2026.8.27

猪熊弦一郎、ニューヨークの美術館で初個展。20年にわたる滞在やジョーンズ、ラウシェンバーグらとの交流に光を当てる

猪熊弦一郎が1955年から20年間を過ごしたニューヨーク時代に焦点を当てる展覧会「Gen'ichirō Inokuma's NYC Salon」が、ニューヨークのジャパン・ソサエティー・ギャラリーで開催される。会期は10月6日〜2027年1月10日。ニューヨークの美術館における猪熊の初個展となる。

《Haniwa II》(1956)キャンバスに油彩 Collection of the Japan Society Gallery. Photo by Go Sugimoto
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 画家・猪熊弦一郎(1902〜1993)のニューヨーク時代に焦点を当てる展覧会「Gen'ichirō Inokuma's NYC Salon」が、ニューヨークのジャパン・ソサエティー(JS)ギャラリーで開催される。会期は10月6日〜2027年1月10日。ニューヨークの美術館における猪熊の初個展となる。

 1902年に香川県高松市に生まれた猪熊は、東京美術学校(現・東京藝術大学)で藤島武二に学び、38年には渡仏。アンリ・マティスとの交流などを経験した。戦後は三越の包装紙「華ひらく」をはじめとするデザインでも知られ、55年、53歳でニューヨークへ移住した。

創作の源泉としてのニューヨーク

 猪熊にとってニューヨークへの移住は、制作の大きな転換点となった。ジャパン・ソサエティー・ギャラリーと丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)による共同企画となる本展では、猪熊が1955年から75年までの20年間を過ごしたニューヨークに焦点を当て、この都市がその創作に与えた影響とともに、戦後ニューヨークの国際的な芸術コミュニティにおいて猪熊が果たした役割を検証する。マンハッタンで制作された絵画を通じ、都市の建築や景観、実験的な芸術文化との出会いによって、その表現が具象から大胆な抽象へと変化していく過程をたどる。

 MIMOCAやジャパン・ソサエティーの所蔵品に加え、近年再発見されたニューヨークの「Hirose Family Collection」から、絵画、写真、映像、書簡、デザイン、印刷物、記録資料、身の回りの品々などが集結する。ニューヨークのウィラード・ギャラリーで開催された当時の展覧会に出品された作品も、今回再び一堂に会する。

《Monochrome 2》(1963) The Hirose Family Collection, in memory of Dr. Teruo Hirose and Shigeko Masuda Hirose. Photo by Go Sugimoto

 また、絵画だけでなく、猪熊自身が撮影した膨大な写真アーカイブや、これまでほとんど公開されてこなかった8ミリフィルムも紹介される。そこに記録されているのは、建築、街路、パレード、グラフィティ、日常の風景など、1950〜60年代のマンハッタンの姿だ。さらに、街を歩くなかで猪熊が独自の審美眼によって収集したアメリカのオブジェも展示され、ニューヨークという都市そのものがいかに創作の源泉となっていたのかを浮かび上がらせる。

 いっぽう、猪熊の活動がファインアートにとどまらなかったことにも光を当てる。日本の伝統的な竹籠や絹の風呂敷にモダニズムの感覚を取り入れた仕事をはじめ、グラフィックやプロダクトデザインを紹介。在ニューヨーク日本国総領事館の茶道紹介パンフレットや、日米修好通商100年記念事業の広報物なども展示し、デザイナー、さらには日米の文化交流を担った存在としての猪熊をとらえ直す。

ジョーンズ、ラウシェンバーグ、ロスコらが集った「サロン」

 本展のもうひとつの核となるのが、タイトルにも掲げられた「猪熊弦一郎のNYCサロン」だ。猪熊と妻の文子はニューヨークで幅広い交友関係を築き、日本から訪れる芸術家や建築家と、アメリカの前衛芸術を担う人物たちを結びつける社交の場を育んだ。

 その交流には、ジャスパー・ジョーンズ、ロバート・ラウシェンバーグ、マーク・ロスコアレクサンダー・カルダー、イサム・ノグチ、ジョン・ケージ、マース・カニングハムらが含まれていた。本展では写真や書簡、芳名録などの資料を通して、こうした友情が国籍や表現領域を越えた芸術交流へと発展していった様子を紹介。1950〜70年代のニューヨークを形成した創造的なネットワークのなかに、猪熊を改めて位置づける。

《Untitled》(1968) The Hirose Family Collection, in memory of Dr. Teruo Hirose and Shigeko Masuda Hirose. Photo by Go Sugimoto

 ジャパン・ソサエティー・ギャラリーのシニア・ディレクター、ミッシェル・バンブリングは、ニューヨークが猪熊にとって「芸術の再創造を促す触媒」だったと説明。都市の建築や創造的なエネルギー、芸術家たちとの交流がその表現を新たな方向へ導くと同時に、猪熊夫妻が築いた友情が日米の文化コミュニティを結ぶ架け橋になったとする。アメリカ独立250周年を迎える2026年という機会に、猪熊をはじめニューヨークを拠点に活動した日本人アーティストが戦後アメリカ美術に果たした役割を再考する展覧会となる。

 なお、開幕日の10月6日にはロバート・ラウシェンバーグ財団との協働によるシンポジウムも開催。ノグチ美術館ディレクターのエイミー・ハウや美術史家の富井玲子、MIMOCA副館長兼チーフキュレーターの中田耕市らが登壇し、本展のテーマである戦後の芸術交流について議論する予定だ。