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2025.6.3

「ゴッホ・インパクト─生成する情熱」(ポーラ美術館)レポート。ゴッホは後世に何をもたらしたのか?

箱根のポーラ美術館で、同館開館以来初となるフィンセント・ファン・ゴッホをテーマとした展覧会「ゴッホ・インパクト─生成する情熱」展が開催中だ。

文・撮影(*以外)=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、森村泰昌《自画像の美術史(ゴッホの部屋を訪れる)》(2016/2025)、《自画像の美術史(ゴッホ/青い炎)》(2016/2018)
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 今年から来年にかけて、日本ではフィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890)をテーマにした大規模展覧会がいくつか開催される。そのなかのひとつが、箱根のポーラ美術館で始まった「ゴッホ・インパクト─生成する情熱」だ。本展は、ゴッホの油彩画を所蔵している同館にとって、開館以来初めてのゴッホをテーマとした展覧会となっている。

 わずか37年の生涯のなかで、数多くの絵画を制作したゴッホ。日本でも明治末期以降、個性と情熱にあふれたゴッホの作品や芸術に一生を捧げたその生き方は、美術に関わる者たちの心を揺さぶるだけではなく、文化、そして社会といった広範な領域にインパクトを与えてきた。本展は、ゴッホの作品を紹介するだけでなく、彼が芸術家たちに与えた影響の歴史を振り返るとともに、現代を生きるわたしたちにとって、ゴッホがいかなる価値を持ち得るのかを検証するものだ。

*Photo: Ken Kato
展示風景より

 展示冒頭では、ポーラ美術館が所蔵する、アルル時代の風景画《ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋》(1888)、サン=レミ時代に身近な自然をとらえた《草むら》(1889)、そしてオーヴェール時代の静物画《アザミの花》(1890)などが出品。オランダ、パリ、サン=レミ=ド=プロヴァンス、そしてオーヴェール=シュル=オワーズに関連する作品を展示することで、ゴッホの足跡をコンパクトにたどることが可能だ。

展示風景より、フィンセント・ファン・ゴッホ《ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋》(1888)

 2章以降はゴッホの影響を紹介するものとなる。2章では、ゴッホの影響を直接的に受容した最初の美術についての動向として、フォーヴィスムの画家たちの作品や、ドイツ表現主義の運動のなかで最初に結成された「ブリュッケ(橋)」の芸術家たちの作品が並ぶ。

展示風景より、手前はアルベール・マルケ《冬の太陽、パリ》(1904)

 明治末期になると、ゴッホの影響は日本の作家たちにも波及することになる。当時、画家たちは実物ではなく『白樺』などの複製図版を参照し、ゴッホの画風を取り入れた作品を制作した。とりわけ岸田劉生や萬鐵五郎、木村荘八、川上涼花、鈴木金平、小林徳三郎らの作品からは、ゴッホからの強い影響を見てとることができるだろう。

展示風景より、岸田劉生《自画像》(1912)
展示風景より、手前は木村荘八《祖母と猫》(1912)

 大正時代には、多くの日本人がゴッホ巡礼を行うようになる。その目的は、ゴッホの作品をまとめて鑑賞できる数少ない場所であったパリ郊外のオーヴェールにあるガシェ家の邸宅だ。ここには1922年から39年までのあいだに240名以上の日本人が訪問したという。4章には、その巡礼を行なった最初期の日本人画家・里見勝蔵と、里見を介してゴッホ巡礼した前田寛治や佐伯祐三の作品が並ぶ。

展示風景より
展示風景より、佐伯裕二《オーヴェールの教会》(1924)

 ゴッホは現代美術の作家たちに対しても大きな影響を与えている。本展に参加する4名の現代美術家の作品から、その影響を考えたい。

 1985年に初めて扮装した耳に包帯を巻いているゴッホの自画像《肖像(ゴッホ)》(1985)を制作した森村泰昌は、これまでゴッホ由来の作品を6点手がけてきた。本展は、これら6点を初めて全点同時に展示する機会となった。森村は本展開幕に際し、こう語っている。「ゴッホに限らず、美術史あるいは人間の歴史を考えたとき、かつてのものを壊して新しいものができてくるわけではない。かつてのものをなんらかのかたちで受け継ぎ、つながりのなかに歴史は浮かび上がってくるのではないかと、本展を通してあらためて感じた。自分の作品も、そんな歴史のチェーンの輪のひとつになっているといい」。

展示風景より、森村泰昌《自画像の美術史(ゴッホの部屋を訪れる)》(2016/2025)、《自画像の美術史(ゴッホ/青い炎)》(2016/2018)
展示風景より、森村泰昌《自画像の美術史(ゴッホ/青い炎)》(2016/2018)
展示風景より、森村泰昌《肖像(カミーユ・ルーラン)》(1985/1989)、《肖像(ゴッホ[ベルギー版]》(1985/1989)
展示風景より、森村泰昌《唄うひまわり》(1998)

 ゴッホの《薔薇》(1890)を翻案したのは福田美蘭だ。2011年に国立新美術館で同作を見た福田は、その2年前に父親を亡くしたときに届いた花を想起したという。《冬-供花》(2012)は、福田が撮影した花籠の写真に基づいて制作された大作であり、東日本大震災の犠牲者への哀悼を表するものでもある。

展示風景より、福田美蘭《冬-供花》(2012)
展示風景より、福田美蘭《ゴッホをもっとゴッホらしくするには》(2002)

 桑久保徹は、美術史における巨匠を取り上げて、想像上のアトリエを描き出す「カレンダーシリーズ」のなかのひとつとして、《フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホのスタジオ》(2015)を手がけた。これまで見てきた展示を振り返りつつ、巨大な画面に散りばめられた様々な要素をじっくり鑑賞してほしい。

展示風景より、桑久保徹《フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホのスタジオ》(2015)

 そしてフィオナ・タンの《アセント》(2016)は富士山とひまわりをテーマにした映像作品。日本に憧れを抱いていたゴッホと、タンの西洋から日本への眼差しが時を超えてリンクする。

展示風景より、フィオナ・タン《アセント》(2016)
*Photo: Ken Kato
展示風景より、フィオナ・タン《アセント》(2016)
*Photo: Ken Kato

 ゴッホの回顧展はこれまでも様々なかたちで行われてきたが、本展は美術史の流れのなかで、ゴッホとその影響をあらためて振り返る好機となっている。