• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • 「“カフェ”に集う芸術家」(三菱一号館美術館)開幕レポート…
2026.6.13

「“カフェ”に集う芸術家」(三菱一号館美術館)開幕レポート。「カフェ」が育んだ近代美術のネットワークをたどる

東京・丸の内の三菱一号館美術館で、「“カフェ”に集う芸術家―印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで」が開幕した。印象派からピカソに至る近代美術の展開を、“カフェ”という創造の場から読み解く本展の様子をレポートする。

文・撮影=王崇橋(編集部)

展示風景より、右からラモン・カザス《マドレーヌ》(1892)、サンティアゴ・ルシニョル《カフェ・デ・ザンコエラン》(1889-90)、ラモン・カザス《アニス・デル・モノ》(1898)
前へ
次へ

 東京・丸の内の三菱一号館美術館で、「“カフェ”に集う芸術家―印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで」が開幕した。会期は9月23日まで。

 本展は、三菱一号館美術館とひろしま美術館の共同企画によるもの。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、芸術家たちの交流と創造の舞台となった「カフェ」を切り口に、エドゥアール・マネや印象派、フィンセント・ファン・ゴッホアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、ナビ派、そして若きパブロ・ピカソまでの作品約130点を紹介する。

「現代生活」を描く──印象派誕生の舞台となったカフェ

 今日では飲食や社交の場として親しまれているカフェだが、19世紀後半のパリでは、新しい芸術のあり方を議論し、それを作品へと結実させる創造の場でもあった。三菱一号館美術館の担当学芸員・岩瀬慧は内覧会で、「本展で重要なのは、カフェが描かれた場所だけではなく、芸術家たちがインスピレーションを得て新たな作品を生み出す場として機能していた点だ」と説明する。

 展示は3章構成。第1章「カフェを描く――リアリズムから印象派へ」では、近代都市パリの誕生とともに拡張された絵画の主題に注目する。19世紀後半、アカデミズムが歴史画や宗教画を重視するなか、マネやクロード・モネ、ピエール=オーギュスト・ルノワールらは、詩人ボードレールの提唱した「現代生活」を描こうとした。ルノワール《パリ、トリニテ広場》(1875頃)やエドガー・ドガ《赤い服の踊り子》(1897頃)などを通して、街路や劇場、カフェといった都市の日常が近代絵画の主題となっていく過程をたどる。

展示風景より、右はピエール=オーギュスト・ルノワール《パリ、トリニテ広場》(1875頃)
展示風景より、右はエドガー・ドガ《赤い服の踊り子》(1897頃)

 同章ではまた、印象派に先行して都市生活を描いたオノレ・ドーミエの版画も紹介される。新聞や雑誌を通じて流通した風刺画は、劇場や観客席といった都市文化の風景を広く可視化し、後の印象派にも影響を与えたという。

展示風景より、オノレ・ドーミエの版画作品

ポスターが彩った夜のモンマルトル

 第2章「夜のカフェ――シェレ、ロートレックの世紀末」では、ポスター芸術の黄金期に焦点を当てる。19世紀末のパリでは、「ムーラン・ルージュ」や「シャ・ノワール」といったキャバレーやミュージックホールが夜の街を彩った。ジュール・シェレやロートレックによるポスターは、たんなる広告媒体を超え、近代都市の視覚文化を象徴する存在となった。

展示風景より、左からジュール・シェレ《「ロータスの花」フォリー・ベルジェール》(1893)、ジュール・シェレ《「ルイーズ・バルティ公演」アルカザール・デ・テ》(1893)

 とりわけロートレックは、自らもモンマルトルの歓楽街に深く身を置きながら、その世界を描き続けた画家だ。《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》(1891)や《ディヴァン・ジャポネ》(1893)では、踊り子や歌手だけでなく、観客のシルエットや舞台照明までもが画面の重要な要素として扱われる。岩瀬は、「ロートレックはカフェ文化そのものに没入していたからこそ、独自の表現を生み出すことができた」と語る。

展示風景より、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《アリスティド・ブリュアン》、《アリスティド・ブリュアン、彼のキャバレーにて》(いずれも1893)

 いっぽうで、同じくモンマルトルに暮らしたゴッホは、歓楽街の熱気そのものではなく、その周辺に広がる風景に目を向けた。本展に出品される《モンマルトルの風車》(1886)は、近代化によって本来の役割を失いつつあった風車を描いた作品であり、都市の変化を静かに見つめる画家のまなざしを伝えている。

展示風景より、右はフィンセント・ファン・ゴッホ《モンマルトルの風車》(1886)

パリからバルセロナへ。カフェがつないだ芸術家たち

 第3章では、パリとバルセロナを結ぶ芸術家ネットワークに光を当てる。中心となるのは、1881年にロドルフ・サリスが開いたキャバレー「シャ・ノワール(黒猫)」だ。詩の朗読や音楽、美術展示に加え、アンリ・リヴィエールによる影絵芝居が人気を博し、ピエール・ボナールやフェリックス・ヴァロットンらナビ派の画家たちにも影響を与えた。テオフィル・アレクサンドル・スタンランによる有名な《シャ・ノワール巡業公演》(1896)のポスターも展示される。

 本展の大きな見どころのひとつが、スペイン・ムンサラット美術館から来日したラモン・カザス《マドレーヌ》(1892)とサンティアゴ・ルシニョル《カフェ・デ・ザンコエラン》(1889-90)だ。日本初公開となる《カフェ・デ・ザンコエラン》は、19世紀末のバルセロナで展開した芸術運動「ムダルニズマ」を代表する作品であり、パリのカフェ文化がスペインへと伝播していく様子を示している。

展示風景より、右からラモン・カザス《マドレーヌ》(1892)、サンティアゴ・ルシニョル《カフェ・デ・ザンコエラン》(1889-90)

 そして、このバルセロナの芸術家たちが集ったカフェ「クアトラ・ガッツ」に若きピカソも通っていた。1900年、同店で初個展を開いたピカソは、その後パリへ渡り、ロートレックらから強い影響を受ける。本展では《カンカン》(1900)と《酒場の二人の女》(1902)を並置し、華やかなカフェ文化との出会いが、やがて「青の時代」へと向かう転機になったことを示している。

 印象派誕生の舞台となったカフェ・ゲルボワから、モンマルトルのキャバレー、そしてバルセロナのクアトラ・ガッツへ。本展は、芸術家たちが作品を制作した「結果」だけでなく、その背後にあった交流や議論、出会いの場としてのカフェ文化に焦点を当てる。教科書では語られにくい近代美術のネットワークをたどりながら、印象派からピカソへと連なる創造の系譜を再発見する機会となりそうだ。

展示風景より、左はアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《エルドラド、アリスティド・ブリュアン》(1892)