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2026.10.10

ヘルナン・バス インタビュー。冴えないセールスマンたちの、一瞬の晴れ舞台を描く

マイアミを拠点に活動するヘルナン・バスの個展「TIME TO SHINE! (the salesmen)」が、11月11日まで、六本木のペロタン東京で開催中だ。東京での個展は8年ぶり。ヴェネチアで発表された、観光客を主人公とするシリーズ「The Visitors」(2026)に続き、本展ではセールスマンたちを描いた新作が並ぶ。アメリカ社会へのユーモラスなまなざしや、20年以上描きつづけてきた青年たちとクィアな感性について話を聞いた。※10月11日24時まで、すべての方に全文お読みいただけます。

聞き手・構成・翻訳=灰咲光那 ポートレート撮影=稲葉真

ヘルナン・バス、個展「TIME TO SHINE! (the salesmen)」にて
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ヴェネチアに潜むユーモア

──今年のヴェネチア・ビエンナーレ会期中、カ・ペーザロ国際近代美術館で発表された「The Visitors」(2026)は、観光地を舞台にしたシリーズとして話題を呼びました。反響はいかがでしたか?

ヘルナン・バス(以下、バス) いちばん期待していたのは、作品に込めたユーモアを汲み取ってもらうこと、そして題材の重さばかりを背負い込まずに見てもらうことでした。実際、多くの方がそのおかしみに気づいてくれたのは嬉しかったですね。私は観光を厳しく批判しようとしているわけではありません。出発点はむしろ、旅先となる土地そのものへの興味にあります。それに、作品全般について言えることですが、私はいつもどこかにユーモアを忍ばせているんです。

ヘルナン・バス「The Visitors」展(カ・ペーザロ国際近代美術館、ヴェネチア、2026)の展示風景より Photos by Andrea Rossetti. Courtesy of the artist, Victoria Miro, Lehmann Maupin and Perrotin

──重いテーマにもユーモアで向き合うことが多いですね。とはいえ、世界中から人が押し寄せる街で「訪問者」を描くことに、ためらいはありませんでしたか?

バス 観光客のせいで街がめちゃくちゃになっていく、という展覧会をやるなら、ヴェネチアをおいてほかにないでしょう。制作中は3ヶ月近くその街に暮らしました。それだけいると、道にも詳しくなるし、地元の知り合いもできて、自分も現地の人間になったような気がしてくる。けれど同時に、自分はヴェネチアの人間ではないという事実も自覚しなければなりません。「訪問者」をテーマにした展覧会を、観光客であふれる街の訪問者たちが見に来る。あの場所で作品を手がけること自体に、そもそも皮肉が内包されていたんです。 

──「The Visitors」シリーズから、今回の個展「TIME TO SHINE! (the salesmen)」に向けて、どんな変化がありましたか?

バス 自分の描き方に対して、これまでになく迷いがなくなったと感じています。「The Visitors」を通じて、絵画について、そしてキャラクターをどう扱うべきかについて、本当に多くを学びました。おそらく、自分にとってもっとも重要なシリーズです。20年あまり人物ばかり描いてきたのに、ネタが尽きるどころか、描きたい人物がいまほど次々と浮かぶ時期はありません。私が自信をつけてきたのと同じように、登場人物たちも少しずつ堂々としてきた気がしますね。 

インタビューに答えるヘルナン・バス

売り込むのは、一瞬の輝き

──今回の主役は、どこか冴えないセールスマンたちです。彼らに目を向けたのはなぜでしょう?

バス ひとつのシリーズを長く続けると、キャラクターに飽きてしまうんです。それで次は、観光客とは逆の立場、観光で生計を立てる側のセールスマンを描くことにしました。もともと私は、誰からも気に留められない人物に惹かれます。観光客が地元の人に向けるまなざしも、まさにそうですよね。セールスマンが輝けるのは、10秒後にはこちらの顔など忘れているであろう相手に、自分を印象づけるほんの一瞬だけ。そこで浮かんだのが「Time to shine(輝くとき)」という言葉でした。

 例えば、本展最大の作品《All you ever wanted to know about 5B》(2026)の「5B」は、ヤードセール(主に北米において個人の自宅の庭先やガレージなどで行われる不用品のフリーマーケット)で物を売る男性の部屋番号です。口をきいたこともない隣人を知る機会なんて、ヤードセールくらいでしょう。人となりは、残す物より手放す物に表れる。並んだ品々は、いわば売り手の自画像です。商売は下手でも、彼は彼なりに輝いているんです。

ヘルナン・バス《All you ever wanted to know about 5B》(2026)リネンにアクリル 213.4 x 548.6 cm Photo by Silvia Ros. Courtesy of the artist and Perrotin

──一見のどかなアメリカの風景ですが、よく見るとどこか皮肉が効いています。本シリーズは、アメリカ社会への批評でもあるのでしょうか?

バス もちろんです。野球場の綿菓子売りやヤードセールなど、今回描いた光景の多くはアメリカ特有のもので、ほかの国ではほとんど見かけません。暮らしていると苛立つことも多いアメリカですが、だからこそ私にとっては興味の尽きない場所なんです。奇妙な習慣がたくさんあって、ほとんどシュールと言っていいくらい。政治には踏み込まずに、自分たちのおかしさを世界に見せるのが好きなんです。それに、移民一世の子供として、アメリカという国の奇妙さに戸惑う両親の姿を見てきたことも大きいと思います。キューバから来た私の両親にも、ヤードセールはさっぱり理解できないものでしたから。

物に語らせる肖像画

──画面の隅々に散りばめられた品々が印象的です。作品の制作過程について教えてください。

バス いつもは下絵を描くのですが、《All you ever wanted to know about 5B》では描かずに始めたんです。そのぶん、普段より時間がかかったのかもしれません。それでも構図だけは最初から頭にありました。前景・中景・背景を重ねた、デイヴィッド・ホックニー風の平面的な画面です。そこに並べる物を集めるために、ちょっとした「爆買い」もしましたね。並んだ品々から主人公の趣味を読み解くのも、見る人にとっての楽しみになると思います。彼は愛国者でありながら、ハロウィン好き。砂漠のような場所に住んでいそうなのに、ソリ遊びもする人なんです。

作品について語るバス

──描かれた品々から、彼の人となりが浮かび上がってきますね。まずキャラクターを決めてから、周りのモチーフを選んでいくのでしょうか?

バス 本作では、まず描き込みたい物をリストアップするところからスタートしました。日本で発表することは決まっていたので、ヤードセールは少し見慣れない光景かもしれないと考え、男性にはあえて小さな星条旗を持たせました。しかし、途中までは光も影もない平らな色面だけで、どうにも物足りない。そこでさらに2週間かけて、木の影や木漏れ日を描き加えました。この木漏れ日があって初めて、絵が完成したと感じています。 

──綿密なリサーチも制作の特徴ですね。その過程も楽しんでいますか?

バス 実際に描くより楽しいときもあるくらいです。自分がワクワクしていなければ、ほかの誰かをワクワクさせることなんてできませんから。ときには、まったく必要のない、でも自分にとっては大事な細部にまでこだわってしまいます。例えば綿菓子売りの男性の制服は、1970年代に実在した球場のものをもとにしました。誰も気づかないし、気づく必要もない。それでも描いていると、そんなことばかり頭に浮かんでしまうんですよ。

ヘルナン・バス《Showmanship sells sugar》(2026)リネンにアクリル 101.6 x 76.2 cm Photo by Silvia Ros. Courtesy of the artist and Perrotin

──原点についても聞かせてください。はじめから画家を志していたのでしょうか?

バス 美術系の高校に通っていた頃は、どちらかといえば写真少年でした。ところが授業をサボりすぎて退学になり、暗室が使えなくなってしまった。暗室の代わりに台所のテーブルで、アイデアを絵に描きはじめました。物語が膨らむほど、写真より絵のほうが向いていると感じるようになり、いまではドローイングも含め、描くこと自体が面白くてしかたありません。大学は性に合わず、1学期でやめてしまいました。だから、きちんと美術を学んだことはないんです。そのぶん、自分に飽きないよう新しい線を探しつづけています。 

揺れる時期を描き続けて

──作品ごとに、じつに多くのキャラクターが登場します。一人ひとり、まったく別の人物として描いているのですか?

バス 20年間描いてきた人物は、ぜんぶ同じキャラクターとも言えるかもしれません。同じ年頃で、同じ態度をとり、同じ感情を抱えているからでしょう。でも、私自身は同一人物だとは思っていません。この絵の彼とあの絵の彼が、一緒につるむ姿なんて想像できませんね。顔が似ているとよく言われますが、骨格のタイプを繰り返すことはあっても、見た目まで同じではないんです。 

──それにしても、みんな細身で美しい青年ばかりですね。1980年代のゲイ男性の理想像は筋肉質で、そこに馴染めなかったことから細身の人物を描きはじめたそうですね。クィアカルチャーをめぐる状況が大きく変わったいま、作品の受け止められ方にも変化はありましたか?

バス 見た目についての反応は、あまり変わっていませんね。最近はむしろ「なんで男ばっかり?」「しかも白人ばっかり?」と聞かれるようになりました。考えたこともなかったので、そこは新鮮でした。だったら、それを逆手にとってみようかと。いま構想しているのは、16歳の誕生日を迎えた白人の少年の絵です。いまの世の中、アメリカの16歳の白人男子ほど危険な存在はいませんからね。 

ヘルナン・バス「TIME TO SHINE! (the salesmen)」展の展示風景 Photo by Osamu Sakamoto. Courtesy of the artist and Perrotin

──声高に主張することはなくても、作品からはクィアな感性がにじみ出ています。その感性は、どのようにして作品に宿るのでしょう?

バス 私の作品を知らない人が展示を見に来るのを眺めるのが好きで、ときどきこっそり後をついて回るんです。あるとき、展示を3分の1ほど進んだところで、男性が連れの女性に「たぶんこの作家、ゲイだよね」と言っていました(笑)。そこまできてやっと、という感じですね。

 ゲイの私からすると、クジャクは美しい。なぜかはわかりません。でも、クィアな人たちが不思議と惹かれるものがあると思います。正直、「クィアネス」という言葉はあまり好きじゃないんですけどね。少なくとも私のなかでは、この絵に「ゲイです」と主張しているところはひとつもありません。でも、ヤードセールの(絵ではその)男性の趣味を並べてみると、「クィア」の本当の意味が見えてくるのかもしれない。フラミンゴに『クリープショー』に『バンビ』(*1)、どうして全部好きなの?ってね。やっぱり彼には、どこかクィアなところがあるでしょう。ゲイという意味でも、もともとの「風変わり」という意味でも。

*1──『クリープショー』と『バンビ』は、それぞれ1982年に公開されたアメリカのオムニバス形式のホラー映画と、ウォルト・ディズニーが製作し1942年に公開された、子鹿の成長を描くアニメーション映画。

──少年期から大人へと移行するあいだのどちら付かずの危うげな状態を体現している「ファグ・リンボ(Fag limbo)」という言葉は、どのようにして生まれたのですか?

バス もう20年以上前に考えた言葉ですが、私がずっと描いてきたことを、いまでもぴったり表していると思います。自分が何者で、どんな人間なのかもわからず、どっちつかずのまま揺れている時期。その状態は、ある日には地獄のようで、別の日には天国のようにも感じられるんです。「ファグ・リンボ」という言葉は、昔ほど使わないかもしれません。でも、あの頃の感覚そのものは、いまも消えていないです。世界の一部の場所では、なりたい自分を自由に選べるようになったとしても。私自身がその只中にいた頃は、そんな選択肢すらありませんでしたから。

ヘルナン・バス《He sells seashells by the seashore》(2026)紙に木炭、鉛筆、アクリル、シルクスクリーン 203.2 x 114.3 cm Photo by Silvia Ros. Courtesy of the artist and Perrotin

東京で確かめる、いまの手応え 

──絵が完成すると、キャラクターたちは作家の手を離れて世界へ旅立っていきます。彼らはその後、それぞれの人生を歩んでいくのでしょうか?

バス そうだといいですね。私は自分の作品にあまり執着がないんです。産んだら、すぐ里親に預けるような感覚で、みんなもう手を離れた子たちです。どう解釈されるかにも、作品そのものにも、こだわりはありません。ただ、作品のなかにヒントは残していると思います。それに幸い、生きているうちは自分で作品について書くこともできる。例えば「The Visitors」展の公式図録では、すべての作品に文章を添えました。自分の言葉で直接書いたものもあれば、架空のトリップアドバイザーのレビューもあります。最近は、自分の言葉も作品の一部にしていくことに興味が湧いてきましたね。見当違いの解釈を何度も読まされると、さすがに「ちょっと言わせて」という気持ちになりますから。 

──東京での個展は8年ぶりです。あらためてここで展示することを、どう感じていますか?

バス 今回はまだ東京をゆっくり楽しめていないのですが、前回来たときは本当に楽しかったです。アメリカで、キューバ系の家庭に育った私にとって、アジアで過ごす時間があるなんて想像もしていませんでした。まして韓国や日本、中国のような国に自分の作品を好きでいてくれる人たちがいるなんて。いまだに驚いています。物語性が響いたのかもしれませんが、これほどすんなり受け入れてもらえた理由は、いまだにはっきりとはわかりません。ただただ、ありがたいですね。だからこそ、作品が変化していくなかで、東京の観客がどう反応するのかがいつも気になります。良くも悪くも、「これはうまくいっているのか?」を測る、自分にとって大切なバロメーターなんです。

「作品が変化していくなかで、東京の観客がどう反応するのかがいつも気になります」と語るバス