「すべての人のための美術館」。台湾・新北市美術館が目指す未来とは
4月、台湾最大の直轄市・新北市に「新北市美術館」が開館した。多様な歴史と文化が交差するこの地に誕生した美術館は、「すべての人に開かれた美術館」という理念のもと、地域の暮らしと結びついた文化活動を展開する。開館準備を率いてきた頼香怜(ライ・シャンリン)館長に、そのビジョンと実践を聞いた。

4月26日、台湾北部の新北市に「新北市美術館」がオープンし、台湾内外で注目を集めている。台湾で最大の人口を抱える新北市は、大航海時代にスペインやオランダの支配下で国際貿易港となった淡水エリアがあり、また、近年は首都圏として多くの外国人労働者が流入するなど、歴史においても現代においても多様なバックグラウンドをもつ人々が交錯する場所である。
ここに新しくできた美術館は、地域社会や国際的なアートシステムのなかで、どのような役割を担っていくのだろうか。2019年より開館準備を進めてきた頼香怜(ライ・シャンリン)館長にインタビューした。

文化の交差点としての新北市
──新しく美術館がオープンした新北市とは、台湾の社会や文化においてどのような役割や特色をもつ都市ですか?
新北市は台湾北部に位置し、約400万人が暮らす台湾最大の直轄市であり、首都圏を支える重要な役割を果たしています。地理的には台北市を取り囲み、都市から山、河川、海と多様な風景が広がり、そうした地理特性とともに独自の歴史と文化を育んできました。いわば昔から、伝統と現代、ローカルと国際が交わる「文化のハブ」ともいえる存在であり続けてきました。
──ここに美術館ができることで、どのような利点があるでしょうか。
じつは新北市では、現代アートにおいては1990年代からキュレーター制度の導入や材料でジャンル分けするのを廃止するなど、先進的な改革が行われてきました。そうした意味で、新北市は台湾の現代アートを中央から地方へと開いていく先駆者でもあったのです。

──新北市美術館の立地として、三鶯(さんおう)地区が選ばれたのはなぜでしょうか?
新北市の南西に位置する「三鶯地区」は、三峡(さんきょう)と鶯歌の2地域からなるエリアです。ここは清代からの歴史ある集落や三峡祖師廟といった有名な宗教施設を持ち、陶磁器や藍染といった伝統工芸で広く知られています。
とくに鶯歌は「陶都」の異名も持ち、日本統治時代から台湾の陶磁器産業の中心地として栄え、家内工業から産業集積まで独自の生産体制を築いてきました。
いっぽうで、三峡には山に囲まれた美しい景観と歴史ある街並みが残され、手仕事と暮らしが息づく地域文化が色濃く残っています。こうした背景から、三鶯地区は「地域文化」と「文化の可能性」が交わる戦略的拠点として注目されています。新北市美術館が建てられたのは、鶯歌渓と大漢渓というふたつの河川が合流する場所で、自然と都市とが交差する場として、新北市が文化政策を南へと広げ、地域に根ざした文化拠点となります。
──この立地は、地域文化・市民文化と自然の豊かな土壌を重視した選択ということですね。
その通りです。これは「文化は日常の中にある」「美術館は都市そのもの」という理念の体現であり、Museum for all──すべての人に開かれた美術館として、年齢やバックグラウンドを問わず誰もが訪れ、ともに学び、つくり上げていく場を目指しています。
美術館は、新北市が主導する「三鶯文創整合計画」の中核として、陶芸博物館、陶器の職人街、歴史ある街並み、鶯歌駅や周辺の観光資源、水辺の風景とないった自然と連携しながら、空間・産業・文化・暮らしを総合的に結びつけていく文化エンジンとなるでしょう。そして、「街全体が美術館になる」というような文化ネットワークを築く役割を担っていくと思います。
