2024.11.29

「アートサイト名古屋城 2024 あるくみるきくをあじわう」開幕レポート

名古屋城内の各所で「アートサイト名古屋城 2024 あるくみるきくをあじわう」が開催中。あらためて「観光地としての名古屋城」を見つめ直す機会となっている。会期は12月15日まで。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、久保寛子《水の獣》(2024)
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 2023年に初回が開催され、好評を博したアートプロジェクト「アートサイト名古屋城」が今年も開幕した。

 舞台となるのは徳川家康が築いた名古屋城。昨年はテーマを「想像の復元」として、名古屋城で長年行われてきた改修や復元の営みに着目。玉山拓郎や山城大督らが参加し、場内各所で作品が展開された。

 今年は、年間200万人以上の人々が国内外から訪れる“観光地としての名古屋城”を着想源に、「観光する行為」そのものに焦点をあて、「あるくみるきくをあじわう」をテーマに、6組のアーティストによる作品が城内全域に広がる。キュレーターは昨年に引き続き、地元愛知出身・在住の服部浩之。服部は、「日本観光文化研究所を設立し、雑誌『あるくみるきく』を刊行した民俗学者・宮本常一が旅の基本とした『あるく』『みる』『きく』という態度に着想を得た」と語る。

 参加アーティストは、狩野哲郎、久保寛子、高力猿猴庵(こうりき・えんこうあん)、菅原果歩、千種創一(ちぐさ・そういち)+ON READING、蓑虫山人(みのむし・さんじん)。このうち展示の起点となるのが、蓑虫山人と高力猿猴庵だ。

展示風景より

 美濃国に生まれ尾張国に没した蓑虫山人(1836〜1900)は、江戸から明治初期にかけて日本国内を旅し、様々な土地の人やものと出会い交流を重ね、ユーモラスな旅の記録を絵日記で残した。藩士でありながら目立った役職に就かず、生涯の多くを執筆活動に費やしたという蓑虫。その絵日記は、風光明媚な風景や建築物のなかに彼自身や彼が出会った人やものを描き込み、当時の「メディア」となった。現代のSNSや自撮りを先取りするような、パーソナルな記憶と土地にまつわる歴史的な記録を重ねた図絵は、当時の庶民文化をいまに伝えている。

 いっぽう高力猿猴庵は江戸中期に尾張国に生まれ、この地に暮らした絵師。名古屋城下の人々の暮らしや風俗をひたすら丹念に描き、図絵を多数残した。

 会場入口にはこのふたりの過去の「旅の達人」の作品の複写がビルボードのように展示され、展示の導入の役割を果たす。

展示風景より

 神話や歴史などに着想を得てダイナミックな立体を生み出すことで近年注目を集める久保寛子名古屋城のシンボルとも言える「シャチホコ」に関心を抱いた久保は、そのルーツをたどり、古今東西の神話に登場する龍へと行き着いたという。東洋では水を司る守神として崇められてきた龍。久保は水害対策や工事現場で用いられるブルーシートを用いて、シャチホコのように二対となる彫刻《水の獣》を本丸御殿中庭に立ち上げ、名古屋城と自身の作品を接続させた。

 またジャコウネコをモチーフにした障壁画から着想を得た、小さな彫刻《ANCIENT CAT》も見逃さないようにしたい。

展示風景より、久保寛子《水の獣》
展示風景より、久保寛子《ANCIENT CAT》

 秋田公立美術大学卒業後、現在は東京藝術大学大学院に在籍する菅原果歩は、大学生の頃からカラスを観察し、写真やフィールドノートによって記録してきた。そんな菅原が着目したのが、名古屋城に棲まう沢山のカラスだ。

 昼間は観光客で賑わう名古屋城だが、夜には多くのカラスたちが舞い戻る。明治期の建築である「乃木倉庫」の中に展示された《青い鳥が棲む場所》は、1ヶ月におよぶ名古屋城滞在のなかで記録した同城のカラスたちの様子を「サイアノタイプ」という日光を用いた写真によって障壁画のように描き出したものだ。サイアノタイプによって黒ではなく青で表現されたカラス。色が変わることでカラスのイメージが大きく変換されている。菅原による緻密なフィールドノートは実際に手に取ることができるので、ぜひ目を通してほしい。

展示風景より、菅原果歩《青い鳥が棲む場所》
展示風景より、菅原果歩のフィールドノート

 植物や鳥など、人間以外のものたちへと目を向ける狩野哲郎は、屋外の水飲み場や自生しているバナナ(芭蕉)の木、巨大なイチョウの木など、通常の観光ではあまり注目されない場所に様々な立体作品を展開。作品によって場所に働きかけることで、鑑賞者に新たな視点を与えている。

展示風景より、狩野哲郎《一本で複数の木》

 さらに本丸御殿内では、襖絵の動植物たちに呼応するような立体作品《系(供物、囮、わな)》を4部屋にわたり展示。現代の素材によって構成されているが、空間と見事な調和を見せた。

展示風景より、狩野哲郎《系(供物、囮、わな)》
展示風景より、狩野哲郎《系(供物、囮、わな)》

 二之丸御殿の北側に造営された回遊式大名庭園「二之丸庭園」には名古屋出身の歌人/詩人の千種創一と、短歌集の出版なども行う書店「ON READING」が協働した作品《the Garden》が広がる。

 本作は二之丸庭園の回遊式庭園の特性を活かした作品となっており、各所に千種による13首の短歌が鏡に印字されて散りばめられている。鏡には周囲の風景とそれを読む鑑賞者の姿が重なることで、作者としての「わたし」と読み手としての「わたし」の関係が相対化される。紙の上とはまた異なる、庭園という環境のなかで短歌を読む体験を堪能してほしい。

展示風景より、千種創一+ON READING《the Garden》
展示風景より、千種創一+ON READING《the Garden》

 また、二の丸茶亭では、十二代尾張藩主・徳川斉荘(なりたか)が知多半島を視察した際にまとめた『知多の枝折』に呼応するように、千種が実際に同じ旅路をたどり詠んだ返歌が映像作品《知多廻行録》として展示されている。

 名古屋城を「観光」という観点から照射する今回の「アートサイト名古屋城」。会期中には、夕暮れから夜間にかけて賑わう3日間の限定イベント「ナイトミュージアム名古屋城」(12月6日・7日・8日)も開催され、3つのトークプログラム(「蓑虫山人と猿猴庵のあるくみるきくをたどるたび」「樹木医から診る名古屋城のカヤの木 2024」「山下陽光のおもしろ金儲け大学」)や3つのパフォーマンス(「尾張名古屋のカワラモノ音楽」「川村亘平斎の影絵と音楽」「SOUND OF AIR 精油蒸留の実演」)、リトルマーケットなどを楽しむことができる。名古屋城の魅力を味わい、新たな魅力に遭遇してほしい。