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2026.6.13

美術館が「服」を着替えるとき──金沢21世紀美術館のユニフォームがつなぐ、20年の思想と時代の体現

2024年に開館20周年の節目を迎えた金沢21世紀美術館は、2025年2月、受付や監視スタッフのユニフォームをリニューアルした。歴代ユニフォームの変遷を辿るとともに、新ユニフォームを手がけたCFCLの代表兼クリエイティブディレクター・高橋悠介への取材を通じて最新デザインの背景に迫る。ミュージアムユニフォームというメディアを介して、同館がこの20年で体現しようとしてきた姿勢とはどのようなものなのか。※6月14日24時まで、すべての方に全文お読みいただけます。

文・取材=大橋ひな子(編集部)

金沢21世紀美術館の新ユニフォーム
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20周年を記念してリニューアルされたミュージアムユニフォーム

 金沢21世紀美術館が、開館20周年という大きな節目を迎えた。このタイミングに合わせ、2025年2月、同館の受付や監視スタッフが着用するミュージアムユニフォームが全面的にリニューアルされた。

 一般的に、美術館を訪れた来館者が最初に接点を持つのは館内スタッフである。そのため、スタッフが身にまとうユニフォームは、館の第一印象を規定する要素としても機能する。毎日様々な人が訪れる公的な「文化空間」において、スタッフの装いが更新されるということは、たんなる機能面のアップデートにとどまらない。そこには、美術館がその時代においてどのようなメッセージを外部へ発信しようとしているかという、思想的な意図が伴うものだと言える。

 ここでは、20周年を迎えた同館がユニフォームを刷新したプロセスを追いながら、歴代ユニフォームの変遷の比較を通じて、同館がこの20年間、衣服というメディアを用いて提示しようとしてきた「美術館の在り方」を紐解いていく。

ユニフォームは情報発信のツールのひとつ

 同館において、ユニフォームは美術館のビジュアル・アイデンティティを形成し、館のブランディングを外部へ伝えるための情報発信ツールのひとつとして捉えられている。

 しかも、SANAAが手がけた円形の建物は、全面ガラス張りで外からも館内の様子がクリアに見通せる。街を行き交う人々にとっても、そこで働くスタッフの装いは、外から見える「美術館の風景」そのものを構成する大きな要素となる。

 同館の総務部広報課の落合博晃は、ミュージアムユニフォームを、「その時代ごとの美術館のあり方や時代の雰囲気を体現するもの」と表現する。その言葉からは、ユニフォームの刷新は館の姿勢の更新の契機とも捉えられる。それでは、今回で3着目となる同館のユニフォームは、開館以来どのような変遷を辿ってきたのだろうか。

20年を彩ったユニフォームの変遷

 同館は、2004年の開館時、そして10周年記念という節目ごとに、その時代のテーマに沿ったユニフォームに新調してきた。

ISSEY MIYAKEによる初代のユニフォーム

 開館時のユニフォームを手がけたのは、ISSEY MIYAKE(滝沢直己)である。開館記念展「21世紀の出会い−共鳴、ここ・から」に三宅一生が作品を出展していた縁が、その起用の背景にある。「ジェンダーフリー」というキーワードのもと、性別を問わないベストやジャケットなど3種のスタイルが用意され、素材には軽量のナイロンが採用された。表地が薄紫のものの裏地にビビッドなピンクをあわせるなど、折れジワのあるテクスチャーから裏の色が透けて見える、透明感のある視覚効果が特徴であった。さらに5色のカラーバリエーションを展開し、スタッフが毎朝その日の気分で着用する色を選択できるシステムを導入した点も特徴的である。  

 ここには、「ユニフォームが着用者の個性を覆うのではなく、それぞれの個性を引き立て、袖を通したときに美術と触れあったときのような楽しさを感じてもらいたい」という、滝沢直己の衣服に対する思想と願いが反映されていた。

 続く2014年の10周年の際に手がけたのは、minä perhonen(ミナ ペルホネン)の皆川明である。2010年に同館で個展「ミナ ペルホネン The future from the past 未来は過去から」を開催したことが起用のきっかけとなった。 

minä perhonenによる2代目のユニフォーム

 「調和」や「自然との融合」というキーワードのもとデザインされたユニフォームは、パッチワーク柄を採用しており、衣服ごとに柄の配置がわずかに異なる仕様となっていた。「違っていることで調和する」という人と人の関係性から着想を得たデザインであり、スタッフの姿が館内において光や風のように自然に映り込み、空間に調和することを目指して設計された。

 また、皆川は「この制服は着続けるなかで綻び、擦れてきたときにはそこにパッチワークをし、直しながら着つないでいくことを前提にしている。そのパッチワークはときの軌跡であり人の記憶である」と語っている。資源の循環を重要視しつつ、これから先美術館が紡いでいく10年を見据えたデザインとなっていた。

最新ユニフォームの細部に宿る、美術館のアイデンティティ

 2024年、20周年の節目に誕生した3代目のユニフォームは、高橋悠介率いるCFCLがデザインを手がけた。今回は、同館の建築的特徴と、現代における機能性をかたちに落とし込んだ設計となっている。高橋が「建築との調和と、空間との相性をとくに意識した」と語る通り、ベースカラーには、少しブルーがかって見える同館の建築に特徴的な連続窓などの色彩が採用された。さらに、建物を支える支柱に見立てた、同館のアイコンカラーである鮮やかな「オレンジ」のストライプが背中のデザインに施されている。これによって、来館者の作品鑑賞を妨げない配慮を保ちつつも、スタッフであることを遠方からでも識別できる、ユニフォームとしての高い視認性を両立させた。

新ユニフォームのコート
背中にはオレンジ色のラインが入っている

 また、衣服としての実用面においても細かな設計がなされている。10年間の着用に耐えうる物理的な耐久性を意識しながら、多種多様な体型・年齢のスタッフ全員が着用できるよう、サイズ展開にも異なるアプローチを取っている。コートは2サイズに絞り、夏用のTシャツでは、あえてワンサイズ(1サイズのみ)のオーバーサイズに設計することで、着用者の体型を選ばないシルエットを実現している

ポシェットもユニフォームの一部に

 さらに、現場のスタッフとの対話に基づき、A5サイズのノートや館内マップ、トランシーバーが出し入れしやすい大容量のパッチポケットを配置。業務上必要なものを持ち運びしやすくするためにポシェットも用意した。カウンターに座って接客する際にも衣服のシルエットが崩れないよう深くスリットを入れるなど、細部に至るまで現場の業務状況に最適化された仕様となっている。

新たな一着が誕生するまで

 このデザインの採用背景には、美術館側が新たな選定基準を導入したという取り組みがある。過去2回のユニフォーム選定においては、いずれも同館での展覧会の開催や発表といったつながりを持つデザイナーが起用されてきた。しかし、今回の20周年のリニューアルに際しては、協働の有無にかかわらず、「現在の時代状況において美術館が提示すべきコンセプト」を重視するという、これまでとは異なるアプローチがとられた。

 リニューアルプロジェクトは2024年5月中旬、学芸部内から広く意見を募るかたちで開始された。そのなかで、地球環境や社会課題に対してアプローチを試みるCFCLの姿勢に複数の推薦が集まり、翌6月に同ブランドへの依頼が決定。この打診に対し高橋は、同館の20周年という節目の大役であったことや、高橋自身が学生時代から同館に何度も足を運んでおり、日本を代表する美術館として強い思い入れを抱いていた背景から、このオファーを快諾したという。

 同年7月にCFCL側から提示された複数のデザイン案に対しては、館内メンバーが実際に検証し、話し合いを重ねて合意形成を図るプロセスが踏まれた。候補者の選定開始から約2ヶ月半というスピードでデザインが最終決定され、その後の制作期間を経て、2025年2月より現場での着用が開始されている。

ファッションという鏡が映し出す、美術館の未来への意志

 「ファッションとは、社会情勢やライフスタイルの変化をそのまま写し込む鏡のようなもの」と高橋は語る。近年のリモートワークの普及や働き方の多様化に伴い、人々の装いは合理性を伴いながらカジュアル化の動きをたどってきた。ネクタイの着用やヒールのある靴といった従来の制約が減少するいっぽうで、着心地が良く柔軟性のあるTシャツやニット素材が選択される傾向が定着しつつある。従来は、フォーマルな接客を伴う業務でニットやTシャツが制服として採用される事例は極めて限定的であった。しかし、CFCLが持つ技術とデザインのアプローチは、ニット素材を用いながらも、来館者に対する敬意や品格を保持する衣服のあり方を実証している。

 個性の尊重が基本となる現代において、ユニフォームが果たす役割は「全員を一律の枠に統率する記号」から、「その組織のメッセージ性や姿勢(アティチュード)を示すための媒体」へと移行しつつある。衣服が着用者のアティチュードを示すものであるならば、ユニフォームは組織としての姿勢を視覚的に伝達する機能を担う存在だと言えるだろう。

 また今回キーワードとなった「環境配慮(サステナビリティ)」について高橋は、「意識的に取り組むもの」としてではなく、現代社会において「意識せざるをえないもの」として存在していると指摘する。

 そうした社会の要請を反映したユニフォームを、パブリックな空間である美術館が選択し、スタッフがそれを着用して来館者を迎えるというアプローチ──高橋はこれを「カジュアル化の進行やサステナビリティの追求が交差する『これからの社会の在り方』を先取りし、社会に向けてその姿勢を提示するという、美術館側の明確な意思表明とも捉えられる」と語る。

 開館時の「ジェンダーフリー」から、10周年の「調和・自然との融合」、そして20周年の「サステナビリティ」へ。同館における3世代のユニフォームの変遷は、美術館がそのときどきの時代精神を反映させながら展開してきた20年の歩みそのものである。美術館がユニフォームを刷新するということは、空間における視覚的要素の更新にとどまらず、新しい時代に向けた美術館の思想を提示することに直結している。CFCLの衣服を身にまとったスタッフが行き交う同館の風景は、これからの10年、来館者に対して新たな社会の在り方とその視座を示し続けることになるだろう。

 美術館のメッセージや姿勢を示すための媒体として機能する「ミュージアムユニフォーム」。金沢21世紀美術館の事例をひとつの契機として、全国各地にあるいろんな美術館のユニフォームとその背景にある思いにも目を向けてみたい。