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2026.10.14

「ザ・ベスト・オブ・山種コレクションⅠ」開幕レポート。山種美術館60年、その原点をたどる

開館60周年を迎えた山種美術館で、記念特別展「ザ・ベスト・オブ・山種コレクションⅠ-横山大観、竹内栖鳳から上村松園、速水御舟へ-」が開幕した。

文・撮影=橋爪勇介(編集部)

竹内栖鳳《班猫》(1924)
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 東京・広尾の山種美術館で、「ザ・ベスト・オブ・山種コレクションⅠ-横山大観、竹内栖鳳から上村松園、速水御舟へ-」が開幕した。会期は12月6日まで。

 1966年に開館し、今年で60周年を迎えた山種美術館。本展はその記念特別展第3弾として開催されるもので、6点の重要文化財を含む約1800点の所蔵品から、コレクションの核をなす近代日本画の名品を厳選して紹介するものだ。近代日本画を代表する画家たちの作品がこれほどまとまって展示されるのは、同館では10年ぶりだという。

ひとりの実業家から始まった「山種コレクション」

 本展を見るうえで、まず知っておきたいのが山種コレクションの成り立ちだ。その礎を築いたのは、山種証券(現・SMBC日興証券)の創立者である山﨑種二(1893〜1983)。相場の世界に身を置いていた種二にとって、絵画鑑賞は「こよなき楽しみ」だったという。やがて自ら作品を購入するようになり、とくに真贋の確かな同時代の日本画家たちの作品を収集していった。

 特徴的なのは、種二がたんに美術市場を通じて作品を購入するコレクターではなかったことだ。「絵の値打ちは作者である画家の人柄に負うところ大だ」という信念のもと、横山大観、上村松園、小林古径、安田靫彦、山口蓬春らと親交を深めながら作品を収集。その個人コレクションを礎に、今日の山種美術館の所蔵品が形成されてきたことは、同館の大きな特徴と言えるだろう。

上村松園《蛍》(1913)と西村五雲《白熊》(1907)

《班猫》《裸婦図》──「ベスト」と呼ぶにふさわしい近代日本画

 本展の大きな見どころとなるのが、山種美術館を代表する2点の重要文化財だ。

 そのひとつが、竹内栖鳳の《班猫》(1924)。柔らかな毛並みと印象的なエメラルドグリーンの瞳を持つ猫を描いた、栖鳳の動物画を代表する作品であり、いまや同館の「看板猫」とも言える存在だ。

竹内栖鳳《班猫》(1924)

 本作には、栖鳳が沼津の八百屋で見かけた猫を気に入り、譲り受けて京都の自宅まで連れ帰り、ポーズをとらせて描いたというエピソードが残されている。入念な写生を重ね、金泥を用いた繊細な毛描きによって表現された猫の毛並みは見事というほかない。美術史家で同館芸術顧問を務める山下裕二が「最高の猫」と評するのもうなずける一作だ。

 もうひとつの重要文化財が、村上華岳《裸婦図》(1920)である。本作に描かれるのは、華岳が「永遠の憧憬の源で、理想の典型」とした「久遠の女性」だ。アジャンター石窟の菩薩像やレオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》を思わせる神秘的な風貌を持ついっぽう、実在の人物から着想を得た可能性も指摘されている。現実の女性像と理想化された聖性が重なり合う、独特の存在感を放つ作品だ。

村上華岳《裸婦図》(1920)

 このほかにも、上村松園《蛍》(1913)、川端龍子《鳴門》(1929)、土田麦僊《大原女》、福田平八郎《筍》、速水御舟《昆虫二題 葉蔭魔手・粧蛾舞戯》(1926)など、近代日本画を彩る名品が並ぶ。その顔ぶれは、まさに「ベスト・オブ」の名にふさわしい。

 なかでも強い存在感を放つのが、川端龍子の《鳴門》だ。横長の大画面いっぱいに、鳴門海峡の激しい渦潮をダイナミックに描き出した本作は、龍子が自ら設立した青龍社の第1回展に出品した大作である。約3.6キロもの群青を使用したという画面には、荒々しい波の動きや水の勢いが鮮烈に表現されており、龍子が追求したスケールの大きな日本画表現を体感することができる。

川端龍子《鳴門》(1929)

美術館の誕生を物語る、横山大観《心神》

 いっぽう、本展をたんなる「名品選」とは異なるものにしているのが、山種美術館の歴史そのものと深く結びついた作品群だ。

 横山大観《心神》(1952)は、その代表格と言える。同作は、種二が長年の夢であった美術館の設立を決意した際、特別に購入を許された作品だという。

手前が横山大観《心神》(1952)

 描かれているのは、雲の上に雄大な姿を現す富士山。簡潔な構図のなかに堂々たる山容を浮かび上がらせた本作は、大観が生涯にわたって取り組んだ富士山という主題を示すと同時に、山種美術館の誕生を象徴する一点でもある。

 また、小林古径の《清姫》(1930)にも注目したい。安珍・清姫伝説を題材とする連作で、本展ではそのうち「日高川」などが展示される。本作は再興第17回院展で発表され、好評を博した作品だ。その後も古径自身の手元に置かれていたが、種二が美術館を設立することを条件に購入を許されたという。ここにも、画家とコレクターの信頼関係がうかがえる。

小林古径《清姫》(1930)

 《心神》や《清姫》に共通するのは、個人の収集という枠を超え、美術館を設立して作品を後世に伝えようとする種二の意思が、その収蔵の背景にあったことだ。

 約40点の作品で構成される本展では、近代日本画の名品を鑑賞するだけでなく、それらがどのような経緯で山種コレクションに加わったのかという歴史にも目を向けたい。ひとりのコレクターの審美眼と近代日本画の歩みが重なり合うところに、本展ならではの面白さがある。

「集める」だけではない。コレクションを未来へつなぐ

 さらに見逃せないのが、小室翠雲《海寧観潮》(1922)だ。本作は、中国・杭州近郊の海寧で起こる海嘯(満潮時に海水が河川を逆流する現象)を題材とした作品。現地での観察に基づく細密な描写によって、その壮大な自然現象がとらえられている。

 同作は2025年、バンク・オブ・アメリカの文化財保存プロジェクトによる助成を受けて修復され、本展で修復後初公開となった。

小室翠雲《海寧観潮》(1922)

 美術館のコレクションについて考えるとき、注目されるのは往々にして「何を持っているか」という点だ。しかし、美術館の仕事は作品を収集し、展示することだけではない。それらを適切に保存・修復し、次の世代へと継承していくこともまた、コレクションを有する美術館の重要な役割である。そうした意味で、本作の修復後初公開は、山種美術館の60周年を考えるうえでも象徴的な出来事と言えるだろう。

 山種美術館の山崎妙子館長は、急速に進展するAI技術にも言及しながら、日本画の価値について次のように語る。「AIが急速に発展するなか、岩絵具や金箔が織りなす本物の輝きや、四季を描く精神性は人々に感動をもたらすと信じている。日本画の魅力を世界へ、未来へと発信し続けたい」。

 1966年の開館から60年。山﨑種二というひとりのコレクターの情熱から始まった山種コレクションは、作品の収集と保存を重ねながら、今日まで受け継がれてきた。重要文化財を含む名品の数々を鑑賞するだけでなく、「なぜこの作品がここにあるのか」という視点から見ていくと、その背後には画家とコレクターの交流、そして美術館の歴史が浮かび上がってくる。開館60周年という節目に、コレクションの原点と、名品を未来へと伝える美術館の役割を改めて考えさせる展覧会となっている。