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2026.6.30

「自然」はすでにそこにある。川俣正が語る、ルイナールとのプロジェクトと偶然性の美学

世界最古のシャンパーニュメゾン「ルイナール」が展開するアートプログラム「カンバーセーションズ・ウィズ・ネイチャー Conversations with Nature」。本年は日本人アーティストとして初となる川俣正が選出され、単独でのグローバルプログラムが実現。5月にフランス・ランスにあるメゾンの敷地内に《タワー(オブザーベトリー)》《ネスト》《ツリーハット》という3つの新作が恒久・半恒久(セミパーマネント)として設置された。 都市空間への仮設的な介入で知られる川俣は、「Conversations with Nature(自然との対話)」というテーマをどのように解釈し、メゾンの歴史や環境へとアプローチしたのか。制作の舞台裏と、その根底にある表現哲学を聞いた。

聞き手・構成=橋爪勇介(編集部)

パリのスタジオで《ネスト》(2026)の試作品を見つめる川俣正 Photo by FLORIE_BERGER
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ランスの地下空間と、移動する《ネスト》の始まり

──今回、最初にルイナールのメゾンやブドウ畑を訪れたときは、どのような印象を持たれましたか?

川俣正(以下、川俣) 最初に現地を見たのは、去年の3月くらいでした。ブドウ畑に連れて行ってもらったとき、すごくコントロールされていて綺麗だな、というのが第一印象です。最近は気候変動の影響もあるから、毎年少しずつ調整しながら味をつくっているという話を聞いて、非常に真面目な生産者だなと感じました。

 そこから具体的に何をつくろうかという話になり、敷地内だけではなく、彼らが世界各地で展開しているアートフェアのブースでも現地制作を行うという、全体のスケジュールが決まっていきました。

ルイナールのブドウ畑を歩く川俣 Photo by FLORIE_BERGER

──プロジェクトの皮切りとなったパリの「パレ・ド・トーキョー」での展示から、すでに今回の敷地への展開を見据えていたそうですね。

川俣 もともとパリで最初につくった作品を9月に取り壊して、このランスのメゾンに移動させて設置する計画だったのです。ものが移動していくプロセス自体を作品にしようと考えていた。だけど、パリでの展示の評判が良くて「9月まで置いておいてくれ」と現地から要請されてしまって(笑)。だから今回はランスで地元の材料を使い、新作としてつくることになりました。

──今回のプログラムのテーマは「Conversations with Nature(自然との対話)」です。この言葉に対して、川俣さんご自身はどのようなスタンスで臨まれたのでしょうか。

川俣 メゾン側が僕の作品に「自然への敬意」や「つながり」を見出してオーダーしてくれた理由はよくわかります。ただ、僕自身はそこまで「自然」というものを意識して、それに対峙するようなかたちでやっているわけではないんです。「自然と共に」というよりは、もうすでに自然は自分たちの生活や環境の「中に入ってきている」という感覚が近い。 それよりも、僕が強く興味を持っているのは「偶然性」や「アクシデンタルなもの」なのです。あらかじめ計算し尽くしてつくるよりも、現場で起きる予測不可能な要素が入ってきたほうが、僕としては面白い。じつは学生の頃から、自然災害や地震、戦争、事故などの写真を何百枚もスクラップして集めていて、たくさん持っています。その結果として偶然にできてしまった「形状や状態」が、僕の作品の大きなリファレンスになっているのは確かですね。

地下の記憶を反転させる《タワー》と、環境への「パラサイト」

──今回設置された3つの作品のイメージは、どのように立ち上がっていったのでしょうか。

川俣 ランスの地下には「クレイエル(石灰岩の採掘跡)」と呼ばれるトンネルが何キロも続いていて、巨大な空洞が存在しています。その一番大きな空洞の真上に《タワー(オブザーベトリー)》(2026)が建っています。つまり、地下の空洞の形をそのままひっくり返して、逆さにした形で地上にタワーとして立ち上げた。シャンパンの泡(バブル)が地下から湧き上がってきて、螺旋階段を登りながら空へと抜けて消えていくようなイメージですね。一般の来場者が実際に内部を歩いて上まで登れるようになっていて、夜間照明も設置しています。

敷地内に数ある作品でもひときわ大きな《タワー(オブザーベトリー)》(2026) Photo by FLORIE BERGER
《タワー(オブザーベトリー)》のスケッチ ©︎川俣正
巨大な木の樹上に設置された《ツリーハット》(2026)   Photo by FLORIE BERGER

──敷地内には藤本壮介さんが設計された現代的な新パビリオンもあります。そんななかで、古い建物に《ネスト》を設置された意図はどこにあるのでしょうか。

川俣 藤本さんの建物も面白いなと思いました。が、基本的に僕は新築の建築からインスパイアされることはあまりありません。それよりも、すでに風景に馴染んでいる古い建物のほうが面白い。《ネスト》を設置したのは、昔はシャンパーニュの工場だったオリジナルの建築です。 僕の仕事のキーワードに、「パラサイト(寄生)」という言葉があります。《ネスト》は一見すると建築に突如現れた「異物」ですが、その異物は突飛なものではなく、オリジナルな環境から湧き出てきた、あるいはコブのようにできてきたものとして捉えています。人間が環境のなかにいること自体も一種のパラサイトですし、そうした異物が社会にはびこっていく感覚を手助けしているようなところもありますね。

ルイナールの古い建物に設置された《ネスト》 Photo by FLORIE BERGER
《ネスト》のスケッチ ©︎川俣正

「恒久性」への批評、そして「型」の継承

──川俣さんは長年、一定期間が経てば解体される「テンポラリー(仮設的)」な構造物をつくられてきました。いっぽうで今回「パーマネント(恒久的)」という条件を提示されたときは、どう捉えましたか?

川俣 1ヶ月で壊すものであっても、1年、10年、100年置いておくものであっても、僕のなかでは大した違いはないと考えています。「パーマネント」と言ってもいつかは壊れてなくなるわけであって、「時間軸が違うだけ」の話です。今回は「セミパーマネント」という言い方をしていますが、パブリックな場所だからこそ、エンジニアを入れて構造計算をしっかり行うといった部分は、現代のルールに合わせてちゃんと対応しています。

──素材として一貫して「木」を使われている理由と、それが朽ちていくことの意味について教えてください。

川俣 木を使うのは、一番簡便で、誰でも使えて、どこでも見つけられて、安価だからです。石や鉄を使うには特別なテクニックが必要ですが、木なら誰でも扱いやすい。今回はこのメゾンの近くで調達した木材を使っていますが、新材か古材かというこだわりもとくにありません。木は自然に朽ちていくからこそ、「人の手が関わり続ける」という余白が生まれます。メンテナンスフリーの作品はありえず、鉄も石も維持には人の手が必要です。手がかかる作品は、5年後にまた手入れして直さなければいけないけれど、そうやって地域の人やコミュニティが関わり続けることで、結果的に作品のかたちは残っていくのです。

──人が関わり、更新され続けることで、作品が永続していくのですね。

川俣 僕の作品は結局のところ「型(スタイル)」なんです。伊勢神宮や京都の祇園祭の山車がそうであるように、オリジナルな材料そのものが残らなくても、「型」が継承されていけば作品は存続しうる。以前、フランスの田舎でつくった《ツリーハット》は、台風で母樹が倒れてしまったのですが、その壊れなかった部品を転用して別の場所に《ネスト》へと再構成しました。ちなみにツリーハットは、木を傷つけないように釘やビスを使わず、枝のあいだに引っ掛け、木と一緒に成長するようにつくっています。そうやって状態が変化していくこと自体が自然だし、面白いと思っています。

木材を持ちルイナールのブドウ畑を歩く川俣 Photo by FLORIE BERGER

終わらせない、つくり続けるということ

──今年の11月には「アートウィーク東京」にあわせて、代官山T-SITEの展示も控えているそうですね。最後に、40年以上プロジェクトを「つくり続ける」ことの原動力について教えてください。

川俣 代官山T-SITEでは、木を持ってきて並べたり、吊り鉢のような要素を組み合わせたりする構成を考えています。僕は自発的に何かを始めることはほとんどなくて、90パーセント以上はオーダーがきてから動いています。見たことがない場所、やったことがない規模や条件のオーダーがくると、やっぱりやりたくなる。もう40年も続けていますが、場所や時間、アシスタント、規模が変わっても、やっている本質は全然変わっていなくて、「ひとつのプロジェクト」をずっとつなげて、広げている感覚です。

 僕にとって重要なのは、作品を「完成」と見なさないこと。終わらせない、つくり続けるということです。終わらせないということは、つくること自体へのある種の否定や批評にもつながっていく。それは1980年代の東京のスクラップ・アンド・ビルドを経験した頃から変わっていません。どこまでいくかは僕自身にもわかりませんが、オーダーがあるかぎり、この終わらないプロセスをずっと続けていくのだと思います。

スタジオに置かれた《タワー》と《ネスト》の試作品 Photo by FLORIE BERGER