2025.4.3

大阪・関西万博で見るべき「シグネチャーパビリオン」

大阪・関西万博の会場中央に広がる「静けさの森」と8つの「シグネチャーパビリオン」。その概要をそれぞれレポートでお届けする。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)・安原真広(副編集長)

「null2」パビリオン
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 大阪・関西万博(4月13日〜10月13日)の会場中央に位置する「静けさの森」と、その周囲に広がる8人のプロデューサー(宮田裕章、石黒浩、中島さち子、落合陽一、福岡伸一、河森正治、小山薫堂、河瀨直美)が主導するパビリオン「シグネチャーパビリオン」の様子をまとめてお届けしたい。

シグネチャーパビリオンのプロデューサー、左から宮田裕章、石黒浩、中島ちさ子、落合陽一、福岡伸一、河森正治、小山薫堂、河瀨直美

静けさの森

 会場の中央に位置する「静けさの森」は、万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」の象徴となる場所。データサイエンティスト・宮田裕章と建築家・藤本壮介が企画・監修をしており、宮田と長谷川祐子が共同キュレーションを担う。

 大阪府内の公園などから間伐される樹木など1500本を移植し、新たな生態系を構築している2.3ヘクタールもの森。そこに点在するのが現代アートだ。参加作家は、トマス・サラセーノ、レアンドロ・エルリッヒピエール・ユイグオノ・ヨーコ、ステファノ・マンクーゾ and PNAT。各作家の作品が体験テーマと紐づいている。

 例えばトマス・サラセーノの《Coinvivality》は「未来のコミュニティとモビリティ」がテーマ。同作は種間関係の代替モデルを提案する作品であり、ワイヤーで吊るされた12の彫刻がそれぞれ森の生態系の機能を持っており、鳥や昆虫など様々な生き物が相互に交流する有機的なプラットフォームとなる。

展示風景より、トマス・サラセーノ《Coinvivality》

 レアンドロ・エルリッヒの《Infinite Garden - The Joy of diversity》は「健康とウェルビーイング」がテーマとなっており、鏡や構造を用いた視覚トリックによって新たな認知体験へと誘う。

展示風景より、レアンドロ・エルリッヒ《Infinite Garden - The Joy of diversity》
展示風景より、ステファノ・マンクーゾ and PNAT《The Hidden Plant Community》
展示風景より、オノ・ヨーコ《Cloud Piece》

「Better Co-Being」(宮田裕章)

「Better Co-Being」パビリオン

 「いのちを響き合わせる」をテーマにした宮田裕章プロデュースのシグネチャーパビリオン「Better Co-Being」は、「静けさの森」の一角に位置する。人類がデータを分かち合い、共創する未来社会の象徴が「森」であると構想した宮田。SANAAが設計したパビリオンは、壁も天井もないデザインが大きな特徴だ。

 パビリオン内は3つのシークエンスで構成。来場者は3Dハプティクスという技術を応用した「echorb(エコーブ)」というデバイスを手に持つことで、来場者同士あるいは展示された作品と共鳴することができる。パビリオンの参加作家は塩田千春宮島達男、そして宮田裕章 with EiM。それぞれがシークエンスを担い、3つの観賞体験を提示する。

 小高い丘の上にあるのが最初のシークエンス「人と人の共鳴」:塩田千春『言葉の丘』だ。天井からは赤い糸が吊り下がり、その中に万博の7つのテーマとリンクしたメッセージが配置。「echorb(エコーブ)」を持って作品の周りに立つと、位置に連動して7つの言語による7つのメッセージが表示される。

塩田千春『言葉の丘』

 続くシークエンス2「人と世界の共鳴」:宮島達男『Counter Voice Network-Expo 2025』は、スロープに設置された30個のスピーカーを用いたインスタレーション。宮島の代名詞であるデジタルカウンター(数字)が45ヶ国の声で表現されており、「0」は発せられない。「echorb(エコーブ)」を手に音源に近づくと、カウントダウンを続ける人々の名前と言語が表示され、関連するストーリーがウェブアプリ上に立ち上がる。

この道中に宮島達男『Counter Voice Network-Expo 2025』が展開されている

 シークエンス3「人と未来の共鳴」:宮田裕章『共鳴の空』、宮田裕章 with EiM『最大多様の最大幸福』では、キャノピーの下に400本ものワイヤーが張られ、そこにサンキャッチャーが取り付けられ光を反射。また、人口の雨を降らせることで、不確定性をはらんだ虹を発生させる。

宮田裕章『共鳴の空』、宮田裕章 with EiM『最大多様の最大幸福』

 なおエピローグでは、宮田と真鍋大度が手がけた球体LEDが設置されており、来場者が「echorb(エコーブ)」を持ち寄ることで、そこに収集された様々なデータが掛け合わせられ、その日その時だけしか見ることができない映像が現れる。

「Dialogue Theater -いのちのあかし-」(河瀨直美)

「Dialogue Theater -いのちのあかし-」パビリオン
「Dialogue Theater -いのちのあかし-」パビリオンのシンボルツリーのイチョウ

 映画作家の河瀨直美がプロデュースするパビリオン「いのちのあかし」は、奈良県の十津川村立折立中学校と、京都府の福知山市立細見小学校中出分校という、ともに廃校となったふたつの校舎を活用した建築となっている。設計はSUOの周防貴之が手がけており、木造校舎の趣はそのままに外光がふんだんに入る。パビリオンの中庭は、奈良や京都の里山の植生を再現した庭園となっており、様々な草木花と触れ合うことができる。また、庭園にはシンボルツリーとして旧中出分校の校庭にあったイチョウの木が植えられており、夏には葉を茂らせ、秋には黄色い葉を見ることができるという。

 本パビリオンは、対話を通じて世界の至るところにある分断を明らかにし、解決を試みる実験場だ。来場者には受付でカードが手渡され、そのカードにはその日の「問いかけ」と、対話者が記されている。なお、対話者には来場者が選ばれることもある。校舎内は「対話シアター」となっており、映画館のように階段状に席が並んでいる。ここで、選ばれた対話者がスクリーン上の遠隔地にいるもう対話者と、決められたテーマについて10分間ほど対話する。来場者はこの2人の対話を、自分の考えと比較しつつ、映画を見るように鑑賞することとなる。対話には脚本はなく、一度として同じ対話はない。

対話シアター
対話シアター

 対話が終わると、世界6ヶ国の監督が撮り下ろした6つのエンディングムービーのうち、どれか1本が上映される。例えば、イスラエル人の脚本家・監督のケレン・ベン・ラファエルは、イスラエル人として友人であるパレスチナ人女性について語る映像を作成した。作中では、イスラエルによるパレスチナへの攻撃が続く両者の関係において、対話によって紛争の解決を目指すというラファエルの考えが示される。

対話シアター

 対話についてのパフォーマンスを見たあとは、旧折立中学校北棟を利用した「ガラスの集会所」で、対話を反芻することができる。木製の椅子が置かれたこの場所では、校舎の移築に関わった人々が語る映像を見ることが可能だ。河瀨が来場者とともに考える、対話を本パビリオンでは触れることができる。

「ガラスの集会所」

「いのちの未来」(石黒浩)

「いのちの未来」パビリオン

 ロボット工学の第一人者・石黒浩がプロデュースするこのパビリオンは、3つのゾーンで構成。

 ゾーン1「いのちの歩み」では、太古の昔から現代に至るまでに、日本人がモノにいのちを宿してきた歴史を展示。続くゾーン2 「50年後の未来」は、50年後の未来シーンを描く、パビリオンのメイン展示。人間がアンドロイドと共存し、高度なテクノロジーを用いた様々なプロダクトを活用しながらいきいきと暮らす日々を、物語の中に入り込むことによって追体験することができる。

ゾーン1「いのちの歩み」
ゾーン2 「50年後の未来」
ゾーン2 「50年後の未来」

 最後のゾーン3「1000年後のいのち“まほろば”」では、1000年後の世界をイメージした音と光に包まれた幻想的な空間の中でアンドロイドが舞い踊る。その様子は壮大であり、からだの制約から解き放たれた「新たな人」との出会いを想起させる。

ゾーン3「1000年後のいのち“まほろば”」

EARTH MART(小山薫堂)

「EARTH MART」パビリオン

 放送作家/京都芸術大学副学長の小山薫堂がプロデュースする「EARTH MART」の設計は建築家・隈研吾が手がけた、全国から茅を集め、職人たちの手によって茅葺屋根を構築した。茅は、かつて里山の暮らしにあった循環的な営みの象徴であり、それらが集積した屋根は市場のような繁栄と賑わいが表現されている。なお、茅は万博会期終了後に新しいかたちで生まれ変わらせるという。

 本パビリオンでは、地球環境や飢餓問題と向き合いながら日本人が育んできた食文化の可能性とテクノロジーによる食の進化を共有。「新しい食べ方」を来場者とともに考えるという。小山はパビリオンのコンセプトについて次のように述べた。「ひとりの人間、ひとつの命をつむぐためにどれくらいの命を頂いているのかを体感し、未来に向けた食べ方を考えるものとなっている」。

EARTH MARTのエントランス
EARTH MARTの展示風景
EARTH MARTの展示風景

 館内は、まるでスーパーマーケットのようなディスプレイや什器が用意され、各ブースでは当たり前だと思われがちな「食べ方」を改めてとらえ直し、新たな「食べ方」と向き合うための様々な体験をすることができる。例えば、長崎・雲仙市で、多様な野菜を育て、野菜が枯れるまで見守って種を採り、またその種を蒔くという昔からの農業を営んでいる農家の野菜や、1年間に日本人が食べる卵の総量を表した展示、世界各国の食の内訳を記したレシート、日本の伝統食品をその歴史と紹介するコーナーなどだ。食のについての様々な数値や量を可視化するとともに、身の回りにある食を改めて見直すことができる。

 最後の部屋では皿が置かれた円卓に、、高精細のプロジェクションによる、食と生活文化についての映像が投影され、食といのちについてのメッセージが可視化されている。

EARTH MARTの展示風景
EARTH MARTの展示風景

「いのちの遊び場 クラゲ館」(中島ちさ子)

いのちの遊び場 クラゲ館

 ジャズピアニスト(作曲家)・数学研究者・STEAM教育者である中島さち子がプロデュースするこのパビリオンのコンセプトは「クラゲ:揺らぎのある遊び」。

 小堀哲夫が建築設計したパビリオンは万人万物の持つ「いのちのゆらぎ」を体現したやわらかで大らかな膜屋根が、人々をゆるやかにパビリオンへといざなう。

 内部は自生種による植生と遊具が点在する原始的で身体的な遊び場「プレイマウンテン」と、「五感の遊び場」である「創造の木」で構成。創造の木の真下にある地下は内省的な空間と、360度をスクリーンに囲まれた空間になっており、大阪市内の子供たちが描いたクラゲがゆらゆらとスクリーンの中を泳ぎ、来館者の動きに反応するインタラクティブな体験もできる。

いのちの遊び場 クラゲ館の展示風景
いのちの遊び場 クラゲ館の展示風景

「null2」(落合陽一)

「null2」パビリオン

 メディアアーティスト・落合陽一がプロデュースする「いのちをみがく」がテーマのパビリオン「null2」。null2というネーミングは、「null」(何もない)から「null」(何もない)になる、という意味が込められているという。

 素材から建築を構成したという今回のパビリオンはNoizが設計しており、ミラーキューブを積み重ねたような外観がインパクト大。「ヌルヌルした建築がつくりたい」という落合の考えのもと、伸びたり縮んだりする素材を使用。キューブの内部にはロボットアームが入っており、建築自体が収縮や振動を繰り返す。

「null2」パビリオン

 内部は高さ8メートルの巨大なミラールームとなっており、鏡の中に仕込まれた特殊開発されたLEDが高精細な表現を可能にした。現実とデジタルの境界が曖昧になるような、文字通り映像に包み込まれる没入型の体験ができる。デジタルが当たり前に浸透する社会のなかで、人間の存在意義やその変化を問いかける意欲的なパビリオンだ。

null2の展示風景
null2の展示風景

「いのち動的平衡館」(福岡伸一)

「いのち動的平衡館」パビリオン

 生物学者/青山学院大学教授の福岡伸一がプロデュースする「いのち動的平衡館」。NHA主宰の橋本尚樹による、柱のない浮かんた屋根をもつ建築は、生命が「動的平衡」を保ちながらうつろいゆく流れの中で、一瞬だけ立ち現れる自律的な秩序を表す姿を具体化させたという。

 福岡が提唱する「動的平衡」とはどのようなものなのか。福岡は以下のように説明している。

秩序は、宇宙の大原則である「エントロピー増大の法則」に従って、無秩序になる方向にしか動かない。しかし、生命だけは、この法則に抗って、自らを率先して分解し、同時に作り直すことによって、なんとか秩序を維持しようとしている。これが生命のもっとも重要な本質、動的平衡である
─「いのち動的平衡館」ウェブサイトより

 本パビリオンはこの「動的平衡」を体感できるものとなっている。内部ではデザイン・イノベーション・ファームのTakramが手がけた、光で感じるインスタレーションが展開。会場の中央には、暗闇の中に無数のLEDを植物のように生やした構造物を設置。見る者の身体に反応してらLEDがひとのかたちに点灯する。ナレーションとともに、LEDの粒子が立体的な点灯によって細胞や生物を表現し、地球に生命が生まれた歴史をめぐることができる。

「いのち動的平衡館」展示風景
「いのち動的平衡館」展示風景

「いのちめぐる冒険」(河森正治)

「いのちめぐる冒険」パビリオン

 アニメーション監督/メカニックデザイナー/ビジョンクリエーターの河森正治がプロデュースする「いのちめぐる冒険」は、細胞=セルに見立てた鉄骨フレームとコンクリートパネルが集合したパビリオンだ。

 河森はこれまでも自作のなかでテーマとしてきた「合体」や「変形」を生物多様性に当てはめ、優劣のない生物たちの塊を「いのち球」と表現。パビリオンではこの「いのち珠」を表現するために、最先端のテクノロジーを用いた、「いのちのスペクタクル」をめぐる展示を用意した。

 本パビリオンの目玉となる「超時空シアター 499秒 わたしの合体」では、来場者がカメラ付きVRゴーグルをつけることで、個人での「没入感」と鑑賞者全員の「一体感」を行き来する宇宙スケールの食物連鎖を体験できる。

超時空シアター 499秒 わたしの合体
超時空シアター 499秒 わたしの合体

 また、「ANIMA!」は映像、振動、立体音響で満たされたイマーシブ空間だ。河森と菅野よう子が生み出した変形・合体を繰り返す奏でられるいのちのミュージカルの中に没入可能だ。

 ほかにも4メートル超の巨大ビジョンに、地球、太陽、卵の中のニワトリの胚といった高精細の画像が映し出される「宇宙の窓」や、自然の中で、生物を探すフィールドワーカーの目線と思考をグラフィックと動画で表現した「生物多様性超シナプス」といった展示を見ることができる。

「いのちめぐる冒険」パビリオンのシンボル