2024.9.5

「フリーズ・ソウル2024」が開幕。マーケットの変化を映す挑戦

第3回のフリーズ・ソウルが9月4日、江南区のCOEXで開幕した。釜山ビエンナーレや光州ビエンナーレと並行して開催されている今年のフェアには、世界中からアート関係者が多数集結している。マーケットの減速が囁かれるなか、ソウルがどのようにその存在感を発揮しているのかを現地から考察する。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

フリーズ・ソウル2024の会場風景より、TARO NASUのブース
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 これまでわずか2回の開催ながら、フリーズ・ソウルはすでに9月のアート界におけるもっとも重要なイベントのひとつとして定着している。その第3回となるフェアが9月4日、ソウル・江南区のCOEXで開幕した。

 今年のフェアには、世界30の国と地域から110以上のギャラリーが参加しており、そのうち6割以上がアジアに拠点を持つギャラリーである。メインセクションの「ギャラリーズ」や20世紀後半までの作品を展示する「フリーズ・マスターズ」、アジアの若手ギャラリーを紹介する「フォーカス・アジア」に加え、パフォーマンス・アートを取り入れた「フリーズ・ライブ」が新設され、さらに多彩なプログラムが展開された。

「フォーカス・アジア」の展示風景より、ギャラリーPARCELがルー・ヤンの映像作品を紹介している

 今年のフリーズ・ソウルの特徴のひとつは、韓国の主要なアートイベントである釜山ビエンナーレ(8月17日開幕)や光州ビエンナーレ(9月7日開幕)と同時期に開催されていることが挙げられる。昨年のフェアには120以上の美術機関の関係者が訪れたそうだが、今年はこれらのビエンナーレとの相乗効果により、さらに多くのキュレーターやパトロンがソウルに集まり、街全体がアートであふれる様子が見られる。

 「美術手帖」の取材に対し、フリーズ・ソウルのディレクターであるパトリック・リーは、「今年のソウルは素晴らしい仕事をしていると思う。各施設の展示も素晴らしく、雰囲気もエネルギーに満ちている。このエネルギーをフェアにも持ち込み、活気あふれる空間をつくりたい。人々が楽しみ、興奮するような場にしたい」と述べた。

会場風景より、タカ・イシイギャラリーのブース

ギャラリーセールスのハイライト

 参加ギャラリーの多くは、今年のフェアに対してポジティブな評価を寄せた。ハウザー&ワースのエグゼクティブ・ディレクター兼パートナーであるジェームス・コックは、「尊敬する美術館のキュレーターや機関との素晴らしい会話を交わし、多くの新しいつながりも築くことができた」と述べ、今年のパフォーマンスが期待を超えたことに満足している様子を見せた。

 同ギャラリーは、韓国での初個展をホアム美術館で開催中のニコラス・パーティの絵画(35万ドル)や、光州ビエンナーレにも出展されるアンベラ・ウェルマンの作品(4万ドル)をはじめ、エイブリー・シンガーの絵画(57万5000ドル)、ヘンリー・テイラーのペインティング(45万ドル)、アンヘル・オテロの作品(28万5000ドル)、キャサリン・グッドマンの絵画(13万5000ドル)、フローラ・ユクノビッチの新作(2万2000ポンド)など、多数の作品を販売したと報告している。

ハウザー&ワースのブースより、左はルイーズ・ブルジョワ《femme》(2003)

 Take Ninagawaは、青木陵子や䑓原蓉子、河井美咲、宮本和子、笹本晃など、女性アーティストを中心にした作品群を展示。初日には笹本の映像作品がアジアの美術機関に収蔵され、ギャラリーオーナーの蜷川敦子は「多くの美術機関の関係者に会えて本当に嬉しい」とコメントしている。

Take Ninagawaのブース

 ソウル市内のギャラリーでマーク・ロスコ李禹煥の2人展を開催し注目を集めているPaceでは、先月末に取り扱いを発表した岡﨑乾二郎の作品3点(1万2000ドル〜8万ドル)をはじめ、ソウルのアートセンター・Space Kで個展を開催しているカイリー・マニングの新作絵画(10万ドル)やロバート・インディアナのブロンズ彫刻(55万ドル)、ロバート・ナヴァの絵画(18万5000ドル)などを販売。また、奈良美智の作品9点も初日に取引された。

Paceのブース

 デイヴィッド・ツヴィルナーは、ゲルハルト・リヒターやロバート・ライマン、フェリックス・ゴンザレス=トレス、ルーカス・アルーダ、フランシス・アリス、オスカー・ムリーニョ、キャサリン・バーンハートなどの作品を初日に販売し、シニア・パートナーのクリストファー・ダメリオは次のようなコメントを寄せている。「フェアは成長を続けており、ソウルはアジアの中で間違いなくこのレベルの国際アートフェアにふさわしい都市のひとつだ。初日は多くの韓国および地域のお客様とお会いでき、素晴らしいスタートを切ることができた」。

デイヴィッド・ツヴィルナーのブース

 BLUMはマーク・グロッチャンの絵画を80万ドルで販売。グロッチャンは今年の秋にBLUM東京で個展も予定されている。また、河鐘賢(ハ・ジョンヒョン)の絵画(39万ドル)や奈良美智の紙作品4点(12万5000〜27万5000ドル)、石川順惠の絵画(3万5000ドル)が売れたほか、浜名一憲(2万ドル)、上田勇児(6000〜7000ドル)、西條茜(2500〜5000ドル)による複数点の陶芸作品も売約済みとなったという。

BLUMのブース

 そのほか、グラッドストーン・ギャラリーは、現在リウム美術館で大型個展を開催しているアニカ・イーの彫刻を20万ドルで販売。リッソン・ギャラリーでは、杉本博司の作品が40万6800ドル、イケムラレイコの絵画が9万ユーロで販売され、ペロタンでは、村上隆の絵画が60万ドル、Mr.の絵画が11万ドルで売れた。NANZUKAではダニエル・アーシャムの絵画が10万〜15万ドルの価格帯で取引された。また、サンフランシスコのJessica Silverman Galleryも好調で、イスタンブール生まれのアーティスト、ハヤル・ポザンティによる油絵が完売したという。

マーケットの減速と韓国のアートハブとしての展望

 いっぽうで今年のフェアでは、アートマーケットの減速を指摘する声も聞かれた。これについてパトリック・リーは、「韓国やアジアだけでなく、すべてのマーケットは循環するものだ。これは世界的な傾向であり、我々のマーケットもその流れに沿っている」と語っている。

 タデウス・ロパックは、「結論を出すにはまだ早いが、初日の売上は昨年と比べてやや鈍化している」と述べつつも、「ソウルのアートシーンには素晴らしいダイナミズムがあり、フリーズはここでの存在感と影響力を確立している」として、今後の展開に楽観的な見解を示している。

タデウス・ロパックのブース

 同ギャラリーは初日、ソウル市内で新作個展を開催中のゲオルク・バゼリッツの絵画(100万ユーロ)や、今月プログラムに加わった韓国のアーティスト、イ・カンソの作品(18万ドル)、そして10月のフリーズ・ロンドンに合わせてロンドンのギャラリーでの初個展を控えるヒミン・チョンの絵画(3万2000ドル)などの作品を主に韓国のコレクターに販売したという。

 こうした状況下でも、TARO NASUのディレクターである細井眞子は、「中間層のコレクターが安定しているので、確実に狙える市場だ」と語った。中規模ギャラリーにとっては、1000万円(約7万ドル)以上の作品の販売が鈍化しているいっぽうで、小型の作品や1万5000ドル〜3万ドルの価格帯の作品には依然として高い需要があるという。同ギャラリーは初日、田島美加、榎本耕一、ジョナサン・モンク、ブノワ・ピエロンらの約10点の作品を1点あたり5万ドル以下の価格で販売した。

TARO NASUのブース

 多くの出展ギャラリーや来場者は、ソウルが非常に豊かなアートエコシステムを持つ都市であると指摘している。韓国政府による文化芸術への積極的な支援や、K-POPをはじめとする韓国文化が国際的に人気を集めていることが、ソウルをアート関係者にとって魅力的な訪問先にしている。

会場風景より、ガゴシアンのブース

 ソウルがアートハブとしての地位を強固にしている理由について、パトリック・リーは次のように語っている。「ソウルには非常に強いアーティスティックな実践があり、ギャラリーにとっても良い場所だ。コレクター層も素晴らしく、アートや文化を大切にしている。この街の文化的な織り成しは素晴らしいし、ビジネスを行ううえでも、ロジスティクス面で利便性が高い場所だ。食べ物や雰囲気の良さもあって、多くの要因が組み合わさりソウルの魅力を高めている」。

 フリーズ・ソウルは、韓国とアジアのアートシーンをさらに活性化させる重要なプラットフォームとして成長している。そのエネルギーと可能性は、今後も続くだろう。今回のフェアを通じて、ソウルはアートの国際都市としての存在感を一層強め、訪れる多くの人々に新たな発見と刺激を提供し続けるに違いない。

会場風景より、Yutaka Kikutake Galleryのブース
会場風景より、SCAI THE BATHHOUSEのブース