EXHIBITIONS

奈良原一高「消滅した時間」

奈良原一高 「消滅した時間」より「二つのごみ罐、ニューメキシコ」 1972 / 1973
ゼラチン・シルバー・プリント 33.3 × 49.4 cm ©Narahara Ikko Archives

 タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー / フィルムで、奈良原一高による個展「消滅した時間」が開催されている。

 本展では、1970年から74年にかけて滞在したアメリカを独自の巨視的な眼差しでとらえ、帰国後の1975年に写真集として結実した同名のシリーズより15点のヴィンテージプリントを展示。

「霧が薄く流れ始めた夜、サンフランシスコの港の近くを歩いていた僕は、蔦に包み込まれてしまった一軒の家に出合った。扉の上には葉のあいだから5……という番号が見えた。この家の中には人が居るのだろうか。

 この家の中にまったく想像もつかない営みがあるとしたら……そのようなことは想像してみるだに恐ろしいことだった。それは人の心のなかを覗こうとする行為にも似ていた。改めて僕は自分の心のなかに広げられたもうひとつの国の光景を想った。その国の中に4年のあいだ、僕は住んでいたのだった。僕の手で扉が閉じられたとき、その国の光景は、アメリカという舞台の照り返しを受けながら、もはや現実としての時間を消滅させていた」(奈良原一高、1975年1月「水のない海」、『消滅した時間』朝日新聞社、1975年、n.p.)。

 1960年代前半にヨーロッパを巡った奈良原は、次の滞在先をアメリカに決め、1970年にニューヨークへと渡る。翌年、当時気鋭の写真家として名を広めつつあったダイアン・アーバス(1923〜71)主催のワークショップに参加し、ストレートでパーソナルな視点を持った作品を生み出すアーバスと深く議論したことは、奈良原にとって写真を改めて考え直す重要な契機となった。

 その後、奈良原は1971年と72年にアメリカを横断する旅に出る。1回目は長距離バスで西部へと至り、約20日間かけてレンタカーで各地を巡った。その翌年、2度目の旅では新たにステーションワゴンを購入すると、ペンシルベニア州やイリノイ州など中西部を経由して南部のミズーリ州へと移動し、そこから前年と同じく西部を訪れる3ヶ月の長期にわたる旅程であった。先住民たちが暮らすニューメキシコ州の村を訪れ、その思想に触れた奈良原は、自然との共存のあり方を身をもって体感したと語っている。

 剥き出しの大地を照りつける太陽の光は、奈良原の写真において強いコントラストをもって深遠な影を描き出し、画面のなかで凝縮している。およそ半世紀前に奈良原が閉じたアメリカの原風景を再び開くとき、時空を超えたイメージが観者の前に現れ、写真を通じて普遍へと至ろうとする作家の境地を見ることができる。