2025.7.19

「体を成す からだをなす - FRAC Grand Large 収蔵作品セレクション展」(銀座メゾンエルメス ル・フォーラム)が開幕。フランスの現代アートを支えてきた公共コレクション

東京・銀座にある銀座メゾンエルメス ル・フォーラムで、グループ展「体を成す からだをなす - FRAC Grand Large 収蔵作品セレクション展が開幕した。会期は10月12日まで。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

ネフェリ・パパディムーリ 《森になる》のパフォーマンスの様子
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 東京・銀座にある銀座メゾンエルメス ル・フォーラムで、グループ展「体を成す からだをなす - FRAC Grand Large 収蔵作品セレクション展が開幕した。会期は10月12日まで。

 本展は、フランスのダンケルクにあるフランスの現代美術地域コレクションFRAC Grand Large(フラック・グラン・ラルジュ)が所蔵する作品を紹介するもの。銀座メゾンエルメス ル・フォーラムが、現代社会とアートの課題への取り組みとして、他機関との協働を通じたエコシステムを構想する試みを続けていることから実現した企画だ。

 FRAC Grand Large ― Haut-de-Franceは、1982年に前身であるFRAC Nord ― Pas de Calais(フラック・ノール=パ・ド・カレ)の設立から現在までに、750名のアーティストやデザイナーによる2000点を超える公共コレクションを形成。同コレクションは、美術館やアートセンターと連携し、国境を越えたアートネットワークを構築してきたほか、学校や病院、刑務所など様々な施設で展覧会を行うなど、地域のハブとなる活動も推進している。

 同コレクションは、メディア横断型の作品(絵画、彫刻、映像、インスタレーション、パフォーマンス)のほか、デザイン分野の作品も収集しており、作家に寄り添うことを大事なポリシーのひとつとしている。そのため現在は、存命中の作家の作品も意欲的にコレクションしている。

 本展では、FRAC Grand Largeのディレクターであるケレン・デトンをコ・キュレーターとして迎えながら、「社会的身体」をテーマに展開される。ヨーロッパ(フランス、イギリス、ベルギー、イタリア、ギリシャ、ルーマニア)、アメリカ、日本出身の13人のアーティストによる、1973〜2025年までの作品が紹介されている。

 まずはじめに、同ギャラリーの9階を入ると、ワルシャワ生まれのアーティストであるアンドレ・カデレの《丸い木の棒》が登場する。招待されていない展覧会のオープニングや公共空間に、丸い木の棒を持ち込むというアクションによって、既成の芸術空間や制度を批判する作品だ。

展示風景より、アンドレ・カデレ 《丸い木の棒》

 続いてテート・コレクションなどにも作品が収集されているヘレン・チャドウィックの、12枚の写真作品からなる《In the kitchen》が展示されている。女性の役割やアイデンティティをテーマに制作を行ったチャドウィックによる、女性の身体に注がれる視線について言及する作品だ。

展示風景より、ヘレン・チャドウィック 《In the kitchen》

 視線を移すと、ブリーヴ゠ラ゠ガイヤルド(フランス)生まれのポール・マヘケの《ラベンダー・レイ》が目に入る。9階を覆うようにかけられた薄紫色のベールによって視界が曖昧になることで、身体という世界との境界線が揺らぐように感じるだろう。

展示風景より、ポール・マヘケ 《ラベンダー・レイ》

 8階に移動するとすぐに、アテネ(ギリシャ)出身のネフェリ・パパディムーリのコスチュームとヴィデオ作品《森になる》が広がる。本作は、7月18日、19日に同ギャラリー隣のGinza sony parkでパフォーマンスが行われる。

 会場に展示されていたコスチュームを6人のダンサーが着用し、Ginza sony parkの5階から1階までを移動しながらパフォーマンスを行う。個別に動いていた6人が、次第に衣装を介してつながりあい、フロアを移動し建物の外へ向かう様子を、観客が追いかけながら鑑賞する。そうすることで、観客は気づかぬうちに周りの人々とともに外へ向かうことになり、ダンサーの動きを追体験することになる。

展示風景より、ネフェリ・パパディムーリ 《森になる》
ネフェリ・パパディムーリ 《森になる》のパフォーマンスの様子
ネフェリ・パパディムーリ 《森になる》のパフォーマンスの様子
ネフェリ・パパディムーリ 《森になる》のパフォーマンスの様子

 奥の吹き抜けのスペースには、笹原晃平のカラフルな作品《sunny》が目をひく。公共施設やお店に忘れられた傘を使ったインスタレーション作品で、展示するたびに傘を集め、笹原が書いたインストラクション(指示書)をもとに設置するものとなっている。笹原は自身がいなくなった後もこの作品が残るようにと、あえて指示書だけつくり、世界各地で展示される際も設営には立ちあわない。それどころか、設置する際も作家本人に連絡をしなくてよい、という指示まで残している。

 本展のコ・キュレーターであるエルメス財団のキュレーター説田礼子は、そんな笹原の意図を汲み取り、会場に来やすい日本での展示とはいえ、笹原が設営に参加するかどうかは自身で選んでいいと提案した。結果、本展のための新しい傘はエルメス財団側で用意したが、設置には笹原も関わることとなった。久しぶりに本作の設置を自身で行った笹原は、「意外と設置方法を忘れてしまっていた。また改めて自分でやることで、指示書の改善点も見つけることができた。説田さんの作品への深い理解に敬意を示すとともに、とてもよい機会をいただいたと感じている」。

展示風景より、笹原晃平 《sunny》
展示風景より、笹原晃平 《sunny》(作品の内側)

 同じ会場には、2000年にロンドンで結成したアーティスト・コレクティヴのアバケ/オバケの作品が展示されている。アバケは、アーティスト、出版社、作家、教育者、デザイナーで構成されており、本展には、輪島塗でできた《The Handshake》が展示されている。輪島塗は、各工程の専門家が順に作業し完成させるが、その専門家同士は同じ土地に生きているにもかかわらず、出会う機会がないという。その状況に疑問を抱き、ひとつの作品のなかで、違う技術によってつくられたものを並列関係に置くという作品が生まれた。

 じつはこの作品には続きがある。輪島での震災を経たことで、それを踏まえてこの作品を更新したいとアバケ側から提案があったのだ。すでにFRACの所属作品であるため、エルメス財団が借りているこの期間に、作品を変化させることは不可能かと思われた。しかしケレン・デトンは、作家に寄り添うことをポリシーとするFRACは、むしろこういった作家からの希望を受け入れ一緒に進めていくべきだと判断し許可を出した。今年の8月に、本作は輪島に一度戻り、新しい作品となって会場に戻ってくる予定だ。期間中に変化する作品の前後を、ぜひ自身の目で確かめたい。

展示風景より、アバケ 《The Handshake》

 本展ではほかにも、草間彌生をオマージした作品を制作したジェシカ・ダイアモンド、ユーモアを帯びた短い詩的なテキストを絵画のなかに登場させるクリスティーヌ・デュクニット、「大事なのはオブジェではなく、それをどこにどう置くかである」と語るブルーノ・ムナーリの作品も並ぶ。さらに、ポーリーヌ・エスパロン、ジェシー・ダーリング、タレク・ラクリッシ、アナ・トーフといった様々な地域出身の、多種多様な表現を探求する作家が紹介されている。

 美術館でもアートセンターでもない、フランスを中心とした現代アートを40年以上守り伝えてきた公共コレクション、FRAC Grand Large。これまで日本で紹介される機会は少なかったが、「社会的身体」というテーマのもと紹介される各国の作家の作品を通じて、現代アートの発展を確かに支えてきた本コレクションについて、理解を深められる機会となるだろう。