• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • 「草間彌生 版画の世界―反復と増殖―」(京都市京セラ美術館…
2025.4.25

「草間彌生 版画の世界―反復と増殖―」(京都市京セラ美術館)開幕レポート。版画でたどる草間「反復と増殖」の美学

京都市京セラ美術館で、草間彌生の版画芸術に焦点を当てた展覧会「松本市美術館所蔵 草間彌生 版画の世界―反復と増殖―」が開幕。初期から近年までの代表作約330点が前後期に分けて展示され、草間の創作の軌跡をたどる貴重な機会となっている。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

第3章「愛すべき南瓜たち」の展示風景より © YAYOI KUSAMA
前へ
次へ

 京都市京セラ美術館にて、「松本市美術館所蔵 草間彌生 版画の世界―反復と増殖―」展が開幕した。会期は9月7日まで。

 京都で草間彌生の個展が開催されるのは、2005年の京都国立近代美術館以来、約20年ぶりであり、また京都市京セラ美術館(旧・京都市美術館)においては、90年以上にわたるその歴史のなかで初の個展開催となる。

 本展は、世界最大級の草間コレクションを誇る松本市美術館が所蔵する版画作品に、作家蔵の作品を加えた約330点を、前期(4月25日~6月29日)・後期(7月1日~9月7日)に分けて紹介するものである。すべての作品は会期途中で入れ替えられ、草間が長年にわたり手がけてきた版画芸術の全貌が展観される。

 展示は全6章構成となっており、第1章「わたしのお気に入り」では、草間が幼少期より抱き続けてきたイメージや、日常生活からインスピレーションを得たモチーフが取り上げられる。レモンスカッシュなど意外性のある題材も紹介され、水玉や網目に留まらない、草間表現の源泉に迫る章となっている。

第1章「わたしのお気に入り」の展示風景より
第1章「わたしのお気に入り」の展示風景より
第1章「わたしのお気に入り」の展示風景より

 とりわけ注目を集めるのが、2014年に制作された「富士山」の木版画である。草間自身が富士山のふもとを訪れ、現地で得たインスピレーションをもとに描かれたキャンバス作品を原画とし、浮世絵木版の伝統を継ぐアダチ版画研究所の依頼により版画化されたものだ。縦194センチ、横およそ6メートルの巨大キャンバスをもとに、精緻な木版で再現された本作には、1万4000個以上の水玉が職人の手作業によって刻まれており、草間の筆致が印刷にもかかわらず鮮やかに伝わる。

第1章「わたしのお気に入り」の展示風景より、「富士山」の木版画

 また、この木版作品は、同じ版から異なる色で刷り分けるという版画ならではの技法によって、草間が描いたオレンジ色の富士山を含めた7種のカラーバリエーションが制作されている。

 第2章「輝きの世界」では、草間ならではのラメ粒子を用いた版画作品が展示されている。草間作品における水玉や網目の原点には様々な要素があるが、そのひとつとして、草間が渡米の際、飛行機の窓から見た太平洋のきらめきが挙げられる。幼少期から心に抱いてきたイメージとこの海の輝きが重なり合い、やがて網目というモチーフに結実したというエピソードに基づき、光と反射の美しさが版画に表現されている。これらの作品は、照明のスポットライトの角度によって光が反射し、鑑賞者は歩きながら鑑賞することで、光のきらめきが空間全体に増殖していく感覚を体験できる。

第2章「輝きの世界」の展示風景より
第2章「輝きの世界」の展示風景より
第2章「輝きの世界」の展示風景より

 続く第3章「愛すべき南瓜たち」では、草間作品を象徴するモチーフであるカボチャを主題とする版画を集中的に展示。ラメを使った作品や様々な技法を用いたバリエーション豊かな南瓜たちが並び、展示空間にもカボチャのかたちを模したレイアウトが施されており、観覧者が草間の思いを身体的・多角的に感じ取れる設計となっている。

第3章「愛すべき南瓜たち」の展示風景より
第3章「愛すべき南瓜たち」の展示風景より

 第4章「境界なきイメージ」では、草間の創作における「無限」への希求が強く表れた作品が並ぶ。画面の枠を超えて広がるような構図は、草間の「もっと描きたい」「終わりなき連続性」といった欲望を視覚化しており、版画というメディウムの増殖性と相性の良い表現となっている。

第4章「境界なきイメージ」の展示風景より
第4章「境界なきイメージ」の展示風景より

 第5章「単色のメッセージ」では、エッチング技法を用いたモノクロームの銅版画が紹介される。草間自身が銅板に直接傷をつけて制作したこれらの作品には、手の動きや筆圧がそのまま痕跡として残されており、その身体性が色濃く刻印されている。

第5章「単色のメッセージ」の展示風景より

 最終章「愛はとこしえ」では、2004年から2007年にかけて草間が描いた原画をもとに制作された同名の版画シリーズ(全50点中10点)を展示。本シリーズは、草間の抽象的構成から具体的なモチーフへの転換を示すものであり、後の「わが永遠の魂」や「毎日愛について祈っている」へと展開されていく草間の創作の大きな転機と位置づけられる。無色から色彩へと展開する草間の制作手法とも共鳴しており、芸術的進化の過程が凝縮されたシリーズと言える。

第6章「愛はとこしえ」の展示風景より
第6章「愛はとこしえ」の展示風景より

 草間の版画作品のほとんどには、シルクスクリーン、リトグラフ、エッチングといった技法が用いられており、石田了一、岡部徳三、木村希八といった限られた数名の熟練摺師が長年にわたって協働してきた。彼らの存在により、何十年にもおよぶ制作においても一貫したクオリティが保たれ、草間の多彩で複雑な芸術世界を支えている。

 また、今回の展示作品の多くは、2000年に草間が開館前の松本市美術館に寄贈したものである。長年、同館ではその一部しか公開できなかったが、開館20周年を機にすべての作品の額装を終え、22年に初の大規模公開が実現した。

 「私自身もこのとき初めて寄贈作品の全貌を目にし、その質の高さに改めて驚かされた。これらの作品をより多くの人々に届けるべく、巡回展というかたちでの展開が決定された」と、松本市美術館 美術担当係長・渋田見彰は語る。「また、草間さんはこの多数の作品を、自身の芸術への理解を広げるために託してくださった。松本市美術館のみならず、全国各地での公開が叶うことは、その思いに応えるひとつの恩返しでもあると考えている」とも語った。

 草間彌生の版画作品は、たんなる複製ではなく、新たな創作であり、彼女の芸術理念と精神の結晶でもある。反復と増殖をテーマにした本展は、その膨大な創作活動を読み解くための貴重な手がかりを提示するものであり、草間芸術の奥深さに迫る機会となるだろう。