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2026.7.27

【前編】規模拡大の時代はもう終わったのか──ギャラリーの閉廊・再編から、アートマーケットの転換点を読む

BLUMの閉廊やPaceの組織再編をはじめ、世界各地でギャラリーの閉廊や再編が相次ぎ、現代アートの市場はいま大きな転換点を迎えている。本稿では市場データや主要ギャラリーの事例から、アートマーケットが抱える構造的課題を、ロサンゼルスとニューヨークの2都市を拠点とするアートジャーナリスト、シャイアン・アシルが読み解く。※7月28日24時まで、すべての方に全文お読みいただけます。

文=シャイアン・アシル 翻訳=Familiar / Strange Translation

「アート・バーゼル・パリ2025」の様子 Courtesy of Art Basel
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ギャラリー閉廊が問いかけるもの

 2025年夏のBLUM(旧Blum & Poe)の閉廊、そしてメガギャラリーであるPaceの組織再編と事業縮小。近年相次ぐこうした動きは、現在のギャラリーモデルは持続可能なのかという問いを、アートワールドに突きつけている。運営コストの上昇や利益率の低下、コレクターの購買行動の変化が重なるなか、ギャラリー経営の財政的な不確実性や世界各地で続く紛争も背景となり、いま改めてアートマーケットの構造そのもの、さらには経済的・政治的に不安定な時代において芸術はいかなる役割を果たすべきなのかが問い直されている。

 BLUMのディレクターであるティム・ブラムと、Paceの最高経営責任者であるマーク・グリムシャーは、それぞれ閉廊や組織再編の理由として、現在のギャラリーモデルの不安定さを挙げている。両者に共通しているのは、商業化と企業化が進み続けるアートワールドに対する違和感である。彼らの言葉からは、競争よりも共同体意識が重視されていた時代へのノスタルジアと、現在の非人格的なアートシステムへの失望がうかがえる。同時に2人は、この状況を生み出したシステムに、自らも加担してきたことを率直に認めている。そして、その認識こそが、閉廊あるいは組織再編という決断へとつながったのである。

 もちろん、こうした市場の変化を単一の要因だけで説明することはできない。市場にはつねに好況と不況があり、長い目で見ればギャラリーの開廊と閉廊は自然な循環でもある。しかし、よりミクロな視点から見れば、近年のアートマーケットの不安定さは、混迷を深める社会におけるアートの位置づけと、それを流通させるシステムとのあいだに生じた乖離を映し出している。アートが果たす社会的役割と、それを支える市場構造との隔たりは、これまで以上に顕在化しているのである。拡大と成長を前提とする巨大企業型のモデルは、もはや十分に機能していない。むしろいま求められているのは、アートを利益を生み出す商品としてではなく、人間的な営みとして捉え直す視点ではないだろうか。より小規模で、より個人的で、コミュニティに根ざしたあり方こそが、結果としてより持続可能なシステムにつながる可能性がある。

巨大アートフェアの様子 Photo by Spencer Chow on Unsplash

市場縮小が映し出す構造変化

 アートワールドにとって、パンデミック後の数年間は市場の不安定さを浮き彫りにする激しい変化の連続だった。流通や価値形成を支えるネットワークそのものが変容を迫られるなかで、アートワールドそのものが大きく揺れ動いていると言えるだろう。その兆候は、低調なオークション結果やプライマリーでの売上の減少、そして相次ぐギャラリーの閉廊といったデータにも明確に表れている。

 むろん、アートの売買動向が変化する背景には数多くの要因が存在する。国際的な紛争や政権交代を含む社会的・政治的な状況、それに伴う経済不安、世界的な物流・サプライチェーンの混乱、予測困難な関税政策の変動、さらには個々のコレクターや買い手の動機まで、多様な要素が市場に影響を及ぼしている。しかし、こうしたアートワールドの外的要因が存在するいっぽうで、近年の市場変化は、「規模の拡大こそが成功である」という前提のもとに築かれてきた構造が抱える、従来からの不安を改めて可視化している。このシステムを詳細に見ていくと、アートをますます商品化しながら、そのいっぽうで文化的資産としての価値を主張するという修辞的矛盾がもたらした結論が浮かび上がる。その影響は、とりわけ現代アートの領域において顕著である。

 2026年の現在から振り返ると、22年に「パンデミック後の市場は安定化した」と見なされていた状況は長く続かなかった。23年には「市場がやや軟化している」というささやきが聞かれるようになり、その傾向は徐々に勢いを増していく。そして24年には、売上の落ち込みやオークション結果の悪化、アートフェアでの購買減少へと雪だるま式に拡大し、それと歩調を合わせるように、24年から25年にかけて相次ぐギャラリー閉廊という事態が生じた。

 この変化を裏づけるデータとして挙げられるのが、アート・バーゼルとUBSによる毎年の「Art Market Report」である。パンデミックからの回復局面にあった2022年、世界のアート市場の売上高は678億ドルに達し、コロナ禍以前の水準を回復した。しかし翌23年には650億ドルへと落ち込み、24年にはさらに575億ドルまで縮小し、25年には596億ドルと、ようやく緩やかな回復傾向がみられたものの、23年から24年にかけての急激な市場縮小に比べれば、その回復はきわめて限定的であり、市場全体に広がった不安を払拭するには至らなかった。

2009〜25年の世界アート市場規模の推移 出典:「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2026」

 アートの絶え間ない商品化は、作品を文化的価値を創出する存在というよりも、市場の要請に応えるための商品として位置づける方向へと押し進めてきた。本来、アート市場とは創造的な実践を育み、芸術家の制作活動を支え、そのキャリアを応援したいと考える買い手と作家を結びつけるための仕組みであった。しかし現在、そのシステムは大きく変質している。市場が拡大を続けるにつれ、アーティストは高度な専門性をもつ創作者というよりも、既存の市場、そして際限なく膨張し続ける市場を満たすための商品を生産する労働者として位置づけられるようになっている。 

拡大を前提としたシステムの限界

 アートワールド──すなわち、アーティストとその作品を中心に据えながら、商業活動を通じて利益を生み出すビジネスと、その解釈を媒介する知の領域とからなる複合的なシステム──に対しては、アートの商品化、さらには企業化が加速度的に進んでいるという批判が繰り返し向けられてきた。アートを資産として捉えるならば、それを取り巻くネットワークは、作品を展示し、売買し、その価値を流通させるための仕組みとして機能している。

 こうした商品化は、西洋資本主義のポスト工業化社会において進行したグローバル化と専門職化の流れと切り離して考えることはできない。美術館は多国籍企業のような組織へと変貌し、アートフェアは世界中の買い手へ商品を提示する巨大な市場となった。さらに、世界各地でビエンナーレが乱立することで、国境を飛び回るジェットセッター型のアートワールドが形成され、アートは収益を生み出す娯楽や観光資源として位置づけられるようになった。

世界中の買い手へアートを商品として提示する巨大なアートフェアの様子 Photo by Spencer Chow on Unsplash

 しかしそのいっぽうで、アートは社会を映し出し、世界が抱える課題に向き合い、さらにはそれを是正し、人々を結びつける力を持つ文化的資産として語られてきた。つまり、アートは商品であると同時に公共的価値を担う存在でもある。この二重の役割こそが、現代アート市場が抱える大きな矛盾であり、認知的不協和を生み出しているのである。

 この構造は、「Art Market Report」の推移にも表れている。2022年には、成長・売上・市場拡大を最優先する現在の現代アート市場の基盤が築かれつつあった。市場の最上位層では顧客基盤が大きく拡大しており、アート・バーゼルとUBSが実施した調査によれば、100万ドルを超える作品を購入したコレクターの割合は、21年の12パーセントから22年前半には23パーセントへとほぼ倍増している。こうした需要を背景に、ギャラリー側も拡大路線を取っり、年間売上1000万ドルを超える事業者の半数が新規採用を行うなど、市場全体に成長への強い期待が共有されていたことがうかがえる。

 しかし、この状況は2025年には大きく様変わりする。コレクターの購買姿勢はより慎重になり、運営コストも平均で前年比5パーセント上昇した。その結果、多くのギャラリーはより慎重な経営判断を迫られることになった。2026年版「Art Market Report」によれば、25年には51軒のギャラリーが閉廊したいっぽう、新たに85軒が開廊した。現代アートを専門とするディーラーの売上はほぼ横ばいで推移し、ほかの分野と比較して成長率は低かった。また、コレクターはより実績のある作家や、歴史的に安定したカテゴリーへと関心を移していることが示された。

 その傾向は価格帯別のデータにも表れている。22年には現代アートの平均売上は270万ドルだったが、25年には180万ドルまで落ち込んだ。いっぽうで、安全資産とみなされる戦後美術とオールドマスターは、それぞれ1210万ドル、980万ドルへと売上を伸ばしている。経済状況が厳しさを増すなかで、コレクターはより安定性が高いと考えられてきたカテゴリーへと資金を移し、現代アート市場から徐々に距離を置くようになっていった。

2022年、現代アートの平均売上は270万ドルだったが、25年には180万ドルまで落ち込んだ 出典:「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2023」
いっぽうで、安全資産とみなされる戦後美術とオールドマスターは2025年、それぞれ1210万ドル、980万ドルへと売上を伸ばしている 出典:「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2026」

縮小の先に見えてきた新しいエコシステム

 近年、市場上位層と下位市場の動向を比較すると、「規模が大きいほど安定している」という、これまでのアートマーケットの前提そのものが揺らぎ始めていることがわかる。 

 世界的な不確実性が高まる現在、むしろもっとも改善が見られているのは市場の下位層である。2025年にはギャラリーの閉廊が相次いだものの、新規開廊数はそれを上回った。また、価格帯別のデータを見ても、市場が拡大していた2022年には1000万ドルを超える高額作品の売上がもっとも大きく成長したいっぽう、市場環境が変化した23年以降は25万ドル未満の作品が堅調に推移している。反対に、高額作品市場の回復は限定的にとどまり、「大きな市場ほど強い」という構図は揺らぎ始めている。

 市場が成長を続けていた時代には、最上位セクターがもっとも大きく拡大した。コレクターは最高価格帯の作品に積極的に資金を投じ、現代アートは投機的な投資対象として扱われた。その需要を背景に、多くのギャラリーは事業規模を拡大してきた。しかし今日は、金融市場の不安定化と世界情勢の混迷を受け、コレクターの支出行動も劇的に変化している。支出はより慎重になり、コレクターの関心は安定したカテゴリーへと移っている。その結果、もっとも大きな負担を背負う中堅・大手ギャラリーは、事業モデルの見直しを迫られる状況となっている。

 しかし、この変化は市場の後退ではない。むしろ、拡大を前提としてきた従来の成長モデルを見直す契機ともなりうる。市場の外側では、より小規模で、コミュニティに根ざした新たな実践が生まれ始めている。その可能性について、次稿ではロサンゼルスの事例から考えてみたい。