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2025.4.9

ユニクロが「UT」で挑んだピカソ&マティス。財団も認めた色彩へのこだわり

これまで数々のアーティスト・美術館とコラボレーションしてきたユニクロのグラフィックTシャツブランド「UT」が、今年初めてアンリ・マティス、パブロ・ピカソのアイテムを発売中だ。各財団との綿密な調整を経て実現したその背景に迫る。

文=肥髙茉実 撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

ピカソとマティスのUT
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UT、初のピカソ・マティスコラボ

 アートや音楽、映画、アニメまで、古今東西にわたるクリエイティブをTシャツに落とし込み、多くの人々に親しまれてきたユニクロのグラフィックTシャツブランド「UT」。なかでも、KAWSアンディ・ウォーホルジェフ・クーンズといった現代アートのスターたちのコレクションは、即完売を繰り返す商品もあるほど大きな反響を呼んできた。

 現在はアンリ・マティスとパブロ・ピカソ、20世紀を代表する二人の画家とコラボレーションしたUTが販売されている。多くのアートプリントTシャツが5000円〜1万円を相場とするなかで、UTはどのコラボレーションも手に取りやすい価格(今回のコラボレーションはすべて1500円)。アートファンはもちろん、普段アートに親しみがない人や、様々な理由で美術館やギャラリーにアクセスしづらい人も手に取りやすい。UT担当者のなかには元美術館勤務者もおり、「美術館に行かない人も、ユニクロには一度は入ったことがあるはず。近くのユニクロでUTをきっかけに好きなアーティストを見つけたり、数多くのコレクションのなか中からお気に入りのUTを選び、自分の個性を表現できたりと、“あらゆる人の生活をより豊かにするための服”としての役割を担える」とUTに携わることのやりがいを話す。

 UTにおけるアーティストとのコラボレーションにおいて、人々が満足する価格と品質を保つことは簡単ではない。アートが持つ精神性も含めて、人々に広く正確に届けることを重要としながら、ユニクロとして提供できる価格帯やデザインに落とし込む必要があるからだ。色彩の選定からデザインの落とし込み、権利関係まで、アーティストサイドとの密なコミュニケーションと多くの調整を経て実現するというUTのアートプリントTシャツ。とくにピカソとマティスは、今回が初めてのコラボレーションであり、またそれぞれ数々の名画を生み出した巨匠ということもあって、その制作過程には数々のこだわりが存在したようだ。

ピカソが使ったパステルを再現

 ピカソとのコラボレーションは、ユニクロが長年取り組むチャリティTシャツプロジェクト「PEACE FOR ALL(*)」のフィロソフィーにピカソ財団が共感したことで実現。同プロジェクトからは、ピカソが1958年の国際平和会議のために描いた《花束を持つ手》をフロントにあしらったTシャツを、そしてUTからは同じく1949年の国際平和会議のために描かれた《平和の鳩》をはじめとする4作を展開している。

ピカソ《平和の鳩》があしらわれたUT
© Succession Picasso 2025 / Bridgeman Images

 UT担当者は、たんにアート作品をTシャツにプリントするのではなく、アーティストの世界観をどのように日常のファッションアイテムとして落とし込むかが課題だと話す。とくに色彩については、ユニクロにとって様々な挑戦があったようだ。「ピカソは権利関係が非常に厳しいため、複雑な色彩やストローク、それを際立たせるための生地の色など、デザインの細部に至るまでピカソ財団と慎重に意見交換を行い、何度も調整を重ねました。《花束を持つ手》Tシャツの鮮やかな色彩は、ピカソ財団協力のもと、ピカソが実際に絵に使用したカランダッシュ社のパステルの色をそのまま抽出し、オリジナルの色彩を忠実に再現しています」。

カランダッシュ社のパステルを参考にした《花束を持つ手》
ピカソのUT
© Succession Picasso 2025 / Bridgeman Images

マティスが見た光から生まれた「青」

 そしてマティスのUTは、遊び心あふれる色彩の切り絵にフォーカス。体が不自由になってもなお絵筆をハサミに持ち替え、切り絵という新境地を開いた晩年のマティスへのリスペクトを込めたコレクションとなっている。「色彩の魔術師」と呼ばれるマティスの作品に関しても、マティスの世界観を尊重しながら、UTとして人々に広く届けるために色彩をどう調整するかどうかに一番頭を悩ませたという。

マティスのUT
© 2025 Succession H. Matisse / Artists Rights Society (ARS), New York
マティスのUT
© 2025 Succession H. Matisse / Artists Rights Society (ARS), New York

 日本ではアースカラーなどが引き続き人気を集めているため、ユニクロもその傾向に合わせて、UTの生地は白や黒、ベージュなどが基本。最初は少し落ち着いたトーンで提案したというユニクロだが、マティス財団から“イカロスの実物のアートワークのブルーはこんなに暗くない、アートに忠実に”というフィードバックがあったようだ。それを踏まえたマティス財団との密なやりとりとリサーチ、熟考を重ねた結果、今回のコレクションは振り切って青地にプリントした大胆なデザインにも挑戦している。

 マティス財団からの色彩へのフィードバックを受けて、UT担当者は実際にマティスが愛し晩年を過ごしたニースを訪れ、マティス作品の色彩への理解を深めたようだ。「地中海気候のニースは一年のほとんどが晴天で、強く美しい光が差し、海と空は澄んだ青色をしています。実際にニースに足を運ぶと、当初の考えは一転。ニースの光が色の見え方にどれほど影響を与えるのかを知れたことで、マティスの色使いへの理解と愛着が深まり、マティス財団協力のもと実際の色彩を最大限に活かすかたちでコラボレーションが実現しました。マティスが愛したニースの光と色彩を想像してもらえたら」。

マティスのUT
© 2025 Succession H. Matisse / Artists Rights Society (ARS), New York

 財団やアーティストとの密なやりとりと丁寧なリサーチによって、たんなる商品化にとどまらず、カジュアルかつ正確にアートを普及させようと試みるUT。その積み重ねによって信頼関係を構築し、アーティストや美術館と何度もコラボレーションが続くケースも少なくない。今後のコラボレーションにも注目が集まる。

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