2025.5.29

「ルノワール×セザンヌ ―モダンを拓いた2人の巨匠」(三菱一号館美術館)開幕。オランジュリーから名品来日

東京・丸の内の三菱一号館美術館で、ピエール=オーギュスト・ルノワールとポール・セザンヌという2人の画家に焦点を当てた展覧会「ルノワール×セザンヌ ―モダンを拓いた2人の巨匠」が始まった。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より
前へ
次へ

 日本でも人気の高い2人の画家、ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841〜1919)とポール・セザンヌ(1839〜1906)。その2人をテーマにした世界巡回展「ルノワール×セザンヌ ―モダンを拓いた2人の巨匠」が、東京・丸の内の三菱一号館美術館で幕を開けた。

 本展はオランジュリー美術館が初めて、「ルノワールとセザンヌ」に焦点を当てて構成した展覧会で、イタリア・ミラノ、スイス・マルティニ、香港を経て、日本唯一の会場である三菱一号館美術館に巡回。ルノワールの代表作《ピアノを弾く少女たち》やセザンヌの代表作《画家の息子の肖像》をはじめ、肖像画、静物画、風景画、そして、両者から影響を受けたピカソなどを含む約50点が来日した。

展示風景より

 ルノワールとセザンヌの出会いは1860年代初頭、画家フレデリック・バジールが、ルノワールのところへセザンヌを連れて行き紹介したのが最初とされている。1882年には南仏のレスタックで制作していたセザンヌをルノワールが訪問。また冬にルノワールが肺炎を患ったときには、セザンヌとセザンヌの母が献身的に看病するなど、家族ぐるみの親交があったという。

 ルノワールとセザンヌは、ともに1874年の第1回印象派展に参加した作家として知られるが、クロード・モネのように筆触分割を推し進めて抽象化していくのではなく、形態を保ちながらもそれぞれの絵画表現を突き詰めていったという共通点がある。

 また20世紀初頭にも両者を並べて論じられることが多くあり、20世紀美術を主に扱った画商でコレクターのポール・ギヨー厶(1891〜1934)は、印象派・ポス卜印象派の作家のなかでもこの2人のみを収集していた。ギヨームは生前、そのコレクションをフランス国家に寄贈することで「フランスで最初のモダン・アートの美術館」ができることを望んでおり、フランス政府がそのコレクションを購入し、今日のオランジュリー美術館コレクションの核となった。本展出品作のうち大部分は、このギヨームに由来する作品だ。

展示風景より

 本展では、肖像画や静物画などのジャンルにおいてふたりの作品を見比べることができる。

 例えば肖像画では、ルノワールの《ピエロ姿のクロード・ルノワール》(1909)とセザンヌ 《セザンヌ夫人の肖像》(1885-1895)。ルノワールはたびたび、自身の子供をモデルにして制作しており、縦に長い画面、大理石の大きな柱のある背景には、ヴェラスケスやゴヤの宮廷肖像画の伝統が感じられる。いっぽうセザンヌは妻・オルタンスが室内でポーズを取る肖像画を多く描いた。ルノワールとは対照的に、背景には具体的なモチーフが描かれていない。顔もぼやけており、静物画のように人物をとらえている。

展示風景より、ポール・セザンヌ 《セザンヌ夫人の肖像》(1885-1895)
展示風景より、左からピエール=オーギュスト・ルノワール《遊ぶクロード・ルノワール》(1905頃)、《ガブリエルとジャン》(1895-96)
展示風景より、手前はピエール=オーギュスト・ルノワール《長い髪の浴女》(1895頃)

 風景画からは、ルノワール《イギリス種の梨の木》(1873頃)とセザンヌ《赤い岩》(1895-1900頃)を見比べたい。

 《イギリス種の梨の木》はパリ近郊のルーヴシエンヌで制作されたもので、画面の上端を超えるほどの存在感で描かれた梨の木と青々とした草木が主題。三人の人物は、あくまで自然を引き立てるために描かれている。いっぽう《赤い岩》は、建築用の石材を供給していたビベミュス採石場が工業化によって廃止されたことが、特徴的な構図に影響を与えている。 

展示風景より、右がピエール=オーギュスト・ルノワール《イギリス種の梨の木》(1873頃)
展示風景より、ポール・セザンヌ《赤い岩》(1895-1900頃)

 ともに裸婦をモチーフにしたルノワール《風景の中の裸婦》(1883)とセザンヌ《3人の浴女》(1874-1875頃)。

 ルノワールの作品からは18世紀ロココ美術を代表するヴァトーやブーシェへの傾倒が見受けられる。裸婦の形態自体は線描表現を重視するいっぽう、背景は印象派的な筆致となっているが特徴だ。セザンヌの水浴図のなかでもっとも初期に制作された《3人の浴女》は、裸婦を細かに描き出すのではなく、3人の浴女が三角形の構図をつくる。背景の樹木も裸婦とリンクする構図が取られている。

展示風景より、左からポール・セザンヌ《3人の浴女》(1874-1875頃)、《5人の水浴する人々》(1876-77)

 本展は構成自体に特筆すべき特徴があるわけではないが、オランジュリー美術館所蔵のルノワールとセザンヌの名品が一堂に集うという点においては一見の価値はあるだろう。