2025.9.18

髙田安規子・政子インタビュー。いまの時代だからこそ必要な「スケールの思考」

「髙田安規子・政子 Perspectives この世界の捉え方」展を開催中の資生堂ギャラリーで、髙田安規子・政子が出品作について、また創作への姿勢を語った。聞き手は美術評論・多摩美術大学教授の光田由里。

聞き手=光田由里(美術評論・多摩美術大学教授) 撮影=加藤健(ポートレイトを除く) 構成協力=山内宏泰

展示風景
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日常から地続きのものに好奇心を

──『髙田安規子・政子 Perspectives この世界の捉え方』は、小さなものが秘めた秩序に気づくとき、世界、宇宙の摂理にもつながっていく、そんな視点をもたらしてくれる展覧会に見えます。準備はいつごろから始めたのですか?

髙田安規子(以下、安規子) 2年前からです。まず資生堂企業資料館と資生堂アートハウスでリサーチをしました。当初は2人で考えが異なり、2つの案がありました。私は資生堂ギャラリーで展覧会を開催するという点を意識して、日常生活を豊かにする商品やサービスを提供する資生堂のイメージから、生活雑貨や家具を使った案を考えていました。その案にかつて開いた「不思議の国のアリス」をテーマとした個展で展示した鏡の作品があり、内面からの美しさを追及する資生堂のイメージと、光によって映し出される深淵なこの世界の様相とを重ね合わせた展示案をまとめました。

髙田政子(以下、政子) 安規子は私たちの作品にみられる日常性とつなげようとしていたと思います。私は、中国の易経の一節「至哉坤元 万物資生」(大地の徳はなんと素晴らしいものであろうか。すべてのものは、ここから生まれる)が資生堂の社名の由来であったことを知り、異常気象など自然の環境変化を実感するいまだからこそ、資生堂ギャラリーで自然環境に目を向けた展示をすべきだと考えました。

安規子 葛藤と紆余曲折を経て、2つの案を合体しまとめるかたちで生まれたのが、この展示です。

髙田安規子・政子 

──古来から、人は宇宙の秩序の秘密を知りたくて、数学や物理学でなんとか言い表せないかと工夫してきたのだと思います。しかしこれからの時代は、数式のようなものからこぼれ落ちる粒子のようなものこそ大事になるのではないか……。そんなことを感じさせる展示でした。

安規子 とてもうれしいです。もとをたどれば、私たちが科学的な視点を持つようになったのは、英国留学していた経験が大きいです。暮らしのなかで、「不思議の国のアリス」のような経験が頻繁に起こります。ドアの取っ手の位置や、椅子の座面が高く、うまく環境に適応できず、これまでスタンダードだと思っていたサイズ感が揺らぎました。異国の地に身を置いた経験から、俯瞰の視点や環境というキーワードが制作の中核となり、とりわけイームズの「パワーズ・オブ・テン」に影響を受けました。そこでこの世界の最小と最大のものである量子と宇宙といった物理の領域にも興味を持つようになり、次第に「スケール」というテーマが確立していったのです。

 スケールというテーマで作品をつくっていると、比率をつねに意識するし、単位にも思考が向きます。割れた砂時計から砂、石、岩があふれ出す《Timepiece》も、数と量の比率に着目した、数学的な思考と身体感覚に基づく作品です。かつて科学と芸術は同じ学問領域でしたし、手段は違うにせよ世界を理解しようとする目的は同じだったはず。日常から地続きの自然法則や世界の在り方に好奇心を持って目を向けてみると、そこにある構造や美しさが見出せるのではないかと考えています。子供が遊びのなかでルールにとらわれず、単純で明快な方法で世界に触れ理解していくように、分野や境界を越えてこの世界の捉え方を作品で実践していけたら、と思っています。

Timepiece 2025 サイズ可変 岩石、砂、砂時計

政子 スケールという概念は、想像力によって「その先」へ視野を広げられるものだと思っています。例えば時間のスケールを考えると、一般的に私たちは人の一生を基準に、百年単位で日常を生きています。でも自分の祖先をたどれば数百年、数千年の単位になるし、もっと飛躍して捉えれば生命の歴史(38億年)や宇宙の歴史(138億年)を単位としてとらえることも、想像力を駆使すれば可能です。科学的な難しい概念が先立つのではなくて、日常的な感覚で小さなものに目を向けることから始まり、不可視の領域まで世界がどこまでも広がっていくような思考の転回がもたらす「スケール」の概念を、鑑賞者に感じてもらえたら。それが今回の展示でやりたかったことです。

──そのメッセージは受け取れました。いま求められていることです。モニュメンタルな「大きくて強いもの」への興味よりも、身近でなにげないものから与えられる気づきこそ、大切になっていく予感があります。髙田さんたちの時間と手仕事の堆積から繊細に紡がれる作品にわたしたちが惹きつけられるのは、そこに植物の造形にも似た自然の摂理に近づいていく入り口がありそうだからではないでしょうか。では具体的な作品についてもお聞かせください。会場でひときわ目立つのは、本を積み重ねて地層に見立てた《Strata》です。踊り場と吹き抜け、展示室の構造が地層として読み替えられるなんて素敵ですね。

安規子 この作品を中心に今回の展示を組み立てていきました。作品が空間を突き抜けて、踊り場の空間と小展示室を一体化させるようなチャレンジをしています。作品の構造としては最下部が先カンブリア時代を表し、上にいくほど時代が現在へと向かい、踊り場の下までが完新世、踊り場が人新世となっています。そして、鑑賞者が踊り場に立つことで作品が完成するとも言えます。地層は時代ごとの生態系や環境が刻まれた歴史書のようなものだと言われますが、それを実物の本や化石、鉱石を使って可視化しました。

Strata 2025 サイズ可変(本棚:H240×140×140cm) 化石、古本、鉱石、岩石、生物の骨

──六角形という形態になっているのはなぜですか?

政子 蜂の巣や雪の結晶にも見られるように、六角形は自然界において安定した形で、構造的にも強く、この形状を取り入れたかったのです。

──使われている化石も繊細で綺麗です。それらが開いた本のページ、ドローイングと関わりあって息づいています。

政子 化石を選ぶときは、生き物の形態としてわかりやすいものを探しました。化石は制作で触れていると、古い本とともにパラパラと崩れ欠片になってしまう儚い存在です。死の痕跡ですが、同時に生命の尊さを強く感じます。

安規子 生と死の循環と再生である進化の歴史として地層を捉えた時、人類も他の生命と等しく、脈々と受け継がれてきた38億年の生命の歴史の一部です。人類が突然現れたのではなく、永い生命の歴史の上で成り立っていることを、たくさんの化石に触れることで考えさせられました。

──私はいま大学でアーカイヴの仕事をしていますが、地層はアーカイブと似ていますね。だれかがそれを見る時、新たな意味が生まれてくる。そう教えてくれる作品でした。大展示室の作品についても伺います。パッチワーク作品《Electromagnetic wave》は壁面を上昇するエネルギーが蔓植物のようで、量子運動モデルにも似ています。小さなベッドたちが連なり、カバーのキルトも印象的な《Spectrum》もまた、重層的連続的なエネルギーパターンを感じさせます。

Spectrum、(Electromagnetic wave部分) 2025 サイズ可変 フィードサック(ヴィンテージ)、ベッド、ベッドカバー

政子 《Electromagnetic wave》の柄は電磁波のダイアグラムと、結婚指輪が連なる「ダブルウェディングリング」というキルトのパターンを複合させたものです。

──それがとても新鮮でした。電磁波エネルギーパターンが知らず知らず、女性の手仕事=時間の結晶である手縫いのキルトで表現されている。

安規子 パッチワークには幾何学パターンが使われ、その作業は緻密であり、計画的に進めるために設計図も必要ですが、それを数学的だと感じる人はあまりいないと思います。身近に使うものであり、素材と繊細な作業がもたらす柔らかいイメージがありますから。科学的なモチーフがごく自然に日常的なものへとつながるダブルイメージをもつ作品です。

政子 ダブルウエディングリングは人と人のつながり、人との関係が広がることを意味していて、人だけではなく生物の連関という意味でこの柄を選びました。一方《Spectrum》に使われている柄は「トリップ・アラウンド・ザ・ワールド」というパターンで、生命の起源に関わる太陽光が放射状に広がるイメージとして選びました。キルトからのアプローチと、科学的なアプローチがつながり、色々な意味が重層的に入り込むようにしています。

──摂理につながる波動のパターンが、生活のことを考えながらつくられたキルトと響き合うことに驚かされました。

政子 生地はヴィンテージの「フィードサック」という1930年代の米国で、穀物を入れる袋として使われてきたものです。穀物袋はもともと白い袋でしたが、花柄など美しい柄にしたところよく売れ、その袋をリサイクルして洋服や日用雑貨などに作り変えたそうです。そういう歴史も作品に取り入れたいと考えました。フィードサックは植物柄がとても多く、エネルギーの循環や再生を司る力強い存在としての植物と光の関係も感じていただけると嬉しいです。 

──私も小花模様は好きですが、そこには少女的なイメージがある。フェミニンな模様に隠された歴史に再生と力強さのストーリーがあるのはおもしろいですね。鏡の万華鏡のような《Relation of the parts to the whole》についてはどうでしょう。

Relation of the parts to the whole 2025 サイズ可変 鏡(217枚)、金具

安規子 鏡は本来、自分の姿を見たり、確認するためにありますが、この作品では、正面に立つと自分の姿が見えにくくなるよう構成しています。離れていくと、分断された自分と周囲の空間がだんだん見えてきます。ただし、鏡と鏡の隙間の部分は、想像で補って全体像を捉えるしかありません。60兆個もの細胞で人体が構成されていることを意識してみるように、個としての自分と、全体としての広大な世界の関係を想像しとらえてみる、そのような意味を込めたタイトルになっています。

──鏡があれば視覚的に自分自身を見られるわけですが、水鏡のような不鮮明な反射像しかない時代にはどうでしょう。身体感覚を澄ませて内側から自分の存在を認識する方法があって、それを内触覚と呼ぶ。自分自身の内なる身体意識、内触覚と、鏡に反射されて見える身体表面の視覚像との関係が、この作品の前ではゆらいできますね。

安規子 そうですね、想像で思い描く自分の姿も虚像ですし、鏡像も実像とは異なります。自己の認識と実体感の関係は、彫刻を学んだ私たちにとって大変興味のあるテーマです。突き詰めていくと、「自分とは何か」という問いにもつながっていくと思います。

政子 その自己を感じているリアリティと鏡に見えることの差異が作品に表れているのかな、と思いました。作品と向き合って、そうしたところにまで想いを馳せてもらえたらうれしいです。

──はかないイメージが太陽光と時間の堆積によって紡がれた《Ultra-violet ray drawing》も、いまの時代へのメッセージを感じさせます。

政子 じつは10年ほど前につくった作品で、藁半紙の上に図像の型を置いて100日くらい太陽光に当てたものです。当時はうまく図像が浮かび上がらず、失敗したと思っていたのですが、時を経て紫外線がじっくり紙繊維に影響を及ぼし、いま見る図像が現れました。

安規子 脆い性質の素材と自然光、そして時が形作ったこの作品は、自然の変容そのものを包含するためいつまでこの状態が保たれるか予測できません。強靭で圧倒されるモニュメンタルな作品とはかけ離れた、細やかで危うい性質を持つこの作品の在り方は、現代に必要な気づきがあるのではないかと思います。

──全く違う世界の見え方がすぐ近くにあると、《Memory colour》は教えてくれる作品ですね。お互いにどんな見え方をしているのか、確かめることはできないけれど、違いを意識しておきたいです。

政子 どの作品もそうですが、私たちは自分たちの感覚を頼りに、一つひとつ我が身で確かめながら制作をしています。《Memory color》では、白黒印刷された写真に着色をほどこすなかで昆虫の目になりきることもありますし、《Timepiece》では、石や砂を積み上げていく作業は巨人になったような不思議な身体感覚になることもあります。制作の過程で異なる視点を想像力によって広げていくと自然や環境への理解も変わってきます。

安規子 パッチワークの作品では、光が何万光年もの時を超えて私たちに届くその時間を想像しながら、膨大な生地の破片を縫い合わせていくこともあります。そうした制作過程は楽しいですね。制作を通じて私たちが経験した感覚は作品にあらわれているはず、と信じています。