2025.12.23

ろう者と聴者が出会う舞台『黙るな 動け 呼吸しろ』レポート。ろう文化と聴文化、その境界に立つ

11月29日、東京・上野の東京文化会館大ホールで「ろう者とろう文化に対する社会的認知」と「ろう者と聴者が互いに共通理解を図ること」を目的とした舞台作品『黙るな 動け 呼吸しろ』が上演された。舞台の内容や観客の様子をレポートするほか、総合監修を務めた日比野克彦(東京藝術大学学長)と、構成・演出を務めた牧原依里(映画作家 / 演出家)のふたりのコメントもあわせて掲載する。

文=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部) 写真提供=アーツカウンシル東京(撮影=加藤甫、川島彩水)

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 11月29日、東京文化会館大ホールにて、舞台作品『黙るな 動け 呼吸しろ』が上演された。

 本公演は、東京都のアートプロジェクト「TOKYO FORWARD 2025 文化プログラム」の一貫であり、「ろう者とろう文化に対する社会的認知の向上」と「ろう者と聴者が相互に理解を深めること」を目的として制作されたものだ。総合監修を東京藝術大学学長の日比野克彦が、演出を牧原依里と島地保武が、ドラマトゥルクを雫境(だけい)と長島確が務めている。

 当日は、聴文化・ろう文化それぞれを背景に持つ多様な人々が一堂に会し、会場では音声ガイドや字幕タブレットの予約貸出も行われていた。

本公演タイトルの「黙るな 動け 呼吸しろ」では、言葉を喋ることで表現する聴者と、身体言語である手話を用いて表現するろう者、そして両者に共通する“生きる”ということを表していると総合監修の日比野は語る
今年2月に実施された記者発表の様子。左から、長島確(ドラマトゥルク)、雫境(ドラマトゥルク)、牧原依里(構成・演出)、日比野克彦(総合監修)、島地保武(演出・出演)
ストーリー

まわりを霧に囲まれたまち。
建国記念日の式典が行われている。
そこへ1人の男、チャトが迷い込んでくる。
霧を抜けて別のまちからやって来たのだ。

この《霧のまち》は、浮遊し移動するまちである。
音という概念がない世界で、言語は身体だ。
独自の文化が発達し、あらゆるものがこのまちの住人に便利なようにできている。
長い年月のなかで周期的に「もうひとつのまち」に近づくが、霧に遮られ、互いに知らない。
迷い込んできた男は、「オンガク」を伴う式典の様子に見とれる。
やがて住人3人と親しくなり、このまちで暮らすようになる。

2年が過ぎ、男は3人を「もうひとつのまち」へ誘う。
そのまちの名は《百層》。
一極集中が進み切った超高層巨大都市である。
音の文化が発達し、言語も音声である。
一方で、人口過密ゆえに騒音問題が深刻化し、極度に静寂が求められている。

2年ぶりに戻った男は、3人にまちを案内する。
《百層》のさまざまな住人との出会いを通して、
やがて4人はコンサートに参加することになる……

(公式ウェブサイトより引用)

「霧のまち」──「ろう者」「聴者」も存在しないユートピア

 公演は前半・後半の二部構成で、上演時間はおよそ3時間半に及ぶ大作であった。前半では、音という概念が存在しない「霧のまち」に、主人公・チャトが迷い込むところから物語が始まる。最初は住人たちから訝しげに見られていたチャトだが、身振り手振りや表情、空間を用いた身体的なコミュニケーションを通じて、少しずつ相手の言語や文化を理解し、やがて、霧のまちの住人である火の長、風の長、水の長の3人と親交を深めていく。

 前半で描かれる「霧のまち」は、「ろう者」「聴者」という区分そのものが存在しないユートピアとして設定されている。しかし、聴文化のなかで生きてきた筆者の視点からは、そこはやはり「ろう者の世界」として立ち上がって見えた。1時間以上にわたって無音の時間が続き、正直なところ、物語を十分に理解できたとは言い難い。いっぽうで、観客の半分以上を占めていた、ろう文化を背景に持つ人々にとっては、言葉や感情、さらには音楽さえもが、異なるかたちで豊かに立ち上がっていたのかもしれない。

ろう者と聴者が遭遇する舞台作品『黙るな 動け 呼吸しろ』
ろう者と聴者が遭遇する舞台作品『黙るな 動け 呼吸しろ』
ろう者と聴者が遭遇する舞台作品『黙るな 動け 呼吸しろ』

「百層」──音の文化が発達した巨大都市

 約20分の休憩を挟み、後半が始まる。前半から2年後、チャトは自身の故郷であり、音の文化が発達した都市「百層」へと戻り、霧のまちの3人を案内する。人口過密による騒音問題が深刻化した百層では、極度の静寂が求められ、住民同士が互いを監視しあういっぽう、音を発する自由を訴えるデモも起きている。都市は華やかでありながら、どこか息苦しさを孕んでいた。

 やがて縁あって、百層で開催されるコンサートにチャトと霧のまちの3人は参加し、百層の住人たちとの交流を深めていく。しかしその過程で、音の文化を前提とする百層の住人と、音という概念を持たない霧のまちの住人とのあいだに、コミュニケーションの齟齬が生じ始める。霧のまちの3人のなかでも、百層の文化に適応できる者と、そうでない者に分かれ、風の長はチャトとともに百層で生きる道を選び、残るふたりは霧のまちへ戻る決断をする。

ろう者と聴者が遭遇する舞台作品『黙るな 動け 呼吸しろ』
ろう者と聴者が遭遇する舞台作品『黙るな 動け 呼吸しろ』

 言うまでもなく、「百層」は「聴者の世界」を象徴している。百層の住人たちは、霧のまちの住人のコミュニケーションに関心を示し、理解しようと努める。しかしそのいっぽうで、無意識のうちに聴者側の価値観やイメージを押し付けてしまう場面も描かれていた。

 後半は聴者の世界が舞台であるため、音や音声言語に満ちており、筆者は難なく物語を追うことができた。おそらく、ろう文化を背景に持つ鑑賞者の多くは、前半で筆者が感じた戸惑いや置いていかれる感覚を、ここで体験していたのではないだろうか。

ろう者と聴者が遭遇する舞台作品『黙るな 動け 呼吸しろ』

聴文化とろう文化の狭間に立たされて

 聴文化のなかで生活してきた筆者は、これまで手話で会話を行う人々と日常的に交わる経験が決して多くなかった。しかし本公演では、ロビーや客席において、音声だけでなく、手話や表情、身体の動きを用いたコミュニケーションが自然に行われていた。その光景は新鮮であると同時に、自身がいかに限られた文化圏のなかで世界をとらえてきたのかを強く意識させるものだった。

 また、聴者の立場から本作を通じて強く感じたのは、「既存の社会システムは、聴者の視点を前提につくられている」という事実である。私たちは百層の住人と似た世界に生き、知らず知らずのうちに、彼らと同じ振る舞いをしているのかもしれない。本作は、そのことに気づかされるきっかけを与えてくれた。

 『黙るな 動け 呼吸しろ』は、ろう文化と聴文化の違いを示す作品ではない。むしろ、その差異によって生じる戸惑い、そして無自覚な押し付けを、観客自身の身体を通して体験させる舞台であった。ともに理解するとはどういうことか。一筋縄ではいかない、あえて答えを提示しない部分に、本作の意図を強く感じた。

 公演後、総合監修を務めた日比野と、構成・演出を務めた牧原にそれぞれコメントを求めた。以下、聴者側の視点として日比野の、そしてろう者側の視点として牧原のコメントを掲載する。

日比野克彦コメント

──総合監修として、とくにどのような点を意識して本作をつくりあげましたか?

日比野克彦(以下、日比野) まず、ろうは障害ではありません。そこには「聞く」という概念を前提としない、独自のろう文化があります。そこをどう伝えていくかという点に、とくに注力しました。それは「音を視覚として伝える」といったことや、「情報保障」の話ではありません。互いの文化の違いを認識しあうことこそが、本作の価値だと考えています。

──公演を終えてみていかがでしたか?

日比野 役者にも観客にも、ろう者と聴者の双方がいました。構成としては、前半がろう者視点、後半が聴者視点の内容だったと思います。前半と後半で、お互いに話を理解できず、ついていけない感覚があったのではないでしょうか。観客の皆さんの反応、それこそが現実なのです。自分たちの存在に気づいてもらえないろう者の立場を、聴者側が実感する機会になったのではないかと思います。

──今年2月に実施された記者発表では、本作の「再演の仕組み」について検討されていると伺いました。こちらの展望についても教えてください。

日比野 聴文化を前提とした作品であれば、台本があれば再演できますが、本作はそうはいきません。「再現できるものをどうつくるか」という目標が、企画当初からありました。牧原さんからは、手話言語を台本として映像に残すといったアイデアもいただいています。

 本作をつくり上げるうえで重要だったのは、台本だけではありません。そこに至るまでに行われたワークショップや、数多くのコミュニケーションの積み重ねがあります。このプロセス自体にも価値があるので、それも含めて再現できたらと考えています。

 また、今回舞台作品を製作するなかで、裏方にろう者が少ないという課題も見えてきました。今後は、そうした人材の育成についても考えていく必要があるかもしれません。

牧原依里コメント

──今回の公演をつくり上げるにあたって、こだわった部分や困難であった部分があれば教えてください。

牧原依里(以下、牧原) ろうコミュニティから生まれる「オンガク」の概念を、より具現化したいと考えていました。今回、主催側がその環境を丁寧に整えてくださったことで、これまでより一歩踏み込むことができたと感じています。「オンガクとは何か」をろう者同士で徹底的に考え、実践する時間を確保できたことにより、ろう芸術のひとつと言える豊穣な文化的成果が生まれました。舞台までに必ず発見かつ具現化したいと思っていた要素でもあったため、その点は大きな収穫でした。

 いっぽうで、聴者とろう者という異なる身体性と文化をもつ人々が、2年半のプロセスを通してどう歩み寄っていくのか。段取りや意識の共有方法が異なる分、擦り合わせには難しさもありました。しかし、これはどの現場でも起こりうる当然のプロセスだと私は受け止めており、決してネガティブなものではありませんでした。

──全体の構成や演出を組み立てていくうえで、どのような意見を提案したり交わしたりしましたか。

牧原 構成は主に私、長島さん、雫境さんの3名を中心に組み上げ、そのうえで島地さん、中村さん、メインキャストの皆さんの意見を取り入れながら、少しずつ「霧のまち」と「百層」の世界観をかたちづくっていきました。「霧のまち」は、聴者が持つ概念とはまったく異なる、「音」も「ろう者」「聴者」も存在しないユートピアとして設定しました。対して「百層」は、1億人が暮らす巨大なタワーマンションとして、聴者がどのように暮らし、そのなかに聴覚障害者がどう位置づけられているのか、といった設定を詰めていきました。そもそもの前提が聴者とろう者で大きく異なるため、その共有や、聴文化/ろう文化とはなにか、ろう者と聴者が同じ場所にいることの意味とはなにかについて、議論する時間も多く持ちました。

 カーテンコール後のフィナーレについては初期段階から決めていましたが、「どのようなかたちで終えるのか」という点では多くの意見が交わされました。最終的なかたちに落ち着くまでに様々な議論がありましたが、思い返すとすべてがあのフィナーレに向けた前置きだったように感じています。

──総勢50名近くの大勢の出演者と、どのようにコミュニケーションをとってきましたか。ろう者、聴者で異なるようであればそれぞれ心掛けられたことを教えてください。

牧原 今回の構成上、ろうコミュニティと聴コミュニティのチームがはっきり分かれていたこともあり、私は意図的に聴者側の演出にはあまり口を出さないようにしていました。例外として、「百層」パートでのろう者出演者に関する部分のみ関わり、SF的設定とはいえ、現実のプロセスを投影した部分でもあるため、その点については必要に応じて意見を述べることもありました。

 物語は「初めて異なる文化・身体性を持つ相手と遭遇する」という設定である以上、ろう者の出演者には、音の概念を知らず、音声言語によるコミュニケーションを想像することもできない存在として反応してほしいと伝え、稽古のなかで無意識に表れる“音/音声言語を知っている”反応を丁寧に修正していく作業も行いました。「霧のまち」においては「オンガクとはなにか」を出演者とともに考え続け、実践する時間を重ねました。それが結果的に、一人ひとりが自分自身とろう文化と向き合うきっかけになったように思います。

──公演を終えてみて、気づいたことや、ご感想などがあれば教えてください。

牧原 私が想像していた以上に、この舞台に関わった多くの方々が、このプロセスに対して言語化しきれない様々な思いを抱いていたことを知りました。

 10月頃、私は全員に、牧原個人の意見として、「聴者とろう者は永遠にわかり合えない」と伝えたのですが、その言葉に衝撃を受けた方も多かったかもしれません。しかし私は、自分の気持ちに嘘をつきたくありませんでした。「わかり合えない」という事実は絶望ではなく、その現実を直視し、そこからどう共生していくのかを考えることが重要だと思っています。そうした意識の流れが、このプロジェクト全体に生まれていたように感じます。稽古場でも舞台上でもディスコミュニケーションはつねに起きていました。その現象をあえて観客にも共有させたこの実験を、よく主催側が容認してくれたなと、改めて思いますし、またいい意味なのか悪い意味なのかわかりませんが、私自身も、聴文化に以前より敏感になり、聴者の行動に意識が向くようになりました。

──「再演」の仕組みについて、現時点でどのように検討されていますか。

牧原 台本は日本語と日本手話で残す方法を検討してします。ただ、それだけでは不十分で、再演に向けてのある程度のスキーム構築が必要になると感じています。まず、ろう者チームと聴者チームがそれぞれ集まったうえで、ろう者チームには私たちが「オンガク」の概念を共有し、一緒に経験するプロセスを通して、ろう者としてのアイデンティティやろう文化について考えていく。いっぽうで聴者チームは、自分が所属するコミュニティや聴者としての身体性、異なる文化や身体性を持つ相手との関係性について考えていく。互いに自分と他者、コミュニティについて考える。そうしたプロセスを再びたどりながら再演を行うことこそが、この作品の「再演」に込められる意味になるのではないかなと感じています。