2026.3.2

「戦後80年 戦争と子どもたち」(郡山市美術館)レポート。子供を見つめる眼差しに潜む、画家たちの本音と葛藤

福島県郡山市の郡山市美術館で、「戦後80年 戦争と子どもたち」が開催されている。会期は3月22日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=三澤麦(編集部)

「戦後80年 戦争と子どもたち」の展示風景。手前は、水原房次郎《夏の夜 戦果をきき入る少年達》(1942)
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 福島県郡山市にある郡山市美術館で、企画展「戦後80年 戦争と子どもたち」が開催されている。会期は3月22日まで。本展は板橋区立美術館(2025年11月8日〜2026年1月12日)からの巡回で、新潟市美術館(4月11日~5月31日)でも開催される。郡山市美術館の担当学芸員は、同館の塚本敬介。

 1945年の終戦から2025年で80年。全国の文化施設では、昨年から今年にかけて戦争をテーマとした展覧会が数多く開催されてきた。戦地の様子や当時の国民の生活を伝える戦争画は数多く存在するが、本展はそのなかでも、戦時中に描かれた子供たちの姿や、子供たちによる表現に焦点を当てているのが特徴だ。

 展示は、本格的な戦争に入る1930年代から敗戦後の1940年代後半まで、時系列に沿った全5章で構成される。第1章「童心の表象」では、大正時代の自由主義的な空気の影響を受けた、無邪気な子供たちのイメージを追う。ここでは絵画作品から、街頭で子供たちを夢中にさせた紙芝居までが紹介され、当時の子供観の変遷をたどることができる。

第1章「童心の表象」の展示の様子
手前から、相澤道郎脚本/寺田政明画『小鴨の引越し』(1942)、作者不明「チョコレートと兵隊」手描き複製版

 やがて1930年代後半、日中戦争の長期化により社会が変容すると、子供を主題とした作品にも時代の影が差し込み始める。第2章「不安の表象」では、子供たちの姿を描きながらも、戦争による閉塞感や不安を投影したかのような作品が展示されている。

 例えば、香月泰男による《水鏡》(1942)では、将来ある子供と枯れ果てた植物が同じ画面に描かれ、不穏な対比をなしている。また、同館所蔵の今西中通《子供を抱く女》(1943)は、我が子を抱きながらも、その行く末を案じるような母親の眼差しが印象的だ。

 興味深いのは、軍国主義のもとでシュルレアリスムや抽象表現が検閲対象となっていた時代に、具体美術協会の創設者・吉原治良がその作風を抽象から具象へと変化させていったことがわかる作品も展示されている点だ。また、長野県上田市の「無言館」から借用された作品も出展されており、将来有望でありながら若くして戦地で散った作家たちの存在も感じ取れる。

左から、今西中通《子供を抱く女》(1943)、香月泰男《水鏡》(1942)
左から、石井正夫《模型建艦》(1943)、吉原治良《防空演習》(1944-45)

 1940年代に入り戦争が激化すると、国全体が総力戦体制へと突入していく。第3章「理念の表象」では、その影響が教育や日々の暮らしにまで浸透した様子が描かれる。

 北川民次《作文を書く少女(慰問文を書く少女)》(1939)は、少女が戦地の兵士に送る慰問文を書く姿を描いているが、その表情は晴れず、手元の紙は白紙のままだ。子供の日常を描きながらも、北川がそこに忍ばせた反戦のメッセージが読み取れる。

 また、会場には当時の教科書も展示されている。これらは1945年の敗戦後、GHQの指導により軍国主義的な記述が黒塗りにされた。

左から、北川民次《作文を書く少女(慰問文を書く少女)》(1939)、作者不明《慰問袋》(1943)
戦時中に使用されていた教科書

 さらにこの章では、銃後を守る女性たちの姿にも光が当てられる。赤十字の従軍看護婦として戦地へ赴く女性や、軍需生産・農作業に従事する子供たちの記録は、戦争がいかに個人の生活を侵食していったかを物語っている。

第3章「理念の表象」の展示風景
『婦人倶楽部』などの女性誌にも、家庭における戦時体制の在り方や戦時中の手本となるような女性の姿が掲載されていた

 戦争の記録や戦意高揚のための表現とは一線を画し、子供をひとりの人間として、あるいはその自由な感性を尊重して描いた作品を集めたのが、第4章「明日の表象」だ。表現の制約が厳しい時代にあっても、画家たちは純粋な子供たちの姿に、絵を描くことの本来の意味や希望を見出そうとしていたのだろう。

第4章「明日の表象」の展示風景
左から、松本竣介《りんご》(1944)、麻生三郎《一子像》(1944)、吉井忠《少女像》(1942)

 最終章となる第5章「再建の表象」では、戦後の焼け野原と、そこから立ち上がる子供たちが描かれる。親を亡くした孤児たちの姿は「戦争は本当に必要だったのか」という根源的な問いを見る者に投げかける。同時に、復興の象徴として描かれた彼らの姿には、未来へのかすかな光が宿っているようでもあった。

第5章「再建の表象」の展示風景

 自由や未来の象徴とも言える子供たちが、当時の大人たちにどう見つめられていたのか。その視線を通じて、当時の画家たちが抱えていた葛藤や本音までもが垣間見える、示唆に富んだ展覧会であった。