2026.3.13

「FACE 2026」グランプリ受賞者・吉田茉莉子インタビュー。自分と向き合い、時代と向き合いながら描く

将来、国際的な活躍も期待される才能を顕彰する平面作品の全国公募展「FACE」。《天泣》と題する油彩画を出品し、第14回となる「FACE2026」でグランプリを受賞した吉田茉莉子に制作の原動力や今後の制作について話を聞いた。

聞き手・構成=中島良平 撮影=稲葉真

吉田茉莉子
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受賞作品《天泣》に込められた想いと制作技法

──グランプリの受賞、おめでとうございます。受賞作品の《天泣》のテーマや描かれているモチーフを教えてください。

吉田 ありがとうございます。パレスチナのガザ地区をはじめとした、困難な状況にある人々に思いを馳せながら制作しました。救いを求める人々のイメージに、森という安寧を感じられる場所をせめて添えることで、私自身が救いを求めたのだと思います。

 普段は色調が暗い絵を描くことが好きなのですが、今回は可能な限り光が表現できる絵を目指しました。黄色と青という補色に近い関係の色を置くことで、うまくコントラストが作用するように意識しています。

吉田茉莉子《天泣》 2025 油彩、蜜蝋、キャンバス 194×162cm

──この作品を描くにあたり、画面構成や色選びのためのスケッチやドローイングはどの程度行いましたか。

吉田 本作のためのドローイングは、50枚ほど制作しています。着彩せずに線画で人物のポーズや配置を考えるために描いたものから、色の種類を試すものまでその内容は様々です。ただ、ドローイングは作品を描く助けにはなってくれるものの、キャンバスになるとやはり想定通りにいかないこともあります。サイズの大きい作品を描く際はとくに不安が募りますが、ドローイングすることは、その不安を少しでも払拭するために私にとって必要なプロセスなのかもしれません。

──大きいキャンバスに調整する際は、そのサイズに見合う構成を考えるために様々な思考が必要になると思います。制作に際して、どのようなことを考えていますか。

吉田 描きたい世界が大きいことが多いので、キャンバスも大きいサイズを選ぶことが多いです。小さな絵だと描ききれない部分が出てきたり、モチーフを絞る必要が出てきます。自分の描きたい世界を遺憾なく熱量を込めて描くためには、ある程度の大きさが必要だと考えています。ただ、大きな作品をつくるときは、途中から作品に主導権を握られてしまうような感覚もあります。

 ──作品には蜜蝋も使われていますが、どのような効果を求めて使用しているのでしょうか。

吉田 蜜蝋は絵画の材料としてはとても古く、紀元前から使用されてきたものだそうで、そういった背景にも魅力を感じています。蜜蝋を熱して、流し込み、固めてその上から油彩で描くのですが、蜜蝋で下地をつくると筆がすごく滑らかになり、ストロークを活かすことができます。また油絵具がすぐに染み込まず、表面に滞留してくれるので、修正しやすいのも特徴です。院生のときに蜜蝋のレッスンを受けた際、自分の描きたいものとこの画材が見事に合致し、制作に用いるようになりました。

 ──作品タイトルの《天泣》は、どのようにつけましたか。

吉田 タイトルをつけるのにはかなり苦労しました。制作がほぼ終わり、搬入用紙にタイトルを書かなければいけないというタイミングで考え始め、《天泣》という語が思い浮かびました。作品の黄色い部分の垂らし込みに雨のようなイメージがあったため、「天泣」という、晴れている空に雨が降ったような情景を指す単語表現と結びつくのと、天が泣くという文字自体が作品を表しているようにも思い、この言葉を選びました。

《天泣》について説明する吉田茉莉子

新しい表現への挑戦

──絵画の平面において様々な試行錯誤を行っていらっしゃいますが、吉田さんが絵画という表現を選ぶ理由はなんでしょうか。

吉田 小さい頃から絵を描くことが好きで、小学生のときには、図書館で名画がたくさん掲載されている画集もよく見ていました。その画集には、フランシスコ・デ・ゴヤの《1808年5月3日、マドリード》(1814)という作品が載っていたのですが、凄惨な戦争画と言えるようなその絵のページだけ、怖くてずっと見ないように飛ばしていました。しかしあるときから、今度はそのページばかりを見るようになったんです。作家名も作品名も当時は気にしていませんでしたが、その作品には不思議と求心力がありました。絵を描くことも見ることも好きないっぽうで、私は自分に自信がなかったので、作家になりたい、作家になれる、とは思っていませんでした。

 しかし大学3年生のときに初めて、自分が好きなものを表現して、それを人と共有できることを素晴らしいと感じる機会がありました。そのきっかけになったのは、当時受けていたインスタレーションの授業です。これまでの絵画制作での経験が使えないと気づいたときに、初めて自分自身と向き合いました。自分は何が好きなのかという自己問答を行った結果、「不思議な世界」のようなものに惹かれていることを自覚しました。最終的には、壁に心臓や黒魔術的なモチーフが描かれた絵を貼ったりと「怪しい研究を続けているヨーロッパの架空の人物の部屋」を表現するインスタレーションをつくりました。

吉田茉莉子《1793.12.4》(2016) インク、紙、粘土、ペンなど
吉田茉莉子《1793.12.4》(2016) インク、紙、粘土、ペンなど

 また最近では、戦争という出来事が自分のなかに大きな影響を与えました。ロシアがウクライナに侵攻を開始して以降、自分のドローイングの売り上げの半分を寄付にあてるなど、戦争で苦しむ人たちに対して自分にできることがないか、ずっと探していました。あまりに凄惨な現実は直視できないこともありますが、いまはできるだけ世界で起きていることと向き合いながら、絵を描きたいと思っています。

──今回の受賞の経験を活かして、今後はどのような作品をつくっていきたいですか。

吉田 本当に私が受賞してもいいのだろうかと思う部分もあり、技術面でさらに磨きをかけていきたいと思っています。また、海外で展示してみたいという目標もあります。自分の立ち位置を確認する意味でも、様々なところで作品を発表し、広い視野を持てるようになりたいです。

 また、格式高いものという絵画のイメージを払拭したいという思いもあります。古来より絵には、民間の祈りや願いなどが込められていたり、印や標識として機能することもありました。私の作品もそのように「もの」として存在してほしいと考えているので、空間そのものを演出するインスタレーションに挑戦したいという思いもあり、立体表現も少しずつ取り入れてみたいです。こうして挑戦したいことを話せるようになったのも、今回グランプリをいただけたことで、少し自信が持てたからなのかもしれません。

「Face展2026」の展示風景より
「Face展2026」の展示風景より
「Face展2026」の展示風景より
「Face展2026」の展示風景より