2025.8.23

「セカイノコトワリ」展、京都国立近代美術館で開催へ。1990年代以降の現代美術を20作家でたどる

1990年代から現在まで、日本社会の変化とともに歩んできた現代美術を総覧する展覧会「セカイノコトワリ―私たちの時代の美術」が、12月20日より京都国立近代美術館で開催される。8月21日には、展覧会の趣旨や全貌を明かした記者発表会が行われた。

文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

竹村京 修復された地球儀の貯金額 2002-21 京都国立近代美術館蔵 ©Kei Takemura 撮影=守屋友樹
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 12月20日〜2026年3月8日、京都国立近代美術館にて展覧会「セカイノコトワリ―私たちの時代の美術 #WhereDoWeStand? : Art in Our Time」が開催される。本展は、1990年代以降の日本社会とともに歩んできた現代美術の展開を、20名の作家による作品を通して示すもので、同館とメルコグループの協力によって実現した。

 8月21日には国立新美術館で記者発表が行われ、本展を企画した京都国立近代美術館主任研究員の牧口千夏がコンセプトについて説明した。「本展では、当館がこれまで収集してきたコレクションを基盤に、『アイデンティティ』『身体』『歴史』『グローバル化社会』といったキーワードから作家を選定しました」と語った。

 展覧会タイトルに用いられた「セカイノコトワリ」というカタカナ表記については、「未知のものに向き合う態度を象徴するものであり、固定化された価値観から少しずつずれていく現代社会において、アーティストの作品が『私たちはどこに立っているのか』という問いの手がかりを与えてくれる」と解説した。また、コロナ禍や国際的な紛争などによって価値観が揺らぐ今日において「アーティストの表現は、分断が生まれやすい時代に共通の拠りどころを探る重要な営みです」と強調した。

 出品作は約70点にのぼり、そのうち約40点は京都国立近代美術館の収蔵作品である。1989年の宮島達男によるデジタルカウンター作品《Monism/Dualism》から、近年収蔵された風間サチコのカラーのステンシルやテキスタイルを用いた《McColoniald:世界の山師》(2003)やAKI INOMATA竹村京らの作品などが含まれる。牧口は「2020年代以降の集中的な収集成果を一望できる機会となる」と述べ、コレクション活用の意義を強調した。

宮島達男 Monism/Dualism 1989 京都国立近代美術館藏 © Tatsuo Miyajima
風間サチコ McColoniald:世界の山師 2003 京都国立近代美術館蔵 © Sachiko Kazama 撮影=宮島径

 また、収蔵作品と他館からの借用作品を組み合わせることで、作品同士のネットワークを「海図」のように描き出す試みもなされる。90年代から2020年代という「失われた30年」を背景にした表現の豊かさが浮かび上がる構成だ。例えば、西宮市大谷記念美術館に収蔵されている藤本由紀夫《SUGAR 1》(1995)は、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件を背景に制作され、ガラス管の中で崩れていく角砂糖によって日常の脆さや、日常と非日常が連続する現実を示している。

藤本由紀夫 KISUGAR I 1995 西宮市大谷記念美術館蔵 © Yukio Fujimoto

 本展では、日本の近代史や移民の記憶をアーティストが自らの視点で読み直す作品も紹介される。高嶺格は、在日コリアンのパートナーとの関係を題材にテキストや写真を組み合わせ、個人史を通して近代の歴史を照射する。志村信裕はフランスと日本を舞台に羊飼いの産業をリサーチした映像作品を、原田裕規はハワイ移民をテーマにした映画作品を出品し、それぞれ異なる角度から日本と世界の関わりを検証する。

志村信裕 Nostalgia, Amnesia 2019 作家蔵 © Nobuhiro Shimura

 さらに手塚愛子は、西陣織の職人と協働し、自身がデザインした布を織り込ませ、それを解体・再構成する作品を出品する。モチーフは長崎・出島であり、江戸から近代にかけての日本の外交史を題材とする。鎖国と開国のはざまに揺れる「勇気」という概念を、自身の海外経験と重ね合わせて表現しており、京都に根ざす工芸の文脈を取り込みつつ現代美術の新たな展開を提示している。

手塚愛子 閉じたり開いたりそして勇気について(拗れ)(部分) 2024
京都国立近代美術館蔵 © Aiko Tezuka 撮影=守屋友樹

 1990年代以降の現代美術を象徴するインスタレーションも、本展の大きな柱となる。松井智恵による「LABOUR」シリーズ(1993)は、辞書や衣装、鏡などを組み合わせた空間作品で、アーティストの身体的経験を可視化する先駆的な試みだ。現存する部材をもとに、稀少な作例が再展示される。

松井智惠 LABOUR-4 1993 国立国際美術館藏 © Chie Matsui 撮影=石原友明

 石原友明《世界。》(1996)は、床に敷き詰められた真鍮板の点字と、天井から吊るされたシャンデリアが呼応する大規模インスタレーション。鑑賞者が床に立つことで自らが作品に映り込み、「見る/見られる」という関係を逆転させる。本作は2004年以来、21年ぶりの展示となる。

石原友明 世界。 1996 作家蔵 © Tomoaki Ishihar

 毛利悠子《Parade》(2011–17)は、壁紙の模様を譜面に変換し、電流によってアコーディオンやドラム、風船などを動かすユーモラスなインスタレーションだ。光・重力・音といった不可視の現象を取り込みながら、場をブリコラージュ的に組み立てる新しい動向を示している。

 さらに田中功起は、2015年の「PARASOPHIA」で発表した《一時的なスタディ:ワークショップ#1「1946–52年占領期と1970年人間と物質」》を京都で再展示。当時ワークショップに参加した高校生を10年ぶりに再び集め、各自の立場からこの10年間を語る新作映像《10年間(仮)》も発表する。歴史を現在に重ね合わせ、日本社会の現状を問う意欲的な試みとなる。

田中功起 taggame 2024
Commissioned by "The Air We Share" at the Deutsches Hygiene-Museum Dresden (2024-2025)  © Koki Tanaka

 そのほか、コロナ禍を経て他者との距離感や呼吸、マスクといった日常的テーマを扱う西條茜青山悟の作品や、関西出身の森村泰昌やなぎみわによる身体・労働・パフォーマンスを題材とした写真作品も紹介される。藤本由紀夫や毛利悠子は、美術館の建築空間を活かした新作を準備しており、本展ならではの体験型展示となることが期待される。

西條茜 惑星 2024 作家藏 © Akane Saijo 撮影=来田猛

 記者発表会で登壇した京都国立近代美術館館長・福永治は、「本展は、1989年から2010年までの日本の現代美術を対象とする『時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989–2010』(国立新美術館、9月開幕)に続くものであり、1990年代から現在までの美術表現を紹介するものです。開館当初から継続していた『現代美術の動向』展の精神を受け継ぐ展覧会でもあります」と強調した。さらにメルコグループの支援によって開催が可能になった経緯に触れ、「美術振興に尽力される企業との協働が新たなかたちを示すものとなる」と述べた。

 続いて挨拶した逢坂惠理子(独立行政法人国立美術館理事長)は、今回の発表会を東京でいち早く行った理由について、「官民の新しい連携モデルとして、京都国立近代美術館とメルコグループが共同で展覧会を開催する点が大きな意味を持つ」と説明。「日本の現代美術を核から検証し、6つの国立美術館による収集・研究の成果を広く紹介できることを嬉しく思います」と語った。

 会期中には全5回の連続トークイベントが予定されている。毎回3名のアーティストが登壇し、自由に語り合う形式で、来場者が作家の生の声にふれられる貴重な機会となる。「とくに学生の方々に参加してほしい」と牧口主任研究員は呼びかけた。

 また本展は、会期終了後に愛知県美術館へ巡回する予定であり、国立美術館のコレクションを活用した展覧会が、さらに広い観客層へ届けられることになるだろう。