴史をたどることで、ヴェネチアを「西洋美術の都市」としてだけではなく、日本やアジアをめぐるヨーロッパの視線が映し出された場所として読み直すことができる。

住所:Santa Croce 2076
開館時間:季節により異なる
休館日:月
チケット:有料、オンライン予約可
公式サイト:https://capesaro.visitmuve.it/en/

7.クエリーニ・スタンパリア財団(Fondazione Querini Stampalia)

水の存在を受け入れ、空間を豊かにするスカルパ建築

 クエリーニ・スタンパリア財団は、美術館、図書館、アーカイブ、建築が一体となったヴェネチアらしい文化施設である。1869年、ヴェネチアの貴族クエリーニ・スタンパリア家の最後の当主であったジョヴァンニ・クエリーニの遺志によって設立された。

カルロ・スカルパが改修を手がけたエリア Photo © Adriano Mura. Courtesy of Fondazione Querini Stampalia, Venezia

 この場所を特別なものにしているのが、カルロ・スカルパによる改修である。1959年から63年にかけて、スカルパは建物の地上階、展示空間、庭園を再設計した。ヴェネチアでは避けることのできない水の存在を排除するのではなく、建築の一部として受け入れ、石、水、金属、ガラス、段差、光を精緻に組み合わせている。

 ヴェネチアで水は、しばしば建物を脅かす存在である。しかしスカルパは、その水を閉め出すのではなく、床や段差、石のディテールのなかに受け入れた。保存と更新、都市と建築、水と素材の関係を考えるうえで、クエリーニ・スタンパリアはきわめて象徴的な場所である。貴族邸宅のコレクション、図書館、アーカイブが現在も生きた文化資源として使われている点も重要だ。

図書館 Photo © Adriano Mura. Courtesy of Fondazione Querini Stampalia, Venezia
住所:Castello 5252
開館時間:施設により異なる
休館日:月など
チケット:有料、オンライン予約可
公式サイト:https://www.querinistampalia.org/en/

8.ジョルジョ・チーニ財団(Fondazione Giorgio Cini)

対岸からヴェネチアを眺め直す、島のアーカイブ

 サン・マルコ広場の対岸、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島にあるジョルジョ・チーニ財団は、ヴェネチアでもっとも豊かな文化拠点のひとつである。1951年、ヴィットリオ・チーニが亡き息子ジョルジョを記念して設立した財団で、荒廃していた修道院複合体を文化、研究、音楽、工芸、展覧会の拠点として再生した。

ジョルジョ・チーニ財団 © Alessandra Chemollo

 島には、パッラーディオやロンゲーナにゆかりのある建築、回廊、図書館、庭園、音楽施設、ボルヘスの迷宮、ヴァチカン・チャペルズなどが点在する。なかでもレ・スタンツェ・デル・ヴェトロ(Le Stanze del Vetro)は、20、21世紀のガラス芸術、とりわけムラーノ・ガラスの研究と展示を継続的に行う重要なスペースである。写真を扱うレ・スタンツェ・デッラ・フォトグラフィア(Le Stanze della Fotografia)とあわせて、島全体が美術館であり研究機関でもあるような構成をもつ。

バルボラ・シュラペトヴァ&ルカシュ・リッツシュタイン「How to Reach the Sky」展(2026年4月17日〜7月12日)の展示風景

 サン・ジョルジョ・マッジョーレ島から見るヴェネチアは、観光客で混み合う本島とは異なる距離をもつ。チーニ財団を訪れることは、ヴェネチアを内側から消費するのではなく、対岸から眺め直す経験でもある。工芸、写真、音楽、建築、アーカイブが交わるこの島は、ヴェネチアを「展覧会の街」としてだけでなく、「研究と継承の街」として捉え直すための場所である。

住所:Isola di San Giorgio Maggiore
開館時間:施設・ツアーにより異なる
休館日:水曜休館の施設が多い
チケット:施設・ツアーごとに要確認
公式サイト:https://www.cini.it/en/

9.パラッツォ・フォルトゥニー(Palazzo Fortuny)

布、光、身体が美術とデザインの境界を溶かす

 パラッツォ・フォルトゥニーは、スペイン出身の芸術家・デザイナー、マリアノ・フォルトゥニーの邸宅兼アトリエをもとにした美術館である。正式にはパラッツォ・ペーザロ・デリ・オルフェイと呼ばれるゴシック様式の建物で、フォルトゥニーと妻アンリエット・ネグリンの創造活動の痕跡をいまに伝えている。

ゴシック様式の建物が特徴的であるパラッツォ・フォルトゥニー Photo by Nico Covre

 フォルトゥニーは、絵画、写真、舞台照明、テキスタイル、服飾、インテリアを横断した人物である。彼の名を有名にしたプリーツドレス「デルフォス」をはじめ、染織や舞台装置の実験は、美術とデザイン、工芸とファッションの境界を揺るがすものだった。近年では、フォルトゥニーの名のもとに語られてきた衣服やテキスタイルに、妻アンリエット・ネグリンの技術と創造性が深く関わっていたことにも関心が向けられている。

生活空間や素材、光、布の関係そのものが展示されている館内 Photo by Nico Covre

 館内では、作品だけでなく、彼らが構築した生活空間、素材、光、布の関係そのものが展示されている。ドリス・ヴァン・ノッテンやパラッツォ・モチェニーゴとあわせて訪れると、ヴェネチアがたんなる絵画の都市ではなく、布、装飾、舞台、身体、光の都市でもあることが見えてくる。

住所:San Marco 3958
開館時間:季節により異なる
休館日:火など
チケット:有料、オンライン予約可
公式サイト:https://fortuny.visitmuve.it/en/

10.パラッツォ・グリマーニ(Palazzo Grimani)

古代彫刻だけでなく、展示史そのものを体感

 パラッツォ・グリマーニは、ヴェネチアのなかでもとくに異彩を放つ宮殿美術館である。16世紀、グリマーニ家によって整えられたこの館は、古代ローマ美術、ルネサンスの建築趣味、ヴェネチア貴族文化が凝縮された空間として知られる。

パラッツォ・グリマーニ「トリブーナ」の様子 Photo by Matteo De Fina

 最大の見どころは、古代彫刻コレクションを収める「トリブーナ」。ジョヴァンニ・グリマーニが築いたこの空間には、かつて130点を超える古代彫刻が収められ、客人を迎えるための場でもあった。ヴェネチアにおける古代受容の象徴であり、現在の国立考古学博物館のコレクション形成にもつながる重要な歴史をもつ。近年は「ドムス・グリマーニ(Domus Grimani)」プロジェクトにより、かつての彫刻群を宮殿内に再配置する試みも行われた。

パラッツォ・グリマーニ「ドージェの間」 Photo by Matteo De Fina

 パラッツォ・グリマーニの魅力は、古代彫刻そのものだけではない。彫刻をどのように集め、どのように宮殿のなかに配置し、どのように権力や教養を示したのかという、展示史そのものを体験できる点にある。歴史的空間と現代作家の介入が交差するとき、グリマーニは古典の館だけではなく、過去の展示制度と現在の表現を照らし合わせる舞台となる。

住所:Castello 4858
開館時間:通常 10:00〜19:00前後
休館日:月
チケット:有料、オンライン予約可
公式サイト:https://museogrimani.cultura.gov.it/

11.オーシャン・スペース(Ocean Space)

ラグーン都市が海を政治的・環境的公共圏として問い直す

 オーシャン・スペースは、カステッロ地区の旧サン・ロレンツォ教会を再生した、海洋と環境をめぐるリサーチ型アートスペースである。TBA21–Academyによって運営され、展示、リサーチ、パブリック・プログラムを通じて、海洋リテラシー、環境をめぐる不平等、植民地主義、先住民の知、気候危機といった問題を扱っている。長く閉ざされていた教会を文化的な公共空間として再び開いた場所でもある。

オーシャン・スペースの外観 Courtesy of TBA21–Academy. Photo by Marco Cappelletti

 この場所の特徴は、ヴェネチアという都市の条件とテーマが強く結びついている点にある。ラグーンに浮かぶヴェネチアは、海と共生してきた都市であると同時に、観光、公害、高潮、クルーズ船、気候危機といった問題を抱える都市でもある。オーシャン・スペースは、そうした現実を美術とリサーチの言葉を通じて考える場所である。

「Repatriates Collective. Tide of Returns」展(2026年3月28日〜10月11日)の展示風景 Commissioned and produced by TBA21–Academy. Photo by Jacopo Salvi

 展示は、アーティストだけでなく、科学者、研究者、活動家との協働によって構成されることが多い。異なる専門領域の知見を結びつけることで、海を鑑賞の対象としてではなく、調査し、議論し、行動するための場として捉え直している。旧教会の空間もまた、海洋をめぐる知識や声が集まり、共有されるための器として機能している。

住所:Chiesa di San Lorenzo, Castello 5069
開館時間:展覧会により異なる
休館日:展覧会により異なる
チケット:無料または展覧会により異なる
公式サイト:https://tba21.org/oceanspace

12.ドリス・ヴァン・ノッテン財団(Fondazione Dries Van Noten)

ファッションを工芸と記憶の言語として読み替える

 ドリス・ヴァン・ノッテン財団は、ヴェネチアの新しい文化拠点として注目される存在である。ベルギーのファッションデザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテンとパートナーのパトリック・ファンヘルーヴェが、パラッツォ・ピザーニ・モレッタを舞台に立ち上げた財団で、ファッション、工芸、現代美術、装飾、歴史的空間を横断する活動を行う。

ドリス・ヴァン・ノッテン財団の外観

 この財団の魅力は、ファッションを衣服の展示にとどまらず、手仕事、素材、色彩、装飾、身体、記憶の問題として捉えている点にある。フォルトゥーニやモチェニーゴと同じく、ヴェネチアに根づく布と装飾の文化を、現代的な視点から再解釈する場所といえる。

スティーブン・シアラー《Whiskered Sentinel》(2024) © Steven Shearer
Courtesy the artist, Galerie Eva Presenhuber and David Zwirner
ユリウス・ブリュートナー《Grand piano 36437》(1893)
作者不明《ピエトロ・ヴェットール・ピサーニの肖像画》(18世紀)
Photo by Matteo de Mayda

 歴史的パラッツォの室内に、服飾、工芸、現代美術、オブジェが並置されることで、ジャンルの境界は曖昧になる。いっぽうで、一般的な美術館のように随時入館する施設ではなく、訪問には公式サイトでの事前登録や予約枠の確認が必要となる。だからこそ、開かれた観光施設というより、ヴェネチアの歴史的パラッツォを新たな文化の実験場として使う試みとして紹介したい。

住所:Palazzo Pisani Moretta, San Polo 2766
開館時間:予約制・展覧会により異なる
休館日:展覧会により異なる
チケット:予約制、公式サイトで要確認
公式サイト:https://fondazionedriesvannoten.org/

13.パラッツォ・モチェニーゴ(Palazzo Mocenigo)

布と香りからヴェネチアを読む

 パラッツォ・モチェニーゴは、ヴェネチアの衣装、テキスタイル、香水、貴族文化を知るための美術館である。1985年に一般公開され、現在はヴェネチア市立博物館群に属する「テキスタイル・衣装・香水史研究センター」として機能している。

「テキスタイル・衣装・香水史研究センター」として機能するパラッツォ・モチェニーゴ Photo by Nico Covre

 館内には、古い衣装、織物、レース、香水に関する資料が展示され、ヴェネチアの貴族生活と装飾文化を伝えている。絵画や彫刻だけでは見えてこない、身体、嗅覚、素材、流行、社会階層の歴史に触れられる点が大きな魅力である。ここで扱われる布や香りは、ヴェネチアが交易都市として多様な素材や文化を受け入れてきた歴史とも結びつく。

ヴェネチアの貴族生活と装飾文化を伝える展示 Photo by Nico Covre

 視覚芸術の都市として語られがちなヴェネチアを、布と香りから読み直すこの場所。交易都市として各地の香料や素材を受け入れてきた歴史が、衣装や室内装飾の背後に立ち上がる。フォルトゥーニ、ドリス・ヴァン・ノッテン、カ・ペザーロの東洋美術コレクションと並べて見ることで、ヴェネチアの美術をより広い感覚文化として捉えることができる。

住所:Santa Croce 1992
開館時間:季節により異なる
休館日:月など
チケット:有料、オンライン予約可
公式サイト:https://mocenigo.visitmuve.it/en/home/

14.オリベッティ・ショールーム(Negozio Olivetti)

スカルパの建築語彙が凝縮された小さな部屋

 サン・マルコ広場の一角にひっそりと存在するオリベッティ・ショールームは、カルロ・スカルパによる小さな建築の傑作である。1957年に開設されたこの空間は、タイプライターで知られるオリベッティ社のショールームとしてつくられた。

オリベッティ・ショールームの外観 Photo © Gabriele Bortoluzzi

 スカルパは、限られた細長い空間のなかに、石、水、ガラス、金属、木、階段、展示台を精密に配置した。アルベルト・ヴィアーニの《Nudo al sol(陽光の中の裸婦)》(1956)、宙に浮くような階段、床のモザイク、素材の切り替え。わずかな空間のなかに、スカルパの建築語彙が凝縮されている。

オリベッティ・ショールームの内部 Photo © Gabriele Bortoluzzi

 クエリーニ・スタンパリアが水と建築の関係を大きなスケールで示す場所だとすれば、オリベッティ・ショールームは、スカルパの素材感覚とディテールが凝縮された小宇宙である。サン・マルコ広場の壮麗さに比べれば控えめだが、その密度はきわめて高い。

住所:Piazza San Marco 101
開館時間:季節により異なる
休館日:月など
チケット:有料、オンライン予約可
公式サイト:https://fondoambiente.it/negozio-olivetti-eng

15.コッレール美術館(Museo Correr)

ヴェネチア共和国の記憶を、視覚文化として読む

 サン・マルコ広場に面したコッレール美術館は、ヴェネチア共和国の歴史と都市文化をたどるための美術館である。絵画、彫刻、工芸、地図、資料、王宮空間を通じて、ヴェネチアがどのように自らの歴史とイメージを築いてきたのかを知ることができる。

ヴェネチア共和国の歴史と都市文化をたどるためのコッレール美術館 Photo by Nico Covre

 美術館の起源は、テオドーロ・コッレールが1830年にヴェネチア市へ遺贈したコレクションにさかのぼる。現在の展示は、ナポレオン時代以降の王宮空間、都市史資料、絵画、彫刻、装飾芸術を含み、ヴェネチア共和国の政治、儀礼、生活文化を多面的に伝えている。ここで出会うのは、ひとつの美術ジャンルではなく、都市そのものが自らをどのように表象してきたのかという問いである。

コッレール美術館の内部 Photo by Nico Covre

 アカデミア美術館がヴェネチア絵画の基層を見せる場所だとすれば、コッレール美術館は都市としてのヴェネチアの自己像を見せる場所である。サン・マルコ広場という政治・儀礼・観光の中心に位置することも含め、ヴェネチアを「美術の街」としてだけでなく、「都市表象の舞台」として理解するための入り口となる。

住所:Piazza San Marco 52
開館時間:季節により異なる
休館日:施設情報を要確認
チケット:有料、オンライン予約可
公式サイト:https://correr.visitmuve.it/en/

スポットをどう読むか

 ここで取り上げた15ヶ所をすべて回る必要はない。現代美術の現在形を見たいなら、ピノー・コレクション、プラダ財団、パラッツォ・ディエドへ。20世紀美術と近代美術の流れをたどるなら、ペギー・グッゲンハイム・コレクションとカ・ペザーロへ。ヴェネチア絵画、都市史、古典の空間を知りたいなら、アカデミア美術館、コッレール美術館、パラッツォ・グリマーニへ。工芸、装飾、衣装に関心があるなら、パラッツォ・フォルトゥニー、パラッツォ・モチェニーゴ、ドリス・ヴァン・ノッテン財団へ。水と建築、都市の記憶を考えたいなら、クエリーニ・スタンパリア財団、オリベッティ・ショールーム、オーシャン・スペース、ジョルジョ・チーニ財団が入り口となる。

 ヴェネチアはルネサンス絵画の都市であると同時に、日本美術を含む東西文化の交流と受容を、工芸、素材、空間感覚を通じて読み直すことのできる都市でもある。カ・ペザーロの東洋美術コレクション、スカルパの建築、フォルトゥニーやモチェニーゴのテキスタイルは、その導入のための扉となる。

 この水の都は、ひとつの巨大なアーカイブとして立ち上がる。水、絵画、布、香り、ガラス、石、コレクション、財団、共和国の記憶、そして展示制度。これらが幾重にも重なり合う都市をもう一度歩いてみたい。