2025.7.13

「Nerhol 種蒔きと烏 Misreading Righteousness」(埼玉県立近代美術館)開幕レポート。Nerhol(ネルホル)新章の幕開け

埼玉県立近代美術館で始まった「Nerhol 種蒔きと烏 Misreading Righteousness」は、Nerholにとって重要な個展となりそうだ。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より
前へ
次へ

 昨年、千葉市美術館で大規模個展「Nerhol 水平線を捲る」が開催されたアーティストデュオ・Nerhol(ネルホル)。その第二章の幕開けとも言える個展「Nerhol 種蒔きと烏 Misreading Righteousness」が、埼玉県立近代美術館で始まった。担当学芸員は大浦周。

 Nerholは、グラフィックデザイナー・田中義久(1980〜)と彫刻家・飯田竜太(1981〜)により2007年に結成。人物を連続撮影した写真の束に彫刻を施した初期のポートレート作品で注目を集め、他者の思想や異なる分野領域とも大胆に接続しながらその関心と対象を拡げ、表現を深化させている。

 昨年開催された「Nerhol 水平線を捲る」は、結成以来の表現活動を振り返るものとなり、高い評価を得て、令和6年度芸術選奨文部科学大臣新人賞の受賞につながった。

 本展はその後に制作された最新作を中心に、未発表作を加えた約100点で構成するものだ。タイトルにある「種蒔きと烏 Misreading Righteousness」には、物事や行為の一義的な確かさに問いを投げかけ、そこに潜在する意味や覆い隠された関係を注視してきたふたりの一貫した姿勢が反映されている。

 展示冒頭にある円形の什器に展示されたインスタレーション《carve out》(2023)は、エドワード・マイブリッジによる連続写真を素材としたシリーズ作品。壁面ではなく、ゾートロープから着想された円形什器を囲むように36点が展示されており、回りながら見るという鑑賞者の能動的な行為によって作品との関係が構築される。

展示風景より、《carve out》(2023)

 通常ガラスを閉じて使われることが多い、波打つようなファサードに面した展示室。その床には、《Connecticut》(2025)が散りばめられた。2022年から珪化木を素材に用いてきたネルホルは今回、新たな展開として、その切断面に溶かした錫を流し入れ、年輪を金属によって覆い隠した。金属面は鑑賞者を含む周囲の光景をそこに映し出し、長い年月を蓄積してきた珪化木といまが接続する。

展示風景より、《Connecticut》(2025)

 タイルカーペットを剥がし床を露出させ、可動壁を排除した大きな展示室は、今回のハイライトと言っていいだろう。ここでは左右両側に展示された2つの平面作品が中心となる。それらは、近年Nerholが取り組む帰化植物(本来の自生地から人間の活動によって他の地域へ運ばれ、野生化した植物)を題材にしたものだ。

 《Hidden Crevasse》(2025)は、牧草として輸入され、明治以降に日本に定着していったシロツメクサを題材にしたもの。作家が撮影した数十秒のシロツメクサの動画から2万枚もの静止画を出力して手作業で裁断した断面が、横方向で積層して提示された。人間の知覚を超えた情報量を目の当たりにすることができる。静止画の積層を彫るというこれまでの造形行為から続く、新基軸と言えるシリーズだ。

展示風景より
展示風景より、《Hidden Crevasse》(2025)
展示風景より、手前から《ROck, Scissors, Paper》(2025)、《Hidden Crevasse》(2025)

 《Cornus florida linn》(2025)はハナミズキの学名を意味するものだ。そもそもハナミズキは、1912年に東京市がワシントンD.C.に贈ったソメイヨシノの苗木の返礼として、アメリカから贈呈された60本の原木が日本での植栽の始まりだった。本作は、その原木のうち唯一現存する1本を撮影した動画を素材としたもの。いまや街路樹として広く見られるハナミズキ。その歴史において外すことができない日米国間の関係や人為、因果を複雑な画面を通して提示する。

展示風景より、《Cornus florida linn》(2025)
展示風景より、《Cornus florida linn》(2025)

 展示の最後は、参加型のインスタレーション《種蒔きと烏》(2025)が飾る。床に置かれたのは1万枚もの白・黒2色の手漉き和紙によるポストカード。これらには1枚につき1粒のポピーの種が漉き込まれており、鑑賞者は好きなものを1枚持ち帰り、ポストカードごと土に埋めることも、手紙として誰かに送ることもできる。ポストカードを持ち帰る代わりに渡される同じ色の丸シールを壁面に貼ることで、鑑賞者の足跡がそこに残り、展示は外へと広がる。作家と来場者との新たな関係が紡がれる。

 連続イメージを積層し彫るという制作手法や様々な素材、対話という制作の起点などを改めて見つめなおし、新たなアプローチへと展開させたNerhol。昨年の美術館個展に続き、本展は彼らの新章幕開けとも言えるものとなった。

展示風景より、《種蒔きと烏》(2025)