2026.2.22

「キュンチョメ 100万年の子守唄」(滋賀県高島市)開幕レポート。水の街を水と巡り「愛」と向き合ってみる

滋賀県立美術館が開始した、琵琶湖の湖北地域を舞台とする新たな現代美術プロジェクト「Art Spot in Kohoku(ASK)」。その第1弾となる、アーティストユニットのキュンチョメを招聘した展覧会「キュンチョメ 100万年の子守唄」が、高島市勝野地区(通称・大溝地域)で開幕した。会期は4月19日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(編集部)

かつて和菓子店だった旧福井盛弘堂「つながりの家」の台所に展示風景されている《あいまいな地球に花束を》(2025)
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 滋賀・大津市の滋賀県立美術館による、琵琶湖北部の湖北地域を舞台にした新たな現代美術プロジェクト「Art Spot in Kohoku(ASK)」。その第1弾となるアーティストユニット・キュンチョメによる展覧会「キュンチョメ 100万年の子守唄」が、高島市勝野地区(通称・大溝)で開幕した。会期は4月19日まで。担当は同館学芸員の真山陽理子。

中田家住宅旧米蔵「治癒の家」の外壁に展示されている《あなたの傷が癒えますように》(2025)

 キュンチョメはホンマエリとナブチによるアーティストユニット。2011年の東日本大震災を機にアーティストとしての活動をスタートした。制作行為を「新しい祈り」ととらえるキュンチョメは、様々な社会問題や自然災害をテーマとする作品を発表。そこに関わる人々と正面から向き合うことで、複雑に絡まる感情や交錯する意見を反映させながら作品を展開させてきた。近年ではハワイやフィリピンに滞在し、現地での経験を創作に活かしている。2023年には美術館での初個展となる「魂の色は青」を富山の黒部市美術館で開催した。

キュンチョメのホンマエリ(左)とナブチ(右)。会場にて

 「ASK」は、高島市、米原市、長浜市の3市を会場に、3年度にわたって展開されるシリーズ企画。各地域に根差した風景や歴史、生活文化と現代美術を接続することを目的としている。

 高島市は、琵琶湖の西岸にあり、JR京都駅から湖西線で1時間ほど。今回会場となった大溝は市の南部に位置する、戦国自体に織田信長の甥・織田信澄によって築かれた城下町だ。古くから水路や内湖を利用したまちづくりが行われており、歴史ある街並みが残る。本展はこの街中にある旧福井盛弘堂、中田家住宅旧米蔵、林家住宅旧米蔵の3会場で行われている。

大溝の市街地。中央を水路が流れており、生活道路のなかに琵琶湖の水が入り込んでいる

 キュンチョメは本展を大溝で実施する意義について、次のように語った。「初めて大溝を訪れたとき、水に包容されている場所だと感じました。水は普段生活していると当たり前に存在するものですが、本来、水と出会うということは奇跡的なこと。この街を世界の『愛』である水を受け取ることができる場所ととらえ、『愛』を受け取るために鑑賞者が身体をチューニングできるような個展にしようと考えました。展示を見てチューニングした身体で、ぜひこの街を散歩し、あふれる愛を感じてほしいです。主役は私たちの作品ではなく、きっとこの街であり、街を通して自分たちが循環の一部であるということを意識してもらえれば」。

かつて和菓子店だった旧福井盛弘堂「つながりの家」の台所に展示風景されている《あいまいな地球に花束を》(2025)

旧福井盛弘堂「つながりの家」

 第1会場となっている旧福井盛弘堂は、50年前まで和菓子店として営業していた。竹の皮で包んだ「丁稚羊羹(でっちようかん)」を看板商品に、地域で長く親しまれてきましたものの、素材の要である井戸水の質の変化によって、暖簾を下ろすことを余儀なくされた。キュンチョメは設営中、この店のかつての顧客だった地域住民から「本当においしい羊羹だった」という話をよく聞いたという。閉業して50年を経てもなお、地域の人々の記憶に残る店だ。

旧福井盛弘堂「つながりの家」。屋根に刻まれた「水」の文字は火災から建物を守るための「少除け(ひよけ)」のまじない

 キュンチョメはここを「つながりのいえ」と名づけ、「愛」を受け取る場所として機能させる。玄関の大型スクリーンで上映されているのは、《金魚と海を渡る》(2022)だ。愛玩用として狭い水槽のなかで育てられる金魚は、淡水魚であり大海を泳ぐことは決してできない。しかしホンマは金魚をビニール袋に入れ、それを手にしながら金魚と海を泳いだ。金魚の姿に抑圧されてきた女性の姿も重ねながら、海のなかで金魚と人間のあいだに生まれた小さな「愛」を表現している。

《金魚と海を渡る》(2022)。金魚を入れたビニール袋を前に掲げながら泳ぐホンマエリ

 畳の小上がりをはじめ、本会場のいたるところで展示されているのが新作の写真作品《ライフ・イズ・ビューティフル》(2025)だ。ハートが半分になった形状の植物を探し出し、もう半分を片手で加えることで、完全なハート形をつくり出し撮影する本作。普段は見過ごしてしまう道端の植物に「愛」の象徴であるハートをつくり出そうとする試みだ。

《ライフ・イズ・ビューティフル》(2025)。植物のツルと手を合わせることでハートをかたちづくる

 また、旧福井盛弘堂の内部には小豆を煮るためのかまどや薪、餡を量った天料はかりといった設備のほか、羊羹の包みや箱、製造のための道具などが残る。キュンチョメはそれらをひとつの場所に集め、《ライフ・イズ・ビューティフル》の写真を添えた。店が歩んできた時間への愛しみが、小さな祭壇のように表現されている。

集められた羊羹づくりの道具と《ライフ・イズ・ビューティフル》

 会場の窓際には《ヘソに合う石》(2023)を展示。一日中フィリピンの浜辺に寝そべって海を見ていたホンマは、傍らに落ちていた石が自分のヘソにぴったりとはまることに気がついたという。「ヘソは母体とのつながりが絶たれた跡であり、ひとりで生きていくことの寂しさの象徴」と語るホンマ。太陽の熱を帯びた石をヘソに乗せると、そのぬくもりが腹部から自分を通り抜け、地球とつながっていくような体験を得られたという。今回の会場では、会場近くにある琵琶湖の名勝・萩の浜で探してきた、新たな「ヘソにぴったりな石」も展示されている。

《ヘソに合う石》(2023)のドローイングと萩の浜で拾ってきた石

 かつて台所だった空間では、新作《あいまいな地球に花束を》(2025)が展示されている。キュンチョメは世界中の様々な人々に、各々の頭のなかにある世界地図を描いてもらった。各国で生きる人それぞれの世界観が現れた地図を、地球儀状の花瓶に写し、それぞれに花を一輪ずつ生ける。外光が注ぐ薄暗い台所のなかで、いくつもの世界地図が青く光っている。各地域の人々の主観で描いた世界地図は曖昧だが、キュンチョメはこの曖昧さを肯定的にとらえている。一人ひとりの地球のあり方が共存する「愛」が溢れた曖昧さだ。

《あいまいな地球に花束を》(2025)。台所のいたるところに地球儀型のガラスと一輪の花が置かれている
《あいまいな地球に花束を》(2025)と店舗内に残されていた酒器

中田家住宅旧米蔵「治癒の家」

 第2会場の中田家住宅旧米蔵は「治癒の家」と名づけられている。「愛」はときに人を傷つけることもある。いっぽうで、傷ついた誰かを治し、癒やす「愛」のかたちもある。「愛」の多義性がここでは表現されている。

中田家住宅旧米蔵「治癒の家」。外壁には《あなたの傷が癒えますように》(2025)が展示されている

 会場の外壁や物置には野良犬たちの写真を使用した新作《あなたの傷が癒えますように》(2025)が展示されている。なんらかの理由で体毛を失ってしまった野良犬たちの毛を、刺繍をすることで補うという作品。「刺繍をしている時間は、自らも治癒されるようだった」と語るホンマ。会期中の4月19日にはキュンチョメと犬の写真に刺繍をするワークショップも開催予定だ。

《あなたの傷が癒えますように》(2025)。金色の糸で野良犬の抜けた毛を治療している
《あなたの傷が癒えますように》(2025)が並ぶ物置

 米蔵の内部で上映されている新作《Ghost in the ocean》(2025)は、海中を漂うゴミを題材とした作品。キュンチョメは海の中を漂っていたプラスチックゴミを回収し、をれを人型に切って、ふたたび海中を漂わせる作品にした。海の中を漂っているプラスチックは、循環に加われずに何年も彷徨い続ける存在だ。キュンチョメはその姿に、環境問題を超えた現代の人間の孤独を見出したという。魚群にも交われず、儚く寂しげに漂うその姿は、ときに美しいとも感じられる。

《Ghost in the ocean》(2025)。人型のビニールゴミが青い海を漂う

林家住宅旧米蔵「祈りの家」

 第3会場の林家住宅旧米蔵は「祈りの家」と名づけられた。ときに無意味なものとされがちな「祈り」だが、キュンチョメはこの「祈り」は絶望の先を照らすために手放せない「愛」として位置づけた。

林家住宅旧米蔵「祈りの家」。重厚な扉を持つ米蔵

 蔵の中で上映されている映像《海の中に祈りを溶かす》(2022-23)は、海に沈んでいくホンマが祈りや願いを何度も唱える作品。水中なのでその声は響かないが、海面に向かって昇っていく泡を見ていると、それがいつか、どこかの誰かに届くかのような印象を受ける。

《海の中に祈りを溶かす》(2022-23)。米蔵の天井高を活かした縦長のスクリーンが海の深さを体感させる

 蔵の外にある《一粒の琵琶湖と歩く》(2026)は、本展の締めくくりにふさわしい作品と言えるだろう。器には琵琶湖の水が入っており、スポイトでそれを吸い上げて指に載せることができる。一粒の琵琶湖の水とともに街を歩き、そして琵琶湖に返す。水とともに生きてきた土地を、身体で感じることができるはずだ。

《一粒の琵琶湖と歩く》(2026)。スポイトで琵琶湖の水を吸い上げ、手に取ることができる

 街の歴史を、「愛」という素直な言葉ですくい取り、作品を展開したキュンチョメ。正面からとらえるには少しの気恥ずかしさもあるこの言葉だが、水滴を指に乗せながらたどり着いた琵琶湖の雄大な景色を見ていると、その言葉で表すべきものが、本当は身の回りにもたくさんあることに気付かされる。

大溝漁港。明治維新までは琵琶湖を行き交う多くの帆船が出入りして賑わったという