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2026.3.11

山中温泉の老舗旅館「花紫」の思想を反映。金沢に新たな現代美術ギャラリー「YAMADART」がオープン

加賀市の山中温泉の老舗旅館「花紫」と連携した現代美術ギャラリー「YAMADART」が、3月7日、石川県金沢市にオープンした。こけら落としは、ニューヨークを拠点に活動するアーティスト・更谷源による個展「TAMA」。会期は4月19日まで。会場をレポートする。

文=王崇橋(編集部)

更谷源「TAMA」展の展示風景より 撮影=編集部
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 石川県金沢市に3月7日、新たな現代美術のギャラリー「YAMADART」がオープンした。こけら落としとして、ニューヨークを拠点に活動するアーティスト・更谷源による個展「TAMA」が開催中。会期は4月19日まで。

 更谷は1980年生まれ。漆芸家の家に生まれ、父・更谷富造のもとで技術を学んだのち、東海大学で芸術とデザインを学び、京都で漆芸家・竹田省に師事した。2012年にニューヨークへ拠点を移して以降、漆の可能性を拡張する立体作品を発表している。

 更谷にとって日本で初となる本展では、大小様々な漆の球体作品が展示されている。ギャラリー1階では、直径約2メートルの漆による球体作品を中心に展示。3階では、直径7センチから72センチまで、黒と赤の2種類の漆の球体を組み合わせたインスタレーションが展開されている。

展示風景より、「TAMA」シリーズ(2025-26) 撮影=編集部

 更谷は本展の開幕に際し、「丸という極めてシンプルな形態は、誰が見ても直感的に美しさを感じることができる。いっぽうで、完全な球体を漆によって制作することは高度な技術を要する。漆を専門とする職人から見ても難易度が高く、そして鑑賞者にとっては直感的に魅力が伝わるものといえる」と語る。

 作品は、丸みのある芯材に麻布を貼り込み、漆と錆を何層にも重ねながら形を整えていく「乾漆」の技法によって制作されている。仏像制作にも用いられてきた伝統技法であり、型を使わずすべて手作業で制作される。各層ごとに研磨を施し、さらに数層の仕上げ塗りを重ねることで完成するため、1点の制作には数ヶ月を要するという。

展示風景より、《TAMA 10》(2025-26) 撮影=編集部

 漆は、日本、中国、東南アジアに自生するウルシの木の樹液から採取される天然素材であり、特定の温度と湿度条件下で化学反応を起こして硬化する。形成された塗膜は非常に強靭で、環境条件によっては1000年以上の耐久性を持つとも言われる。更谷はこうした素材の特性に着目し、「自分がつくった作品が1000年後、2000年後にも残る可能性がある。作品はある意味でタイムカプセルのような存在でもあり、未来へと技術を伝える媒介となりうる」と述べる。

 漆の表面は一見すると深い黒色に見えるが、実際には透明な漆を何層にも塗り重ねることで生まれる色であり、光の当たり方によって内部のテクスチャーがほのかに透けて見える。また、漆は時間の経過とともに色が変化する性質を持ち、年月を経ることで表情が変わっていく。鑑賞者は、作品を長い時間のなかで味わうことになる。

 更谷が現代美術という文脈で漆作品を制作する背景には、漆産業の現状に対する問題意識もある。家庭で漆器を日常的に使う文化が薄れ、伝統工芸だけでは産業を維持することが難しくなっているなか、現代美術という領域で漆の新たな可能性を提示することで、素材そのものの価値を広げたいと考えているという。「本物の漆に触れる機会を増やすことで、人々が漆の良さを感じ取れるようになる。そうした体験を通じて、漆の美しさや価値を少しずつ伝えていくことができればと思っている」。

展示風景より、《TAMA 19-20》(2025-26) 撮影=編集部

温泉文化から現代美術へ

 YAMADARTの思想的なルーツとなるのは、石川県加賀市・山中温泉にある老舗旅館「花紫」だ。花紫は創業120年以上の歴史を持つ宿であり、現在は六代目当主の山田耕平が運営を担う。山田は10代の頃からストリートアートに関心を持ち、サンフランシスコのアカデミー・オブ・アート大学で写真を学んだ経験を持つ。帰国後はその感性を生かし、2022年より花紫の大規模なリニューアルプロジェクトを始動させた。

山中温泉 花紫のエントランス 画像提供=山中温泉 花紫

 同館のリニューアルは「SIMPLICITY」とともに段階的に進められ、現在は、ロビーとスイートルームのフロアの改修が完了している。館内には現代美術や工芸作品が随所に展示されており、入口付近のギャラリーでは現在、山中温泉にアトリエを構える陶芸家イド・ファーバー(Ido Ferber)と木工家ラベア・ファーバー(Rabea Ferber)の作品が紹介されている。旅館は、地域に根差した作家の活動を発信する場としての役割も担っている。

4階のロビー 画像提供=山中温泉 花紫

 館内にはライブラリーやショップ、茶房などの公共スペースも整備され、これらの空間は地域文化を紹介するショールームのような位置付けとなっている。展示作品の約8割は石川県および北陸地域のアーティストによるもので、宿泊客が作品に興味を持った場合には作家を紹介する仕組みも整えられている。

ライブラリー 画像提供=山中温泉 花紫
茶房 画像提供=山中温泉 花紫

 客室からは、松尾芭蕉が『おくのほそ道』で詠んだ鶴仙渓の景観を望むことができる。自然の雄大さを取り込んだ客室内には、山中温泉ならではの穏やかな時間が流れる。伝統的な旅館の趣と現代的なデザインが融合した空間は、自然と文化、そしてものづくりが交差する場所として構想されている。例えば2024年に完成した、石川県のアーティストとの協働による「アートスイート」では、ガラス作家・佐々木類らの作品が設置されており、山中温泉の自然環境を取り込んだ作品が展示されている。

アートスイートの様子 画像提供=山中温泉 花紫
アートスイートで展示される佐々木類の作品 画像提供=山中温泉 花紫

 YAMADARTは、こうした「花紫」の文化的取り組みの延長線上に位置づけられている。ギャラリーは「窓」というコンセプトを掲げており、山田は「このギャラリーが山中温泉と金沢をつなぐ窓となり、新しい文化の往来を生み出す場所になればと考えている」と語る。

 また山田は、「石川県には金沢21世紀美術館をはじめとする優れた美術環境があるいっぽうで、作品を実際に購入できる現代美術のギャラリーは決して多くない」と指摘する。鑑賞だけで終わるのではなく、作家の活動を支える市場としての機能を持つ場所をつくりたいという思いも、今回のギャラリー開設の背景にある。

和室の様子 画像提供=山中温泉 花紫

 温泉地に根付く創造の文化と都市のアートシーンを結ぶ新たな試みとして、YAMADARTと花紫の活動は今後も注目を集めそうだ。