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2025.7.5

「加藤泉 何者かへの道」(島根県立石見美術館)開幕レポート。過去最大規模の個展でたどる表現の変遷

島根県安来市出身で国際的に活躍するアーティスト・加藤泉。その国内最大規模となる個展「加藤泉 何者かへの道」が島根県立石見美術館で始まった。会期は9月1日まで。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より
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 アーティスト・加藤泉の活動を概観するのに、これほどふさわしい展覧会もないだろう。国内では過去最大規模となる個展「加藤泉 何者かへの道」が故郷・島根にある島根県立石見美術館で開幕を迎えた。担当学芸員は川西由里。

 加藤泉は1969年島根県安来市生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。90年代末に画家としてデビュー。⼦供が描くようなシンプルで記号的な顔の形に始まり、現在まで「⼈型(ひとがた)」を⼿がかりに制作を続けている。2007年にヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展へ招聘されたことをきっかけに国際的な評価されはじめ、多くのアートファン・コレクターを魅了する存在だ。

 国内の美術館個展としては、これまで「加藤泉―寄生するプラモデル」展(ワタリウム美術館、2022)、「LIKE A ROLLING SNOWBALL」(ハラ ミュージアム アーク・原美術館、2019)などがあるが、本展は過去最大規模のでの個展となる。また島根県立石見美術館においても、現代作家の個展は今回が初めてだ。

加藤泉

 会場となる島根県立石見美術館は内藤廣による設計で、28万枚との石州瓦(赤瓦)によって覆われた外観が大きな特徴だ。同館の開館20周年を飾る本展では、美術館の4つの展示室のうち3つを使用。初公開となる高校時代の油絵から最新作まで、幅広い年代の作品が並ぶ。会場は「何者かへの道」「空間に描く」「小さな歴史」の3章構成。

島根県立石見美術館

 1000平米の大展示室に広がる「何者かへの道」は、5つのチャプターに分かれており、1987年から2024年まで、クロノロジカルに加藤の作品を追うことができる。

 加藤は武蔵野美術大学在学中はあまり絵を描かず、バンド活動にあけくれたという。しかし卒業後に働きながら絵を描き続け、画家としての道を歩み出した。展示の冒頭には美大予備校・学生時代に描いた自画像、バスキアの影響が色濃く見える平面作品などが並んでおり、加藤泉の原点を垣間見ることができる。

 90年代半ばから、現在の「人型」につながる片鱗を確認することができる。また現在の加藤の作品はほぼ《無題》だが、この頃の作品には具体的な作品名が付けられていることが特徴だ。

「何者かへの道」展示風景より、中央が《自画像》(1988)
「何者かへの道」チャプター1展示風景より
「何者かへの道」チャプター1展示風景より

 チャプター2には、加藤の30代に当たる2000〜08年の作品が並ぶ。加藤は30代になる頃からそのモチーフを「人」に定め、作品名をほぼすべてを《無題》とするようになった。また2003年頃からは木彫も始めており、これが画面の中における人と背景の関係を考えるきっかけとなったという。

「何者かへの道」チャプター2展示風景より
「何者かへの道」チャプター2展示風景より

 チャプター3の主役はソフトビニール(ソフビ)の彫刻だ。ソフビは加藤が子供の頃から慣れ親しんだ玩具であり、その柔らかな質感ゆえに、絵画と彫刻の中間のような表現が可能になったという。

「何者かへの道」チャプター3展示風景より
「何者かへの道」チャプター3展示風景より

 2020年に始まったコロナ禍によってスタジオに籠った加藤は、プラモデルづくりに熱中した。それらは加藤の立体作品と見事な融合を果たし、新たな展開を見せるようになる。会場には実際のプラモデルのパッケージや、加藤オリジナルのプラモデルも展示。

 またチャプター4以降は、2024年までに制作された近作が並び、いまなお止まることがない加藤の進化を示している。

「何者かへの道」チャプター4展示風景より
「何者かへの道」チャプター5展示風景より

 こうしたクロノロジカルな展示とは別に、残る2つの展示室はそれぞれ異なる切り口で作品が紹介されている。

 例えば高い天井から自然光が降り注ぐ展示室Cの「空間に描く」と題された章では、空間を生かした大型作品によるインスタレーションが展開。これまで国内外の様々なスペースで展示を行ってきた加藤だからこそ、見事なバランスで巨大空間をコントロールしている。

「空間に描く」展示風景より

 美術館の外観を覆う石州瓦(赤瓦)をイメージした、床や壁、天井が赤い展示室Aは「小さな歴史」と題されたバラエティ豊かな空間だ。そこに並ぶのは、アンテプリマやオニツカタイガー、千總をはじめとするファッションブランドとのコラボレーション、展覧会ごとにつくられてきた小さなソフビ、そしてバンド「HAKAIDERS」「THE TETRAPOTZ」の映像など。絵画にとどまらない、多種多様な加藤のクリエーションが紹介されている。

「小さな歴史」展示風景より
「小さな歴史」展示風景より
「小さな歴史」展示風景より
「小さな歴史」展示風景より

 200点近くの作品・資料によって、加藤が一貫して取り組んでいる「ひとがた」の表現の変遷をたどることができるこの展覧会。何者かへの道というタイトルについて、加藤は「出口のないことを考えながら生きることは人間らしいことで、多分何かにつながっている」と話す。加藤の評価はすでに確立されていると言えるが、決してここが道の終着点ではなく、これから先もはるか遠くまで続いている。そう思わせる展示となった。

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