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2025.7.1

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」開幕レポート。隠された画家たちの思考や制作の過程に注目

スウェーデン国立美術館の素描コレクションより、ルネサンスからバロックまでの名品を選りすぐって紹介する展覧会「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」が国立西洋美術館でスタートした。会期は9月28日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より、コルネリス・フィッセル《眠る犬》
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 国立西洋美術館で、企画展「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」がスタートした。担当学芸員は中田明日佳(国立西洋美術館 主任研究員)。

 スウェーデンの首都・ストックホルムにあるスウェーデン国立美術館は、同国王家が収集した美術品を基盤とする世界でもっとも古い美術館のうちのひとつ。素描(デッサン・ドローイング)とは、木炭やチョーク、ペンなどを用いて対象の輪郭、質感、明暗などを表現した線描中心の平面作品のことで、同館の素描コレクションは、世界規模で見ても質・量ともに充実したコレクションとして知られている。

 本展は、そのコレクションより、ルネサンスからバロックまでの名品を選りすぐって紹介する展覧会だ。素描は環境の変化や光、振動の影響を受けやすいという理由から、海外で所蔵されている素描作品を日本国内で公開することは通常困難なことでもある。そのため、同館コレクションがまとまって来日するのは本展が初の機会になるという。会場では81点の素描作品に加え、国立西洋美術館が所蔵する関連作品3点が展示されている。

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より
「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より。会場には素描で用いられる画材に関する解説も

 会場は全4章構成となる。まず第1章では、ルネサンスやマニエリスム、バロックなど、西洋美術における重要な時代の中心地でもあった「イタリア」の素描を取り上げ、美術史の流れを追いながらその有り様を追うものとなる。

 当時のイタリア美術界では、現実世界のとらえ直しが盛んとなり、写生によるイメージの入念な検討が行われていたという。さらに16世紀前半のマニエリスム期には、過去の巨匠が成し遂げた理想を追求しつつも、独創的な作風が数多く見られるようになる。

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より
「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より、パルミジャニーノ《聖ヨハネと男性聖人を伴う「長い首の聖母」のための習作、左に向かって歩く男性》

 バロック期に入ると、再び自然観察の視点が重視されるようになる。とくに、16世紀のボローニャで美術アカデミーを設立したカラッチ一族は、人体モデルの素描や古代彫刻の模写を重視したという。ここでは、その好例が紹介されている。

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より、アンニーバレ・カラッチ《画家ルドヴィーコ・カルディ、通称チゴリの肖像》(1604-09)
「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より

 続く第2章「フランス」では、パリの半島部に位置するフォンテーヌブロー宮廷を中心に花開いた画家たちによる表現の数々のほか、フランスにおけるバロック期を牽引してきた画家たちの素描を紹介している。

 ここで展示されているのは、不思議な舞台衣装を身に纏った人々たちの素描だ。その華々しさからは宮廷の雰囲気がうかがえるだろう。

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より

 また、16世紀末から17世紀にかけてはジャック・ベランジュやジャック・カロといった版画家も登場。会場では、下絵となる素描と版画作品を比較しながら鑑賞することも可能となっている。

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より、ジャック・カロ《聖アントニウスの誘惑》
「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より、ジャック・カロ《聖アントニウスの誘惑(第二作)》(1635頃)

 さらに、スウェーデン国立美術館の素描コレクションの基礎を築いたニコデムス・テッシンが、自邸の天井装飾のデザインとして制作させた素描も展示されているため、こちらも注目したい。

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より

 第3章で紹介されている16世紀ドイツおよびドイツ語圏地域の作品も味わい深いものばかりだ。

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より、《右を向く馬の頭部》(南ドイツ)

 ルネサンスの流れを受容したドイツでは、美術・工芸作品の下絵としての素描のほか、同時期を代表したドイツの画家らによる人体素描など、それ自体が独立した作品として制作されたものも見受けられる。とくに展示作品である、アルブレヒト・デューラーによる《三編みの若い女性の肖像》やグリューネヴァルトとバルドゥング・グリーンによる頭部の習作などは、高い観察眼をもってして、丁寧な筆致で描き出されている点も見どころと言える。

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より
「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より

 第4章では、現在はベルギーやオランダあたりの地域にあたる「ネーデルランド」から、主に17世紀の作品を取り上げている。当時のネーデルランドでは画題の広がりが見受けられ、聖書の物語や風俗、風景、動物など多種多様な作例が現存しているのが特徴だ。ここでは、ヤン・ブリューゲルやルーベンス、そしてレンブラントといった巨匠らの作品も紹介されている。

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より、コルネリス・フィッセル《眠る犬》
「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より、ヘンドリク・ホルツィウス《自画像》(1590-91頃)

 キリスト教を題材として作品を描き続けたレンブラントによる素描も、一見現代のマンガのような、ゆるやかなタッチに魅力がある。実際のレンブラントの作品からもうかがえるように、素描の段階から光と闇の絵づくりが意識されていることが読み取れる。

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より、レンブラント・ファン・レイン《キリスト捕縛》
「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より、アラールト・ファン・エーフェルディンゲン《水車のある北欧風景》

  素描とは、制作において構成を練るための重要な過程だ。本展は、これらのコレクションを通じて、本来は隠れてしまう作家の思考や制作の秘密を垣間見ることができる貴重な機会になっている。

 ちなみに、会場のなかには、作品の一部に「JUNIOR PASSPORT」と書かれたマークが貼られたものがある。これは国立西洋美術館による施策で、小・中学生に配布される冊子に掲載されている作品を示すものだ。こちらは公式ウェブサイトからもダウンロードが可能なため、ご家族で足を運ぶ際は、こちらを活用してみるのも良いだろう。

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」(国立西洋美術館、2025)展示風景より