2025.5.17

フランスのギャラリーCeysson & Bénétière、銀座にアジア初の拠点を開設

2006年にフランスで創設され、欧米各地に拠点を広げてきた現代美術ギャラリー、Ceysson & Bénétière(セイソン&ベネティエール)が、5月に東京・銀座にアジア初となるスペースをオープン。オープニング展では、ギャラリーの根幹をなす美術動向「Supports/Surfaces」を紹介している。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より
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 2006年にフランス・サン=テティエンヌで設立され、これまでにパリ、リヨン、ルクセンブルク、ニューヨーク、ジュネーヴなどにスペースを構えてきた現代美術ギャラリー、Ceysson & Bénétière(セイソン&ベネティエール)が、アジア初となる拠点を東京・銀座に開設した。

 同ギャラリーにとって8番目のスペースとなる東京拠点は、2023年に竣工した銀座のCuraビル8階に位置し、総面積は325平米。建築家ソフィー・ドリエスの設計により、自然素材をふんだんに用いつつ、従来のホワイト・キューブとは異なる空間が構築された。5月17日から8月29日にかけて開催されるオープニング展では、1970年代フランスで興った前衛的な美術動向「Supports/Surfaces(シュポール/シュルファス)」に焦点を当てる。

展示風景より、左はジャン=ピエール・パンスマン《Sans titre》(1969)

 スペースの内装は、日本の侘び寂びの美学や高度な工芸技術に着想を得ており、訪れる者に静謐で洗練された体験を提供する。床には温かみのあるイロコ木材が敷き詰められ、入口では重厚なコルテン鋼のアーチが空間への導入部として機能する。ビューイングルームには、フランスで製作されたオリジナル家具や照明器具が配され、特注のソファ「Croissant」は、日本でも親しまれているクロワッサンをモチーフとした愛らしいフォルムが印象的だ。

ビューイングルームの様子

 さらに、苔や鉱物をモチーフとしたカーペット「Meteor」、張り子で制作された温かな光を放つシャンデリア「Glow Chandeliers」、麻布によるガラス面の演出など、空間全体に自然と手仕事の要素が巧みに織り込まれている。併設された書店は、日本の職人が手掛けた楕円形の木製構造で構成されており、紙媒体の作品や書籍を引き立てる設計となっている。

書店

 オープニング展では、同ギャラリーの理念を体現する、フランス美術史における重要な前衛運動「Supports/Surfaces」に関わったアーティストたちの作品が紹介されている。同運動は1970年代初頭、南フランスを中心に展開され、従来の絵画や展示形式への批判と実験的な実践によって注目を集めた。参加作家には、アンドレ=ピエール・アルナル、ヴァンサン・ビウレス、ルイ・カーヌ、ダニエル・ドゥズーズ、ノエル・ドラ、パトリック・セトゥール、クロード・ヴィアラらが含まれる。

展示風景より、左はウレス、ルイ・カーヌ《Sol/Mur, 10 Juillet》(1973)

 Supports/Surfacesは、アメリカ主導のモダニズムに対する対抗意識を共有しつつ、政治哲学、精神分析、社会主義思想に基づいた作品制作と理論的探究を並行して行った。布、木材、ネット、染料など、従来の絵画とは異なる素材を用い、物質性や創作のプロセスそのものに焦点を当てる表現手法が特徴である。制度化された美術館・ギャラリー空間から離れ、屋外展示や自己出版なども積極的に展開した点も特筆すべき点だ。

展示風景より

 1970年、パリ市立近代美術館のARCにて開催されたグループ展「Supports/Surfaces」において、初めてこの運動名が公式に用いられた。以後、作家たちは理論誌『Peinture – Cahiers théoriques』を創刊し、クレメント・グリーンバーグのモダニズム理論や、フィリップ・ソレルスのテキストに触発された論考などを展開し、知的側面でも独自の存在感を示した。

展示風景より

 91年には、サン=テティエンヌ近代美術館にて回顧展「シュポール/シュルファス展」が開催され、93年から94年にかけては埼玉県立近代美術館、大原美術館、芦屋市立美術館、北九州市美術館、岐阜県美術館を巡回。日本においてこの運動が本格的に紹介されたのはこの時期が初であり、素材や理論へのアプローチが日本の鑑賞者にも鮮烈な印象を与えた。さらに2000年には、パリ国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)のコレクションを中心に、ジュー・ド・ポーム美術館が企画した国際巡回展の一環として、東京都現代美術館でもSupports/Surfacesに焦点を当てた展覧会が行われている。

 ギャラリー・ディレクターのロイック・ガリエは、今回の東京進出を「非常に前向きなタイミング」と評し、日本市場の成長性と国際性に強い期待を寄せている。とくに昨年は、日本が世界でも数少ないアート市場の成長国であったことが確認されており、銀座という地の利を活かして、国内外のコレクターや観客との新たな関係構築が図られる見通しだ。Supports/Surfacesという重要な運動を起点に始動したCeysson & Bénétièreの東京拠点は、今後のアジアにおける現代美術の展開において、注目すべきハブのひとつとなるだろう。

展示風景より
展示風景より